ユング
Carl Gustav Jung ( 1875-1961 )
―「癒し系」の思想―;無意識は自己の全体性を回復し治癒する


世間の常識(ではないか?)
ユングといえば、「原型」であり、「集合的無意識」である。「スターウォーズ」が、キャンベルの神話学にインスパイヤーされて作られたものであることは有名だが、そのキャンベルの先生にあたるのが、ユングである。ユングの生涯には、彼の周りでは頻繁に起こったらしいオカルト的現象を初め、いろいろな秘密が感じられる。おまけにユングの本には、見通しの悪い個所が多い。みすず書房から翻訳の出ている『分析心理学』を読んでみてほしい。前半は明快だが、終りの辺りでは、何を言いたいのか誰も解らないだろう。ユングの本にはそういうものが多い。ユングは一つの大きな謎である。

晩年のユング

晩年のユング
ユングの自伝『C .G.ユングの思い出、夢、思想』の表紙)


1)集合的無意識

「無意識のある程度まで表面的な層は疑いなく個人的である。われわれはそれを個人的無意識と名づける。しかしこれはさらに深い層に根ざしており、この層はもはや個人的に経験され獲得されたものではなく、生得的なものである。このより深い層がいわゆる集合的無意識である。」
(「集合的無意識のいくつかの原型について」;『原型論』林道義訳より)
しかもその無意識は、(人格化しうる)いくつかの部分に分かれている。

2)神話学

「ユングは、精神病者にも正常人にも共通な、また時代や文化を異にする人々にも共通な、神話創造を行う心の層があると結論したのである。この心の層を彼は普遍的無意識と名づけた。」(ストー『ユング』河合隼雄訳より)
夢が無意識の創造物であることは、フロイトと同じだが、ユングの場合、無意識の集合的な層を問題にするから、多くの人が見る典型的な夢のパターンや民族の神話の解釈が問題になる。
ユングは彼の分裂病の患者が見た「太陽のペニス」という妄想に注目する。それは、ミトラ教の古い神話と全く同じものだったのである。

神話の機能
1)神秘的な役割
  宇宙や自分がどれほど素晴らしく不思議なものか、神秘の認識に導く
2)宇宙論的な次元
  宇宙が何であるかを教える
3)社会学的な機能
  社会秩序を支え、それに妥当性を与える
4)教育的な機能
  いかなる状況のもとでも人間らしく生きるにはどうすればよいかを教える
(キャンベル『神話の機能』より)

「古代人の神話は、彼らを彼らの世界によりよく適応させてくれる方策であったのである。
ユングの言い表そうとしたことの例として、彼がニューメキシコのプエブロ・インディアンを訪ねたときの経験から引用することができよう。この人々は太陽が自分たちの父であると信じている。その上、彼らは、自分たちの宗教儀式を行うことによって、太陽が毎日空を横切る旅を遂行するのを助けている、とも確信していた。これらの儀式を几帳面に果たすことで、彼らは、それゆえ全世界に貢献しているのである。そしてもし彼らが愚かにもそれ怠ったなら、「十年たてば太陽はもはや昇らなくなるだろう。…永遠に夜が続くだろう。」ユングのこれに対するコメントは、以下のようである。「そのとき、私は個々のインディアンに見られる「気品」と静かなたたずまいが、何に由来するかがわかった。それは太陽の息子であるということから生じている。彼の生活が宇宙論的意味を帯びているのは、彼が父なる太陽の、つまり生命全体の保護者の、毎日の日没を助けているからである。」神話は、…たとえ客観的真実ではなくとも、重要な建設的機能を勤めているのである。…分裂病者の妄想がうまく役立たない神話であることは全く明白であり、そのため彼らは…病院に住まなければならないのだ。」(ストー『ユング』河合隼雄訳より)

3)原型 ( Archetypus )

ユングは、人間の原初的な全体性から出発する。例えば、ユングが研究した古代のグノーシス思想では、神は両性具有であるが、神に似たものである人間も、本質的に両性具有である。ところが、発達上のある時期に(ホルモンといった肉体的要因やジェンダーといった社会的な要因で)、人は男か女か、どちらかの性を強制される。自分が男であれば、女性的な面は無意識に否定される。つまり、そのとき否定された部分は、抑圧され、発達させられずに無意識の領域へ追しやられる。これが、男性において抑圧された女性的な面=「アニマ」である。(逆の、女性における抑圧された男性的な面が「アニムス」)。
或いは、私が、物事を頭で考えて判断するタイプだったら、感情的な面を無視する傾向をもつ人間になる。感情的に行動する人を見ると、自分が否定しているタイプなので、嫌な気がしたりする。それが、「影」とユングが呼ぶものだ。それは、私が生きなかった私の半身であり、実は無意識に私の行動を支配している隠れた力である。
(こうした無意識の対立の統合が「自己」という原型である。)
こうした人間が共通に持つタイプを、「原型」とユングは呼ぶ。それは、個人の夢や、民族の共通の夢である神話に、その典型的な姿を見せる。

  1. アニマ/アニムス
  2. 父/母
  3. 老賢人
  4. 英雄/トリックスター
  5. 自己

付録
平凡社の『世界大百科』では、ユングについて次のように説明している。
スイスの精神医学者。分析心理学の創始者。ケスウィルに牧師の子として生まれ,バーゼル大学医学部卒業後,チューリヒ大学の精神科でブロイラーの助手となる。フランスに留学,ジャネの下で研究し,帰国後,言語連想法の実験による研究で有名となる。S. フロイトの《夢判断》を読み感激したユングは,1907年にフロイトを訪ね,両者は協調して精神分析学の建設と発展に寄与する。09年にはフロイトとともにアメリカに講演旅行に行き,10年,国際精神分析学会の会長になるが,12年に発表した《リビドーの変遷と象徴》によってフロイトとの考えの相違が明らかとなり,論争を重ねた末に訣別する。その後,13‐16年にわたって,強い方向喪失感に襲われ,後年エレンベルガーH. Ellenberger が〈創造の病〉と名づけたような内的危機に直面する。この時期に彼自身が体験した〈無意識の対決〉を基礎として,それに学問的検討を加えることによって,彼独自の分析心理学の体系が確立される。
 ユングは精神病者の幻覚や妄想が古来からある神話,伝説,昔話などと共通の基本的なパターンの上に成り立っていることを認め,〈元型〉という考えを19年に提唱した。彼は人間の無意識は個人的無意識と普遍的無意識の2層が存在し,後者はひろく人類に共通であり,そこに元型が存在すると仮定した。元型それ自体は人間にとって知ることができないが,元型的なイメージは意識によって把握され,それが宗教的なシンボルなどになると考えられる。したがって,世界の神話や宗教のシンボルについて研究すると,そこに共通する元型の存在を明らかにできるのである。ユングはこのように西洋のみならずひろく全世界の宗教に目を向けていたので,早くも1920年代より,ヨーロッパ中心主義に反対し,そのころは絶対的な強さをもって欧米文化を支えていたキリスト教と自然科学を相対化する努力を続けた。彼はキリスト教や自然科学に反対するのではなく,あくまでそれを絶対化することに反対したのである。彼のそのような努力は《心理学と錬金術》(1944),《アイオーン》(1951),《結合の神秘》(1955‐56)などの一連の労作に示されている。彼はこれらの著作のなかで,ヨーロッパ精神史において正統派のキリスト教を補完し,より全体的なものを求める流れが存在してきたことを明らかにし,その意義を強調したのである。彼はまた東洋にも深い関心を示し,中国の《易経》,日本の禅などの紹介にも努めた。彼が人間存在の全体性の元型として重視する〈自己〉の概念は中国の〈道〉の考えに影響されたものといわれている。自己のシンボルとしての〈マンダラ〉を重視した点にも東洋の強い影響が認められる。彼の考えは最初あまり理解されなかったが,70年ころより世界の人々の関心をあつめるようになっている。( 河合隼雄 )

ついでに、 マイクロソフトの『エンカルタ百科事典』では次のように説明している。
ユング Carl Gustav Jung 1875〜1961 分析心理学の創始者。スイスに生まれ、チューリヒ大学で精神医学をおさめ、のちに精神分裂病研究で著名になるブロイラーのスタッフになってその指導をうけた。このことは、ユングがフロイトとことなって分裂病をベースに理論をくみたてていった理由のひとつになっている。その後、ヒステリーの意識下固定観念の研究で有名なフランスのジャネのもとでまなび、またフロイトの著作に感銘をうけて、1907年のウィーン精神分析協会に参加してフロイトとであい、国際精神分析学会の創設にアドラーとともに貢献して、その初代会長となった。
当時ユングはすでに自らが考案した言語連想テストによって無意識の存在を認識し、コンプレックス(心的複合)という考えをもっていた。だからこそフロイトに接近したのであり、またフロイトもユングのそれらの業績を高く評価したのであったが、まもなく両者の考えが基本的なところで相違することが判明し、出会いからわずか6年後の1913年にユングはフロイトと訣別する。
その理由のひとつは、フロイトがリビドーを性的なもの(反理性的なもの)とみなしたのに対し、ユングはもっと一般的な心的エネルギーとみなした点である。さらに無意識に対しても、フロイトのように快感原則に支配された反理性的なものとは考えず、むしろ意識を補償する積極的、肯定的な機能をもったものとみなす一方、個人的無意識とならんで人類に普遍的な集合的無意識を仮定したことである。
とくに後者は神話、昔話(→ 民話)、夢にあらわれてくると考え、それらの研究から後に元型(アーキタイプ)という考えがみちびかれた。たとえば、グレートマザー、影、アニマ、アニムス、ペルソナなどである。ユングは自らの立場を分析心理学とよび、夢分析や転移の解釈などについても、フロイトのように分析者が合理的、理性的な態度によって一方的にあたえるものとは考えず、むしろ患者への共感的な態度のもとで、その解釈の内容を患者とともに吟味する姿勢が重要であることを指摘している。ユングは「補償」の考えを背景に東洋思想や神秘主義にも興味と理解をしめし、そのこともあって、その学説は文学をはじめ多方面の人文科学に影響をおよぼしている。
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