妖華−女神館の住人達
 
 
 
 
 
第百五十三話:吸血鬼恋歌
 
 
 
 
 
 帝都でお留守番している娘達だが、毎日を漫然と過ごしていた訳ではない。シンジの留守中は魔界へ行けないのだが、その分大幅に改造された機体に慣れると言う仕事が待っている。
 こちらは魔界に比べれば楽な物だが、改造の意味を乗り手に嫌と言うほど教える機体になっており、能力がそのままもろに出てくる。
 さすがに電子化して模擬戦をやるまでには行かないが、既にそのプログラムも出来上がっていると聞かされ、さっさと上達しろとハッパを掛けられたところだ。
 おまけに相手はあやめである。
 さくら辺りはまだこだわっていた部分も多少はあったのだが、既に周波数が変わっている筈の全機をあっさりと乗りこなして見せられると、甲を脱がざるを得なかった。
 さくらとすみれ、それにマリアを足した数値よりも更に高い霊力数値を、いとも簡単にたたき出して見せたのだ。
「でもあやめさんもあんなに強かったなんて、最初から言って下されば良かったのに。あやめさんもお人が悪…さくら、どうしたんですの?」
 帝劇から歩いて帰る道すがら、妙に落ち込んでいるさくらに気が付いた。
「あやめさんも、もう気にしてないって言ったおられたでしょう。もういいじゃありませんの」
「すみれの脳天気が少しでもあたしにあったら、そんなに悩まないで済んだのに」
 一瞬すみれの眉が上がり、
「…なんですって」
「どうしてあやめさんがあんなに数値が上がったと思ってるの。それも、二人揃ってじゃなくてあやめさんだけが上がったの」
「どういう事ですの」
「…ちょっと言い過ぎたわ。要するに、素体としてはあたし達とあやめさんに大きな差はない、むしろあたし達の方が伸びる余地は有る筈でしょ。でもあやめさんの方が余程高かったのはどうしてか。答えは一つしかないでしょう」
「碇さん、ですの?」
「それしかないでしょ」
「じゃあ、碇さんが自分の力を…いたっ」
 ぽかっ。
「…何の真似ですの」
「そんな事するわけないでしょ。すみれってどこかずれてるんだから」
 むかっ。
 まあまあとマリアが宥めてから、
「あやめさんが行ったのも魔界でしょう。でも同じ場所で、素材もほぼ一緒なのに結果が違った。つまり、シンジがあやめさんだけ別に連れて行った、と見るのが正しいでしょうね」
「そ、そんな…どうしてあやめさんだけ…」
 前線に出るのは自分たちなのに、と不満そうな顔のすみれだが、
「原因はさくらだと思う」
 口を挟んだのはレニであった。
「あ、あたし!?」
「シンジは最初から自分が前線に出る気はなかった。だからあやめさんに指揮は任せようとしていたんだと思う。でもさくらが言う事聞かないと思ったから」
「だ、だってあれはあやめさんが悪いのよ。あたし悪くないもん」
「シンジは全然気にしていなかったよ。それに、シンジの影響受けて大暴れしたのはさくらでしょ」
「ど、どうして知ってるのっ」
「シンジに聞いた」
(碇さん…!)
 帰ってきたら絶対とっちめてやると、きゅっと手を握りしめたさくらに、
「さくら、事実でしょう受け止めなさい」
「マ、マリアさん…」
「それに、私達にはのんびりしている暇はないの。シンジは出てこないのよ」
「どういう事ですの?」
「私達は機体があるけど、アスカ達には機体がないのよ。アスカ達は留守番しているわけじゃないでしょう。私達が敵を始末できないと、その分アスカ達に負担は行くのよ」
「ちょっと待って」
「何、織姫?」
「それはつまりアスカ達が不利と言う事で、ずるいと思うんだけど」
 奇妙なハーフ娘が何を言い出すのかと、皆の視線が集まったが、
「碇さんが放っておく訳はないでしょう。私達にはあやめさんでアスカ達には碇さん、それって絶対ずるでーす」
「『…あ』」
 シンジの身体が一つしかなく、しかも前線に出てこない以上アスカ達のフォローは十分出来る。
 いや、むしろ後方でかさかさと動いている方を好む方が高い。
「だったら、アイリス降りちゃおうかな。おにいちゃんと一緒の方がいいもん」
「あ、それならあたしだって。エヴァには何とか言ってアスカ達を乗せちゃえばい…痛っ!?」
 スパン!
「一応訊いておくわ。降りたいとか思ってる子はいるの?」
 既にマリアの手にあるハリセンは、変化(へんげ)の準備に入っている。
 シンジに弄られる時はいつも受け一方の娘達だが、だからと言ってM女でもないし、慌ててぶるぶると首を振った。
 
 
「で、でも黒瓜堂殿…」
 首筋まで上気させているくせに、それでも遠慮する麗香に黒瓜堂は、
「結果は同じでも、今しかないですよ」
「はい?」
「夜香殿はともかく、あなたは今回来る必要がなかった。あなたが来た理由を知れば、シンジは一リットルくらい吸ってイイと言うでしょう。でも本人に見つめられながら吸えますか?」
 麗香はふるふると首を振った。
「だったら、今の内に吸っておきなさい。下手したら一生に一度のバーゲンセールですよ」
「それは…」
 最後の一線が踏み切れない麗香を見て、黒瓜堂は手を変えた。
「分かりました。じゃ、止めときましょ」
「え?」
「嫌がる吸血姫に無理矢理させるのは、萌える物ではありますが後先を考えると危険ですから。後はうちのモンを付けておきますから、静かに寝かせておきましょう」
「あ、あの」
「何です?」
「く、黒瓜堂さんがそこまで言って下さったのにそれをお断りするのは…」
 自分がやる、ではなく黒瓜堂が強く勧めたから、と言う方に転換してきた。別に、シンジが怒るとは思っていないだろう。
 それでも最後の一歩が踏み出せないからだと、別に反応することもなく、
「じゃ、吸っときます?」
「は、はい…」
(全身だな、これは)
 黒瓜堂は内心で呟いた。美麗な吸血姫の全身から、しゅうしゅうという音が確かに聞こえたのである。
 茹でたトマトみたいに真っ赤な顔のまま、シンジの方に向き直った麗香と愉しそうに見ていた黒瓜堂が愕然とした表情になったのは次の瞬間であった。
「いいって…言ってるんだから…」
 声は弱々しいが、意識ははっきりしていると見て取れるシンジが、麗香の手を取ったのだ。
 起きるのは当分先であり、それは絶対運命の筈である。
 にもかかわらず起きた。
「信じられん精神力だ」
 体力ではなく精神力、と黒瓜堂は言った。起きてもどうせだるいだけだからと、当分起きないように暗示は掛けてあったのだ。
 本気で掛けたものではないが、それにしたって徹底的に吸われて体力も大幅に低下している状態を考えれば、大したものである。
 黒瓜堂がすっと姿を消した後、明らかに狼狽えている風情の麗香に、
「夜香が来たのは旦那の手伝いでしょ」
「え…は、はい」
「でも麗香まで付いてきた」
「も、申し訳ありません」
「怒ってるんじゃないの」
「碇様?」
「サリュを吸血鬼化すれば救える、旦那はそう言ってた。俺とサリュは断ったけど、もしもって事がある。でも戸山町の当主には絶対にさせられない、だから麗香が来てくれたんでしょ」
 吸血鬼化、その単語が出た時に麗香の手が一瞬震えたのにシンジは気付いたが、本人の意図とは別の意味に取った。
「はい…」
 小さく頷いた麗香に、
「この間生命を注がれて命を助けられてからこっち、ろくにお礼もしていなかった」
「お、お礼なんてそんな…」
「麗香、おいで」
 シンジの言葉は唐突であった。
 それを聞いた麗香は驚いたような表情を見せたが、それも一瞬のことで、すぐにはいと頷いた。
 指一本触れられぬまま、かすかな音を立てて服が床にわだかまり、真っ白な裸身が露わになった。
「碇様…」
 初夜まで、性交渉はおろか異性に触れた事すらない娘が、夫となる男に身も心も捧げ尽くす――日本がまだ文明開化の頃なら、こんな光景もあったかもしれない。
 ひっそりと上下する胸の動きだけが生者の鼓動を伝え、胸も秘所に露わなままで、麗香はそっとシンジに歩み寄った。
 
 
 
 
 
「シンジのところの住人にランボーみたいな女が?そんなのいたかな」
 紅蘭とデートした後、カメラを手に街を歩いていたケンスケは、不良に絡まれていたトウジと出くわした。
 放って置いても自力で片づけそうだったが、援護することにした。
 ただ、友人だからと言うより改造したエアガンを試したい、と言う方に比重が大きいのが相田ケンスケという男である。
 殺傷能力まであって無論違法だが、オタクの暴走ではなく、過日に巻き込まれた降魔との戦いで、紅蘭を守れなかったところに原因がある。
 シンジが聞いたら、銃刀法違反とか言う奴は死刑にしとくからきっちり守っとけ、とか言いだしかねない。
 紅蘭は何としても守ると決意しているのだが、その為に手にした武器を試したくてうずうずしているところで、ネギをしょっていた不良(カモ)も不運だったろう。
 ダーツみたいな弾を左右の大腿部へ二本ずつ撃ち込まれ、ぶっ倒れた所へ更に両腕まで撃ち抜かれた。
 地にへばり付いたのを確認してから近寄ってどかっと蹴飛ばし、
「さ、トウジ行くぞ」
 呆気に取られているトウジに声を掛けた。
 二人して新宿中央公園へやって来たのだが、トウジから話を聞いたケンスケは首を傾げた。
「そんな女ランボーみたいなのなんて、いなかったと思うけどなあ」
 ケンスケは住人達を知って――嫌と言うほど知っている。
 紅蘭がシンジと“駆け落ち”した折、奪われた女達にえらい目に遭わされたのだが、その時にカンナはいなかった。
 正確に言えばいたのだが、シンジに返り討ちに遭い、入院していたのである。
「けど本人がそう言っとったからな。間違いないやろ」
「でもお前がそこまで肩入れするなんて珍しいじゃないか。ランボーがタイプだったのか?」
「アホぬかせ」
 トウジは苦笑して、
「あそこの女達は、多分どれもシンジには付いていけんやろ。ワシらとは付き合いが違うからな。けど、シンジを好きって言っとる間はまだ何とかなる。せやけど、それがないヤツはもう無理や。ワシらみたいに、死人の山を見ても平気ではおれんやろ」
「平気な俺達が尋常じゃないんだよ。もっとも、シンジがいてくれなきゃ、俺達はとっくに成仏…いや地縛霊になってるけどな」
「ケンスケ、お前の方はいいんかい」
「え?」
「お前の彼女かて一般人やろ。死体なんぞ見たら卒倒するんちゃうか」
「そんな物は見せないさ。別に人間を撃つ為にこれを作ったわけじゃない。ただ、異形の物からは絶対に守ってやりたい、それだけさ」
「そうかい」
(俺は…絶対に紅蘭を守ってみせる)
 自ら改造した銃のグリップを握りしめながら、ケンスケは、シンジが組事務所へ二人を助けに来た時の事を思い出していた。
 盲目の娘をからかっていた不良共を叩きのめしたはいいが、リーダーがやくざの息子だったのだ。組事務所に拉致られた二人は、凄惨な暴行を加えられ、シンジの来るのが後十分も遅れていれば、間違いなく死んでいた。
 急を聞いて飛んできたシンジは、人質解放の交渉はしなかった。
 完全防弾仕様のドアを蹴り飛ばすと、生きている者を片っ端から始末していったのである。
 それも並の殺し方ではない。瞬時に全身水ぶくれになりそうな程の熱湯を頭上から叩き付け、そこへ襲った灼熱の烈火は触れた部分を即座に炭化させたのだ。
 意識が残るギリギリの範囲――文字通り地獄の責め苦を与えた後、
「えーと、俺の友人がお邪魔してるって聞いたんですけど」
 そーっとドアを開けて顔を出した時、二人は痛みも忘れて来るなと叫んだ程である。父親の威光を持ち出してきたのは若頭の息子だったが、その親子と組長、それにその妻と愛人の最後は見なかった。
「あ、見ない方がいいと思う。胃が一センチくらいに縮んでも知らないぞ」
 シビウ病院から急行した救命車に乗せられた二人を、安堵した顔で見送ったシンジがそう言ったのだ。
 彼らがとある場所へ空輸され、手足をちぎり取られた上、生きながら鮫の餌になった事をケンスケもトウジも知らない。
「極道がトウジ達に手を出す事は二度と無いから」
 両方の手を折られた二人は、迎えに来たシンジを付き添いにして、その日の内に病院を出された。
 無論、医療費の点数が上がらない為ではない事は、言うまでもあるまい。
 明日は晴れるから、みたいな口調で言ったシンジだが、それがどれほどの意味を持つかは二人にだって分かる。
 そのやくざはシンジの知り合いではなかったし、勿論彼らが拉致された事はシンジに何の関係もない。
 それでもシンジは来た。
 涙を流して礼を言ったケンスケの両親だったが、
「友達亡くしたら夢見が悪いでしょ」
 さも当然のように謂われ、呆気に取られた程である。
 ケンスケがふっと笑った時、
「あん時のことか?」
「ああ。シンジには何の責任も関係もないのにシンジは来てくれたんだ。けどトウジ」
「何や?」
「よく考えたら、俺達って何も返すもの無いんだよな。金や物は論外だし、シンジのピンチなんか俺達の死亡原因だし」
「困ったもんやで」
 くしゃっと缶を握り潰したトウジが、
「まあ、シンジも最初からそないな事は考えとらんやろ。もっとも、天才だから出来ん事もあるやろ。あの筋肉女の事にしたってそうや。はっきり言えば、あんな所の管理人なんぞになった事からして失敗やったな」
「人も殺せないお嬢様にシンジと付き合う資格はない、ってことか」
「そう言う事や」
 
 
 ベッドで横たわる一郎の全身を覆っているのは、濃い疲労感と後悔の念であった。
 無論フユノからは、出撃せぬようにとの命は下っていた。
 それでも出撃し、結果として大敗した。
 機体は全機大破だが、人的被害は一郎が一番大きい。敗戦を悟った時、隊員達を先に退かせて自らは殿となって踏みとどまったのである。
 当然の結果として全身に傷を負ったのだが、一郎に取ってはそんな事は些細な問題であった。
 どうして止めなかったのか、いや止められなかったにしても自らの無力が招いた結果だと、自責の念に苛まれている最中だ。
 当初は隊員達も、待機命令に従う気でいた。
 だが、彼らが見た光景は文字通り阿鼻叫喚図であり、この街を守ると誓っている彼女達にとっては、遂に看過出来る光景ではなくなったのだ。
 そう、今までの戦いで幾度と無くミサトに助けられていた事を自覚していても、だ。
 ここで出撃しないなら自分達の存在意味など無い、そう言って迫る隊員達を止める術は、一郎にはなかった。
 一郎がシンジのように、正義だの何だのは質屋に二束三文で売り飛ばし、現状を把握して対応する事だけを考えていれば、ここまでの大敗は無かったろう。
 少なくとも、現場へ着いた時点で敵を倒す事は諦めて、怪我人の手当に向かったはずだ。
 しかし弦から放たれた矢の向きを変える事は出来なかった。
 冷静に考えれば、自分の中にどこかシンジへの対抗心があったような気がする。ミサトへの想いは断ったつもりではいたが、ミサトから常に言われ続けた事が――自分達は他になってもシンジに及ばない――心の中で、石のようになって残っていたのかもしれない。
 或いは――。
(まだ、諦め切れていないのかな)
 内心で呟いた時、
「隊長、痛むか?」
「え?」
 我に返った一郎が見ると、ロベリアとコクリコが濡らしたタオルで身体を拭いている所であった。
 隊員達は機体の大破だけで済んだのだが、自分達の為に身を挺してくれたといたく感激し、看護婦には指一本触れさせず、身の回りの事は全部してくれている。
 とは言え一郎にも男のプライドがあるので、トイレだけは身体を引きずって自分で行くし、下肢は自分で拭いている。
「いや、大丈夫だ。ちょっと考え事をしていただけさ」
「それならいいんだが…」
「イチロー、もう怪我人なんだから無理しちゃ駄目だよ」
「分かってるよコクリコ。ありがとう」
 コクリコに笑ってみせたが、今の一郎にはこれが精一杯であった。
 それでも、ミサトが発った直後に自分の争奪戦を始めた娘達が、また団結してくれたのは救いであった。
 優柔不断云々より、ミサトという憧れの対象があった為、隊員達は子供にしか見えておらず、そこから急に選べと言われたって困るというものだ。
 ちゃんと向き合うとは言ったが、憧憬から恋へ一発変換出来るほど一郎は器用ではない。
 女神館の管理人と住人のように、告ってもありがとうで終わるから当分はレベルアップが先だと、完全に割り切れる位の差が有ればいいのだが、そこは初毛が生えた程度しかない凡人の悲しさで、誰を選んでも釣り合いそうな気がするのだ。
 おまけに下はこのコクリコから上はロベリアまで、全員抱いてしまっている。
 性格から言えばあれこれと悩むところなのだが、目下の状態はそれどころではなく、却ってこっちの方が有り難いかと唇を噛んだ時、エリカと花火が食事を抱えて戻ってきた。
「あれ、グリシーヌ君は?」
「さっき斧を抱えて出ていきました。少し修行してくるとか言って」
「そうか…って、今そんな事出来るほど健康体じゃないだろ。連れ戻さないと…痛」
 起きあがった途端全身の関節が一斉に爆音を鳴らし、思わず顔をしかめたところでロベリアにおさえ付けられた。
「隊長こそ、そもそも動き回れる体じゃないだろうが。ほら、食べさせてやるからじっとしてな。グリシーヌだって馬鹿じゃない。体をこわすような事はしないだろうよ」
「ロベリア…ん!?」
 食事を見た一郎は、同じ物が乗っている小皿が妙に多いのに気が付いた。
「花火君、随分皿の量が多くないか?」
「いいえ、これでいいんです」
 花火は首を振って、
「一つのお皿からじゃなくて、全員の分があった方がいいと思ったのです」
「何かに使うの?」
(しまった)
 訊いた途端、一郎は後悔した。
 エリカの、そしてコクリコと花火の妙に何かを期待しているような瞳と、何時の間にやら猛禽の目になっているロベリアに気付いたのだ。
「もちろん、大神さんに食べさせて差し上げるに決まってますわ…ぽっ」
 擬音ならまだしも、文字通り“ぽっ”とか付ける娘にももう慣れた。
 頷いた一郎が内心でため息をついた時、その脳裏にある姿が浮かんだ。
「あたしがあんたを見ることはない、とそう言ったでしょ。まだまだ未熟ね」
 思わず揉んでみたくなるような胸をした美女は、真っ赤なワインを縁まで満たしたグラスを片手に、冷たく見下ろしていた。
 
 
 どんな名器の持ち主だって、まったく濡れていないのにいきなり突っ込まれたら激痛が走るし、見ただけで女が欲情しそうな肉竿でも、稼働時間には限度がある。
 葵叉丹はその後者に属する部類だが、残念ながら長時間可動型ではなく、不死人のような復活力を兼ね備えてもいなかった。
「頼む…もう止めてくれ…」
 これが悪の総帥で、しかも哀願している相手は女二人だと知ったら、悪の研究家達は唾棄するに違いない。
 それはともかく、これでもう休みなしに十一回ぶっ続けであり、本来ならとっくにダウンしているのだが、欲情に満ちた――半分以上は怒気――表情の水狐とミロクが舌を這わせると、持ち主の意図に反してむくむくと復活してくるのだ。
 家来のくせに怒気とは偉そうだが、大義は家来の方にある。
 碇シンジは帝都に居らず――その事が確認されたのだ。まだ戦力は完全ではないが、この機を座して逃すべからず――出撃を命じて早足で席を立とうとした葵叉丹が、にゅうと伸びてきた四本の手に捕縛されるのは、ある程度予想出来た事であった。
 しかも、家来に衣類を剥がされて全裸にされた上、ベッドに縛り付けられてしまったのだ。
「駆けつけ三杯ってご存じかしら?」
 赤い舌で舌なめずりした水狐に、葵叉丹は辛うじて首を振るのが精一杯であった。
「正確には三杯ではなく一献が三杯、つまり九杯の事ですわ。とりあえず、九度は楽しませていただきます。よろしいですわね」
 それを聞いた時、四回ずつで残り一回を巡って揉めるに違いないから、その方がまだましかなどと思ったのだが、
「水狐、あんたが四回であたしが五回って言うのかい」
「いいえ、違うわ」
 そら来たと思ったら、
「私とあなたが躰を重ねて、二人の秘所で叉丹様のをこすって差し上げるの」
(何!?)
 にやっと笑ったミロクが、
「いい事言うじゃないの。見直したよ」
「当然よ」
 がしっと手が握られ、そして今に至るのだ。
 二人でちょうど五回ずつで、揉めることもなく葵叉丹はひたすら搾られてきた。
 さすがに疲れを見せてきた肉竿だが、女の欲求はまだ終わっていない。
 情けない嘆願に水狐はわずかに首を傾げてから、
「ミロク、ちょっと四つん這いになってみて」
 共闘作戦を取った時、女の団結力は恐ろしい物がある。
「これでいいのかい」
 精液で彩られたヴァギナとアナルを見せてミロクが向こうを向くと、水狐はいきなり、すぼまりへと指を差し込んだのだ。
「ふはぁっ!?な、何をっ…」
「これなら良さそうね」
 妖しく頷いた水狐が、
「叉丹様も、指と舌だけでは飽きてこられたようだから、ミロク、あなたの中に入れて回復させてさしあげて」
 フェラでも指愛撫でもなく、アナルセックスで強引に回復させようというのだ。
 いくらミロクでもそれは嫌がるだろうと思ったら、
「元気になったらそのままやっちゃっていいんだろうね」
「構わないわ。どうしても無理なら私がフォローするから」
 あっさりと交渉は成立した。
 その翌日、出立を待つばかりになっていた悪玉共の元へ姿を見せたのは、あまりにも血色と艶が良くなった水狐とミロクであり、木喰が密かにため息をついた通り、伝言は出撃の延期であった。
 降魔現る、その一報が飛び込んできたのはそれから一週間後であったが、家来達は葵叉丹が妙に腰をおさえているのに気が付いた。
 だがそれが腰を使いすぎた後遺症ではなく――庇っているのは肛門だと知っており、あまつさえ妖しい笑みを口許に浮かべた顔を見交わしているのは、無論水狐とミロクの二人だけであった。
 
 
 
 
 
(つづく)

TOP><NEXT