Thelonious Monk with John Coltrane (Jazzland JLP46)
(ビクター SMJ-6149M 「リバーサイド・オリジナル・レコーディング・シリーズ」による1976年の再発)

 リヴァ―サイド・レーベルに残されたモンクとコルトレーンの顔合わせは、最初 「Monk with Coltrane」(Jazzland 46) というタイトルの下に発売され、のちに同内容のものが 「Monk & Coltrane」(Riverside 490) として、改装再発売されたが、現在では、そのほとんどの曲目が 「Monk & Coltrane」(Milestone M-47011) と題する二枚組の中に収録され、「Functional」というピアノ・ソロ一曲だけが、同じマイルストーン・レーベルの 「Pure Monk」(M-47004) の方に移されている。今回の日本版は、オリジナルのジャズランド盤の内容に準拠したものであるから、収録曲目や曲順も、すべて発売当初のまゝであり、再編集の手は一切加えられていない。
 録音データを先に記すと、第一面の一曲目と二曲目、第二面の一曲目――つまり、「Ruby, My Dear」「Trinkle, Tinkle」「Nutty」の三曲が、58年春の吹込みで、パーソネルは次の通りである。
   John Coltrane (ts)
   Thelonious Monk (P)
   Wilbur Ware (b)
   Shadow Wilson (ds)
 次に、一面最後の「Off Minor」と、二面二曲目の「Epistrophy」の二曲が、57年6月26日の吹込みで、演奏は、下記のセプテットによるものである。
   Ray Copeland (tp)
   Gigi Gryce (as)
   John Coltrane, Coleman Hawkins (ts)
   Thelonious Monk (P)
   Wilbur Ware (b)
   Art Blakey (ds)
 最後の「Functional」はピアノ・ソロで、これは、57年の4月12日に録音されている。

 以上で明らかな如く、このレコードは、アルバム自体としては、いさゝか編集に苦しいところのあるオムニバス盤で、カルテットによる三曲を別にすれば、あとはアルバムの表題に合わすべく、「Monk's Music」や「Thelonious Himself」のセッションの別テイクを、急拠探し出して来て補充したという格好になっている。しかし、結果的には、本アルバム中のハイライトとなった、上記三曲の演奏はもとより、他の別テイクも、そのまゝオクラにしておくには勿体ないほどの逸品であることが判ったわけで、本アルバムが、リヴァ―サイド時代を代表する、いま一枚のモンクの名盤とされているのも当然と言えよう。
 では以下、各曲目についての短いコメントと共に、これら一連の、歴史的なモンク〜コルトレーン・セッションの背景について語っておきたい。
*「Ruby, My Dear」
 コルトレーンは、56年の11月に、当時彼が所属していたマイルス・デイヴィス・クインテットを離れ、57年の春から秋にかけて、モンクと組んで、ニューヨークの、クラブ「ファイヴ・スポット」に出演することになった。彼がモンク・カルテットの一員となった、正確な時期は明らかでないが、恐らくは、57年の5月か6月のことであったろうと推定される。当時コルトレーンは、目覚ましい勢いで、第一級のソロイストに成長しつゝあったが、モンクと共演を重ねることによって、それまで追求してきたハーモニー依存のアドリブを、いかにしてメロディーと結び合わせるかということについて、深く学んだ。「Ruby, My Dear」 も、モンク特有の強い性格を持った作品だが、これに対決するコルトレーンが、モンクのソロ・パートとはまったく対照的に、ゆっくりとしたテンポで、沢山の音を使ってアドリブしているあたりが、聞きどころであろう。
*「Trinkle, Tinkle」
 上記の如く、コルトレーンを加えたモンクのカルテットは、57年夏の夜のファイヴ・スポットを、パーカー〜ガレスピー以来のスリルと言われたほどの熱気で包んだが、彼等の演奏を、なんとか現地録音したいと願っていたりヴァーサイド・スタッフの希望は、コルトレーンが、当時プレスティッジの契約下にあったという事情のために、遂に実現を見ることなしに終わった一説によれば、このグループの録音を認める代わりに、プレスティッジのコルトレーンのセッションも、モンクをサイドマンとして参加させよという交換条件を、プレスティッジに含むところのあったモンクが蹴ったのだということであったが、ともあれ、こうした暗礁の出現によって、57年夏のファイヴ・スポットに足を運ぶことなく終わったファン達は、すべて永遠に、モンク〜コルトレーンの歴史に残る顔合わせの記録から見離されたのであった。
 しかし、あくまでもこのカルテットの録音に執着していたりヴァ―サイドでは、発売出来る出来ないは先の問題として、ともかくもなんらかの形で、彼等の演奏を残すべきだ考えた結果、グループが解散した58年の春になって、再度彼等をスタジオに呼び集め、本LPに収録された三曲の演奏を録音したのであった。録音日時がはっきりしないのは、当時の記録が紛失したためとされているが、この一事を以てしても、これら三曲のレコーディングが、いささか正常ならざる状況の下に行なわれたことは明らかであろう。
 「Trinkle, Tinkle」は、かつてモンクがプレスティッジに吹込んだことのある、複雑なメロディーを持った曲で、コルトレーンの激情的なインプロヴィゼーションは、彼が前年度のモンクとの演奏体験を通して、一段と、スケールの大きなプレイヤーに変貌した事実を裏付けている。カルテットによる三曲の演奏のうちでは、最もテンションに満ちた名演と言える。
*「Off Minor」
 第二面の「Epistrophy」と共に、「Monk's Music」のセッションで録音された同曲の別テイク。「Monk's Music」の裏解説を見ると、コルトレーンの参加には、プレスティッジの許可を得た旨の記述があるが、カルテットの録音に限って問題が起きたのは、やはりファイヴ・スポットに於ける彼等の演奏が、それだけセンセーショナルな話題を呼んでいたためであろう。
 演奏は、オリジナル・テイクと同様、メロディー楽器のソロは、ホーキンスとレイ・コープランドだけで、コルトレーンはアンサンブル・パートだけに加わっているようだ。
*「Nutty」
 これも「Ruby, My Dear」「Trinkle, Tinkle」同様、カルテットの演奏で、コルトレーンは、原曲の構造を完全に理解して、「Trinkle, Tinkle」に迫る独奏を聞かせる。モンクが自作のテーマを巧みに再構築してみせる手順は、いつものことながら脱帽ものだ。
*「Epistrophy」
 この演奏については、少々問題がある。と言うのは、はじめジャズランドから発売された時には(つまり、本LPに聞かれる演奏のことだが……)、三分少々という演奏時間で、ソロは、コルトレーンとレイ・コープランドの各々一コーラスが、前後のアンサンブルのあいでに挟まれていたのだが、近年マイルストーンで集大成された二枚組のアルバム(M-47011)を見ると、二分足らずの未完の演奏と、十分を越えるオリジナル・テイクが入っているだけで、三分少々というテイクは、どこにも見当らない。オリジナル・テイクの方は「Monk's Music」に採用されたものと同じものであったから問題ないとして、では、ジャズランド盤に収録されていた演奏はどうなのかということなのだが、ここで改めて検討してみた結果、この三分間のテイクというのは、マイルストーンの二枚組に採録された未完の演奏に、オリジナル・テイク(多分)のラスト・アンサンブルをくっつけて、無理矢理完成品の形にした、テープ合成の演奏だということが判った。さて、こうなってみると妙なもので、これまで別テイクとして珍重してきた、ジャズランド盤の「Epistrophy」が、にわかに俗悪な、無用の存在の如くに思えて来るのが人情なのだが、そこはまあ良くしたもので、マイルストーン盤では、途中でフェイド・アウトしてしまうショート・テイクのトランペット・ソロが、この合成版では、ちゃんと一コーラス分、無傷のまゝに使用されていて、これはこれで、一概に無価値とは言えない、特殊なトラックとして聞くことが出来るような配剤になっていた。
 近年のモダン・ジャズの録音では、テープ編集の行なわれない場合の方が珍らしいという話を屡ゝ聞くが、さて現実に、こうした明白な合成例に出喰わしてみると、やはり、不完全な部分は不完全な部分なりに残した方が、より人間的な演奏としての価値を持ち得るような気がする。
*「Functional」
 アルバムの最後を飾るトラックは、編成上の苦肉の策として、ピアノ・ソロが納められているが、これは「Thelonious Himself」のセッションで録音された、同じタイトルの曲の別テイク。ただし、オリジナル曲とは、まったく異った解釈によって演奏されている。曲は、モンク自作のブルースだが、50年代後半のモンクが、常人の遠く及ばぬイマジネーションの持主であったことを、改めて教えてくれるような別テイクであり、名演奏である。 


→粟村政昭
→ジャズの聞こえる喫茶室

→村のホームページ