寿司から犬肉



 表紙の写真は何だ、という声がチラホラ聞こえてきたのでせっかくだから話すとハノイのある市場での犬肉の売り場である。表紙の写真は少し暗いので、明るくして台の上の犬肉の部分を拡大するとこうなる。



 
 横から見るとこうなる。

 

 上記の写真はまだ屠殺されたばかりのホヤホヤの犬だが、客が家庭料理用に買って帰るときには、下記の写真のようにおばちゃんがさばいてくれる。




 こういった写真を見て読者諸兄諸姉はどのように思われるだろうか。

 ・・・え?  ヒー、(:゚皿゚) ベトナム人って残酷 !! ・・・って?

 
 うーん。確かに日本人的な感覚からすれば残酷に見えるよね、確かにね。でもね、でもね、実はベトナム人から見れば逆に日本人の方がある面では残酷だと思われているだよ。

 そんなこと言われてもピンと来ないだろうから具体例を挙げると、日本の漫画で残酷な場面はベトナムで出版する時には修正したり別の絵(ベトナム人が描いた絵)に差し替えられたりする。前回話したエッチ規制と同じだ。これが物語の筋の展開上あまり関係ない場面だといいんだが、極めて重要な場面だと目も当てられない惨状となる。

 例えば『ジョジョの奇妙な冒険』の第一部の終盤近くで悪役デイオが自分の館で主人公ジョジョ(初代JOJOことジョナサン・ジョースター)に敗れ、


 う う・・・
 腕をうごかせ・・・
 波紋が
 
 頭まで達する
 ・・・・・・・・・・
 そ・・・・・の・・
 ・・・・ま・・・
 まえに・・・・・・

 
 その前に・・・
 ・・・・・・・・



 とうめいた後に、自らの手で首をはねる場面で、なんとベトナム版ではディオの首がはねられていないのである!!
 これでは一体、その後の船上の対決はどうなる!?っと思って読み進めてみると、



(注;ベトナム版ジョジョでもデイオの顔は表示されていますが、
原作者・荒木飛呂彦氏の著作権を尊重してここでは伏せさせて頂きます。)


な・・・なんと・・・ディオの胴体付き!!!


 ちなみに上記のコマの原作(日本版)でのディオ(胴体無し)のセリフは以下のようなので、是非本屋で単行本を買って比較してほしい。


 ジョジョ おまえがいなかったら
 このディオに仮面の力は
 手に入らなかっただろう・・・
 しかし おまえがいたから
 いまだ世界は おれのものに
 なっていない!
 
 神が いるとして
 運命を操作している
 としたら!
 
おれたちほど よく計算された
 関係は あるまいッ!



 
なんと言うことだ、これでは全然話が違ってくるではないか。このあと第三部(ジョナサンの肉体を乗っ取ったディオがジョナサンの子孫達と戦う)を出版するときには一体どうすんだ。後先考えずに勝手な改竄をするんじゃない。
 あああああ・・・なんてこったい、こんな事ではオチオチ犬肉も食えないじゃあないか。


 ん・・・・犬肉!?

 ああ、そうだった、犬肉の話だった。少し話が脇道にそれたが、犬肉の話をしているのだった。
 ハノイの市場で私が上記の犬肉売り場を見たときには、その奇異な様相をただ面白がってパチパチと写真に撮っていただけだった。その時には、とある半世紀も前からの因縁が私の運命を変えることになろうとは夢想だにしていなかった。


 
 1945年8月、ベトナムを占領統治していた日本軍が降伏して権力の空白が生じた千載一遇の好機をとらえて、ホーチミン率いるベトミン(ベトナム独立同盟)がベトナム全土で蜂起し、翌月にはベトナムの独立を宣言した。独立を認めないフランスが侵略軍を差し向け、南部の占領にはある程度成功したものの、北部ではベトナム人民軍の抵抗に会い再植民地化は果たせなかった。そこでフランス軍はラオス国境に近いベトナム北西部の盆地ディエンビエンフー(Dien Bien Phu)に要塞を築き最後の決戦を挑んだ。1954年3月ヴォーグエンザップ将軍率いるベトナム人民軍主力はディエンビエンフー要塞に総攻撃を開始し、5月7日、ついに陥落させた。このディエンビエンフーの戦いは単にベトナムの独立だけではなく、数百年におよぶ白人帝国主義によるアジア支配からの解放という意味で世界史的な意味を持つ事件である。

 2004年5月7日は、この「ディエンビエンフーの勝利」50周年に当たり、当地では様々なイベントが催されるらしい。


見たい、是非とも見たいぞ!
  

 思えばベトナムに来てから旅行らしい旅行はほとんどしていないなぁ。昨年もサパに旅行したかったが、SARS発祥の地・中国との国境近くに行くのがためらわれた。その後今年2月にフエに旅行しようとしたが寝台席が取れずこれも断念してしまった(「鉄道交通安全を考える」参照)。しかしまぁ、これもディエンビエンフーの記念式典に出席するためと思えば、むしろ運命のような物を感じる。

 ところが出発の直前になって、急に気分が悪くなった。そのうえ頭は痛いし、寒気はするし、さらには極度の下痢におそわれた。私のディエンビエンフーが、いや正確には臀部(でんぶ)が総攻撃を受けて陥落したのだ。

 寿司が原因だ。その前に日本料理店で食べた寿司のネタが腐っていたのだ。熱帯の寿司は大変危険である。しかもまだインフラの未整備なベトナム、日本人が少ないハノイでは寿司の調理・保存もいいかげんなのだろう。

 とにかく病院でもらった抗生物質を飲んで一週間ほどおとなしくしたら回復したので、その次の日の午前中にベトナム語の受講を再開した。だが授業中にまた少し疲れが出て最後まで持ちそうになかった。先生(既婚女性)にそのことを話すと、先生は

  ( ´D`)つ 「犬肉を食べなさい。ベトナム人は体力を回復する滋養食として犬料理を食べるのよ。」 と言い、

授業が終わると早速犬料理店に連れて行ってくれた。

 い・・・・いや、待て、そんな突然に・・・・ (;´Д`)。 私は女性から食事の誘いを受けて断るほど野暮ではない。人妻だってウェルカムだ。しかしできることなら最初はお茶から、せめてイタメシとかの方がいい。イキナリ犬肉って、まだそんな関係ではない。

 もう犬料理店に着いてしまった。あさ家を出るときには犬肉を食べるなんて夢にも思っていなかったが、行きがかり上こうなってしまっては覚悟を決めるしかない。犬肉の調理法としては、「蒸し」と「焼き」があるようだ。周りを見ると他の客はみんな「蒸し」の方を選んでいるようだったが、なんとも犬肉の食感が生々し過ぎるし、しかもマムトムというとても臭いソースをつけて食べる。私は「焼き」でレモン塩をつけて食べる方を選んだ。まぁ、これなら牛肉の焼き肉を食べるのとそんなに変わらんだろと踏んでのことだ。で、結局運ばれてきたものは、焼き肉というより唐揚げみたいなものだった。おそるおそる口にしてみる。

 う・・・、うゥーーん・・・・・・・
 ・・・・・ん?
 意外にいけるじゃないか! (*゚∀゚)b


 食感としては軟骨の唐揚げのようだ。私は思わず、「脂の乗った犬肉は、独特の匂いがあって、時にはくどいことがあるけれど、犬焼肉は、その犬肉の風味を上手に包み込んで、味を和らげるのよ」 などと、まるで『美味しんぼ』の登場人物のような台詞をはいてしまうところだった。


 ・・・・で、その後、犬肉パワーのおかげで私の体力は回復した。今にして思えば、体をこわした原因が寿司という日本料理だったのも示唆的である。


 寿司から犬肉へ。


 このことは、私が日本人からベトナム人に一歩近づいたことを意味しているように思える。


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