妖華−女神館の住人達
 
 
 
 
 
第百十一話:初体験で評価の分かれるヒト達
 
 
 
 
 
 魔界から戻ってきたシンジは、温泉に身体を浸してから帝劇に向かった。
 機体がほぼ出来たと連絡があったのだ。
 既に春の顔を見せている町並みを眺めながら歩くシンジの顔は、特に何も考えてはいそうにないが、何となく幸せそうに見える。
 シンジの場合、その求めるところは基本的に文明外にあり、住人達の中でも特にすみれとは根本的に異なっている。シンジにとって、地位や財産や名誉などは自分を縛る以外の何物でもないのだ。
 これでもし、シンジが得た交友関係を自分の私腹肥やしに使っていたとしたら、結果は分かりきっている。
 元は食べ物の恨みに端を発しているとは言え、どうして魔界の女王がその身など任せようか。
 てくてく歩くシンジの横に、ふっと人影が湧いて出た。
「お帰り」
 顔は向けずに口だけ動かしたシンジに、
「ただいま。マスターも随分とつやつやした顔で何よりだ。あの娘の身体には満足できて?」
「俺が満足なんかしたら身体が壊れる。ついこの間までは生娘だったんだし――機嫌が傾いてるの?」
「そんな事はない。マスターがあの娘を抱いたからとて、一々妬心など持ちもせぬよ。それより残念な展開だった」
「冥府の姉様に何か?」
「私のマスターが、男に抱かれるところを見られるかとおもっ――」
 言い終わらぬ内にフェンリルは飛び退いており、凄まじい火柱がフェンリルのいた場所から吹き上げたのは二秒後の事であった。
「お前見てたな」
「当然」
 当たり前のように頷いてから、
「あの男も夜香の同類だ――もっとも、夜香はあそこまでストレートではないけれど。そうなればマスターに出す交換条件などたかが知れている。そして、マスターが結局あの娘の所に行く事も。とは言え、最初から無駄だと水を差しては可哀相だから、言わなかっただけよ」
「むっか〜」
 ピクピクとシンジの眉が上がったが、
「もういい。だから知りすぎてる従魔って嫌いなんだ」
 そっぽを向いて歩き出そうとしたら、その腕がきゅっと取られた。
「倫理的にはまったく問題ないが、物理的にはありすぎる――だから私とマスターは結ばれないのだが、斯くなる上は困らせて見るのが唯一の楽しみ、そうだと思わない?」
「ぜんっぜん思わない」
 とは言ったものの、別段腕をふりほどく事もせずに、そのままシンジは歩き出した。
 目の前でシンジが他の女を抱く――単なる主従ならともかく、フェンリルにとっては許容しがたい光景だったはずだが、フェンリルの表情には妙な笑みだけが浮かんでいる。
 どうやら、シンジがホモ道へまっしぐらに行かないかと、本気で思っていたらしい。
 これもまた、他の女に渡すくらいなら――と言う屈折した思考の一種なのだろうか。
 帝劇に着いたシンジを三人娘が出迎えた。
「改造は済んだようだね、お疲れさま」
「いえ、まだです」
「まだ?」
 既に終わったとの報告を受けており、記憶違いかなと言う表情を見せたシンジに、
「カンナさんとマリアさんのが追加されましたから」
「あ、そうだった。まったくマリアのやつ〜」
「『……』」
「何?」
「いえ、なんでもありません…」
 だが何となく様子がおかしい。
「どうかしたの?」
「あ、いえその…べ、別に…」
「ふーん」
 とは言え何か言いたそうに自分を見ているし、言い方も奥歯に物が挟まったそれだから、
「用がないならもう行くよ」
 くるりと身を翻すと、
「あっ、あのっ」
 かすみが慌てたように呼んだ。
「ん?」
「え、えっと…」
 ちょっと言いにくそうに揃ってもじもじしていたが、
「い、碇さんあの…さ、作業の方達に…」
「サ行の方達に?」
「そ、そのサ行じゃなくて機体の作業の方ですっ」
「ああ、そっちね。碇シンジなんか死んじゃえとか噂してた?」
「ちち、違いますっ!そうじゃなくて…その…お、終わったらキスをって…」
「?」
 早口に言い切ったのは椿だが、なぜか由里とかすみも揃って赤くなっており、はてと首を傾げたシンジが、
「そうそう、そんな事もありました。で、しない方がいいって?」
「い、いえそうではなくてその…良かったらついでにえーと…」
「…君らにも?」
 違ったら自意識過剰もいい所だと思いながら、一応シンジが訊くと揃って頷き、シンジの方がほっとした。
 こくっと真っ赤になって頷いた三人に、
「碇シンジごときで良ければいいけど…今?」
「い、いえ、あの手も汚れてますからっ」
 言われて見れば三人とも手は汚れているが、泥ではなく機械油のような物なのは、一緒に混じって作業をしていたからに違いなく、
「今作業帰り?」
 シンジが訊くと、果たして肯定の答えが返ってきた。
「そう」
 頷いたシンジに引き寄せられたかすみが、近づいてきた顔に一秒遅れて成り行きに気付き、
「い、今あたしあのっ、ぜ、全然駄目ですからっ」
 よく分からない台詞と共に首を振ったが、
「問題ない。一つには、清潔は必ずしも綺麗を伴わない事。二つには農作業ならともかく機体整備なら十分だ。そして三つ目に」
「み、三つ目に?」
「魔界では非常に不完全燃焼だった事」
 言うなり腰を抱き寄せると唇を重ねた。
 一瞬背筋の伸びたかすみだが、すぐに目を閉じた。唇が触れ合って終わり、だと思っていたのだが、シンジが言った三つ目を理解しなかったのは不幸であったろう。
 たちまち歯列を割られ、舌が差し込まれてくるともう為す術もなく、絡め、吸われ、好きなようにされるままの女体は完全に弛緩している。
 どうやら、腰に手を回したのは予めこれを見越しての事だったらしい。
 一方見ているのは無論残りの二人だが、見た事もないようなキスに顔が青くなったり赤くなったりし出したが、すぐに赤で落ち着いた。
 端から見ているだけでも、完全にかすみが受け一方になっており、その咥内をシンジが好きなように蹂躙しているのは分かる。閉じていた双瞳も半開きになり、とろんと熔けたうつろな視線をシンジに向けており、それを見た二人の身体に正体不明の衝撃が走ったが、足をもじもじさせている事には自分でも気付いていない。
 かすみの腕が力無く垂れたところで、漸くシンジが解放したが、離れる時にも二人の唇を透明な糸が一筋繋いでおり、ごくっと喉の鳴った音が二つ聞こえた。
 無論椿と由里のものだが、
「さて?」
 見た事もないような――獲物を見つけた獅子のような視線を――向けたシンジに、二人ともふらふらと吸い寄せられるように歩み寄った。
 
 
「波動を感知した?」
「はっ、おそらくは間違いないものと思われます」
 地下の部屋から戻ってきた夜香は、配下の報告を受けて麗香を振り返った。
「どう思う」
「モリガンがいきなり来る事はあり得ませんわ。そうなると…碇様が向こうに?」
「可能性はそれが一番高いな。と言うより、魔界の入り口を開ける人間など極めて限られる上に、無傷で済むなど皆無と言っていい。入り口が開いた訳ではないのだな?」
 夜香の視線を受け、男は恭しく一礼した。
「波動から、一度開いた事は間違いないと思われます。ですが、入り口自体が開かれたままの形跡はありません」
「分かった、ご苦労」
「はっ」
 再度一礼してから男は下がっていく。この屋敷にいる者は皆、若き当主のこの言葉の為なら命も厭わぬ事を知らない者はいない。
 既に長老は夜香を当主と告げたのだが、夜香が固辞したままなのだ。
 無論器としては十二分だが、不明な行動の理由を妹だけは朧気ながら知っている。
「どうして碇様がわざわざ魔界へ」
「おそらく目的はベイ将軍だろう。モリガンに用ならここへ来られるはずだ。尤も、秀蘭がシンジさんに気付かぬ可能性は極めて低いが――」
 そう言った時、美しき吸血鬼の貴公子は、なぜか口元をわずかながら歪めたように見えた。
 
 
 
 
 
「起きた?」
 頭上から降ってきた声に、三人の目が一斉に開いた。身体が傾いている事に気付き、ほぼ同時にがばと跳ね起きる。
「こ、ここはっ」
「帝劇の事務所。ちょっと奧まで来てもらいました」
 黒服を着た怖いおっさんみたいな台詞だが、三人には通じなかったらしく、
「『は、はあ…』」
 と目をぱちくりさせている。
 それが赤くなったのは次の瞬間であり、
「あ、あの私達…」
「キスでイっちゃったから運んできました。初めてっていいよね」
 シンジの台詞に火を噴いたように赤くなった。
「今なんか持ってくる。コーヒー、それともお茶?」
「じゃ、じゃああの、お茶をお願いします」
「『私もお茶下さい』」
「はいはい」
 赤くなる余韻を断ち切るように立ち上がったシンジのお陰で、一気に爆発はせずに済んだが、ちらちらとお互いを窺っているのは、思い出せないからだ。
 確か、かすみが最初にキスされた筈だ。そしてくてっと倒れこんでその後二人が…の筈なのだが、何がどうなったのかさっぱり分からない。
 しばし見つめ合った後、
「つ、椿あなた覚えてる?」
「ぜ、全然よ。由里は?」
「何にも。かすみが顔真っ赤にして倒れた所までは覚えてるんだけど…」
「なんでそんな所だけ覚えてるのっ」
「だ、だって…」
「何の内緒話?」
 びくっ。
 戻ってきたシンジに声を掛けられ、三人のお尻は数センチも宙に浮いた。
「なかなか器用な事をする」
 妙な事に感心しながら、
「で、どうしたの?」
「あ、あの…あ、あたし達…へ、変な事しませんでした?」
「変なこと?」
 怪訝な顔で聞き返したシンジに、
「そ、その…全然覚えてなくて…」
「ああ、そっちね。大丈夫、服も乱れてないでしょ」
「『ふ、服っ!?』」
「うん。別に乱れたついでに服も脱がせて一気になんて…あれ?」
 しゅうしゅうと白煙が上がってるみたいな三人に、
「あの、そう言う意味じゃなかった?」
「ち、違います……」
 自分達の話だったらしいと気づき、
「大した事はないよ。ちょっと刺激が強すぎただけだったから。でも全然覚えていないの?」
「『え、ええ…』」
「ふうん」
 と、何を思ったかにやあと笑ったシンジに、
「ちょ、ちょっと何笑ってるんですかっ」
「気を失ってるのいい事に何かしたんでしょっ」
「キスくらいで失神するほどいく方が悪い」
「『やっぱり何かしたんですねっ』」
「だ、だからなにもしてな――ふびゅー!」
 シンジの上に丸いお尻が三つ並んだところへ、
「よう」
 手を上げて中年のおっさんがやって来た。
「よ、米田支配人っ」
 慌てて三人が飛び降りたが、シンジは乗っかられた姿勢のまま、
「ようって…俺?あんたどなた」
「米田一基だよ。そうか、俺の事はおまえさん知らなかったんだな」
 妙に自分を知ってる様子だが、シンジはこんなのに知り合いはいない。
 誰だったかと脳内のコンピュータを起動させ、
「ああ、あの対降魔部隊の生き残りその壱ってあれかい」
「…まあそんなところだ」
「で、その対降魔部隊の親分がなんで俺を知ってるの」
「降魔戦争の折、生け贄が出る羽目になったのはひとえに通常兵器が通用しなかったからだ。その轍を踏まぬように、正確に言えば降魔を見てから慌てぬよう、帝国歌劇団花組の構想が出来た。発案者と、そしてそのトップにおまえさんを置こうと決めたのは同じお人だよ」
「うちのばーさんか。まったく年取るとろくなこと考えない」
 ぶつぶつぼやくシンジだが、かすみ達は別の事を考えて冷や冷やしていた。シンジの事をおまえさん呼ばわりなど、他の者がするのを聞いた事がない。なによりも――碇フユノの名を冠する者がそれを黙って看過するかどうか。
 そしてそれは、恐ろしい事に正解であった。
(マスター、何者だこやつは)
(ばーさんの知り合いでしょ。いいから黙って見物してて)
(……)
 既にシンジは従魔を抑えていたのである。
「それで、俺に何の用で?」
「マリアのことさ」
「マリアが何か」
「孤高、と言うよりは手負いの狼みたいなイメージがあってな。他人を排除するような事はしなかったが、溶け込むのは出来ていなかった。それが中国から帰ってきたら、あの変貌ぶりだ。さすがに俺も目を疑ったが、聞けば戻ってきておまえさんに会ってからまた変わったそうじゃないか。あれも直情径行な所はあるが、決して悪い娘じゃないんだ。ひとつ、よろしくたの――」
 米田は最後まで言い切る事は出来なかった。
 サテンのドレスが視界を横切った――かに見えた瞬間、声は出なくなったのである。
「他の方の交友関係に余計な口出しをされるのは、あまりいい事とは思いませんわ。特に、お姉さまに聞かれたら命がけになる場合には、余計にそうだと思いますの」
 可憐な瞳は殺気を放っておらず、その身体全体も隙だらけに見える。
 だがそれでも、米田の身体は微動だにしなかった。
「姫どうしてここに?」
「碇さまのお顔を拝見してくるようにと」
「シビウって時々勘がいいからな――なに?」
 すっと人形娘が顔をシンジの身体に近づけた。
「失礼ですが…妙な匂いがします」
「妙ってどんな」
 白を切りながらも、既に発覚したのは分かっている。
「あの女(ひと)に襲われましたね?」
 女、とそのまま言わなかったのは場所を考慮したからだ。
 あの女――秀蘭と会った場合、シンジに好意的な反応など示さないのは分かり切っている。
「粘土で危ないところだったけど、姉さんに助けられたから」
「……」
 かち、と眉がわずかに上がった。
 姉さんがミサトではない事はすぐに分かる――そして、お茶だけ飲んで帰ってきたのではないことも。
 この二組の姉妹だが、姉同士と妹同士は非常に折り合いが悪いものの、姉と妹の間は極めて良好であり、奇妙な事に相手に対してもさほど悪くない。
 会えばたちまち戦闘を開始するような間柄でも、その付録にまでそれは及ばず、この人形娘もモリガンから攻撃された事は一度もない。
 姉同士の間に割って入れば別かもしれないが、手足を付け替えられたくない以上そんな事はしないし、秀蘭もまたシビウの手に掛かりかけた事はない。
 とはいえ、シンジが何をしてこようと、そんな事を口に出すほど分を弁えぬ娘でもなく、
「向こうに行かれたのでしたら、健康診断が必要になりますわ。お姉さまのお部屋か、二内か三内の方へお越しになって下さい」
 二内・三内とは、いずれも第二内科・第三内科の略称である。
「うん、お邪魔します。それと、このおっさんほどいてやってくれない。せっかくフェンリル抑えておいたのに」
「もう解けておりますわ」
 一体どんな光景を目にしているのか、蒼白になりかかっている米田を見ながら人形娘が言った。
「後は本人の深層意識次第です。では、私はこれで」
 くるりと華麗に、だがどこか冷たくドレスの裾を翻した人形娘を、三人は陶然と酔いしれたような表情で見送った。
 未だ責め苦から解けない上司の事など、完全に忘れた節がある。
 ごほん、とシンジが咳払いすると、ようやく視線がこっちを向いた。
 椿の第一声が、
「い、今の方は?」
 であった。
「ドクトルシビウの妹」
「シ、シビウ先生に妹さんが?」
 妹がいる、と言うより呼吸している事すら怪しい女医であり、三人が怪訝な顔になったのも当然であったろう。
「妹だよ。ただし、人間じゃないけどね」
「『は、はあ』」
 よく分からないまま頷いた娘達は置いといて、
「顔が紫になってきてる…ドレスが顔をくるんでる幻覚でも見てるのかな」
 数秒首を傾げてから、頭に手をやると一本の毛を引き抜いた。艶を放っているそれをすっと指でなぞると、それは一瞬で針のような強度を持たされた。
 あっ、と声が上がったのは、シンジが研ぎ澄まされた長針と化したそれを米田に向かって投擲したからであり、それが貫いたかに見えた途端、その身体はどっと崩れ落ちていた。
「やっぱり」
 身体に物理的な障害が見あたらない以上、強力な催眠に掛かっていると見るのが妥当であり、そしてそれは正鵠であった。
 慌てて駆け寄った三人に、
「姫の機嫌が悪かったら失明してた可能性もある。とりあえず運んでいって寝かせておいて」
「『は、はい』」
 慌てて米田を担いだ三人に、
「ああ、それから」
「え?」
「初めてにしては刺激が強すぎたでしょ、悪かったね」
「い、いえそんな事ないですっ」
 首を振った三人だが、魔界の女王相手で物足りなかった鬱憤が回ってくれば、確かに度は過ぎていたはずだ。
 が、
「そ、そうです。とても良かったですしっ」
 かすみがつい余計な事を口走ってしまい、三人から宇宙人でも見るような視線を向けられ、もう少しで米田を落とすところであった。
 
 
「出来たわ」
「ご苦労さま」
 紅葉から受け取った資料を見、そして現物を見た限りではまったく問題はなかった。
 と言うよりも問題点を見つける事の方が難しそうに見える。あえて難点を付けるとすれば、今の操縦者では使いこなせないと言う事にあろう。
 裏を返せば、花組のレベルはまだまだ低いと言える。
「起動は?」
「数名が試した結果、Aランクの能力なら起動したわ。もっとも、起動だけしかしていないから、実際の運用は不明ね」
「魔道省のAランクだと…うちではさくらとすみれにアイリスを足した位だな。一人じゃ到底おぼつかないな」
「現在の操縦者の霊力レベルでは、起動自体が到底不可能よ。もしも機械補助で強制的に起動したとしても、暴走するのは目に見えているわ」
「うん」
「これを使いこなすレベルまで持っていくのは至難の業だわ――本当にやるの」
「やる」
 シンジは短く答えた。
「実際のところ、降魔の連中がもし魔装騎兵を持ち出してきたとしたら、はっきり言ってうちの住人達じゃ勝負にならない。後ろからお尻をくすぐるのはいいけど、俺が代わって前に出るのは御免だ。それくらいなら、最初から花組など作らなきゃいいんだ」
「その花組は誰が作ったの」
「ウチの祖母」
「…そうね」
「何にしても、よくここまで仕上げてくれたね。残り二つ、大変だけどお願いするね」
「分かっているわ。私はこのためだけにここへ来たのだから」
「藤宮」
「何」
「別に、それだけでこんな所へ呼んだ訳じゃないよ。無理強いはしないけど、藤宮が良ければ機体の運用が終わるまでは見てもらいたいと思ってるし」
「……」
 ちらりとシンジを見てから、
「考えておくわ」
 それだけ言って紅葉は出ていった。
 うーんとシンジは唸って、
「嫌われてる…ってわけじゃなさそうなんだけど…」
 首を傾げて考え込んだ。
 
 
 
 
 
「事態がよく飲み込めないんだけど」
 翌朝、やはりあやめとかえでを連れ出す事にし、薫子にでも会っていくかと本邸を訪れたシンジが見たのは、顔色と待遇の違う二組のカップルであった。
 女の方はそれぞれ顔をうっすらと赤くしている――ように見えたが、男の方は、片方は腕をきゅっと取られ、もう片方は…天井から吊されていた。
「一気に行けば痛くないとか言って、大嘘言ったのよ」
「誰が?」
「こいつ」
 ビシッと指さした先にはリョウジが吊られており、ゆっくりとシンジの首が動き、もう片方のカップルを見た。
「内海、ちょっと」
「はい?」
 部屋の隅に俊夫を手招きして呼ぶと、
「二人とも処女喪失の結果が分かれた訳?」
 実にストレートに訊いた。
「え、ええまあ、そ、そんなところで」
「照れる位なら最初っからやるなっつーの。で、なんでこんなに違うんだ?」
「あー、あの俺の方はもう全部その…ひ、瞳に任せてましたから。自分で加減してたからアレなんですけど、リョウジの方はほら、自分でやっちゃったモンで…え?」
「それってすっごく情けなくないか?」
「誰が?」
「あんただあんた。姉さん女房ならともかく、初めて同士で普通女に任せるか?」
「別に任せた訳じゃありません」
 いつの間にか瞳が後ろに来ていた。何を密談していたのか、気になったらしい。
「任せたって、そんな私が経験豊富みたいな言い方して。だいたい、元はと言えば俊夫がすぐに出しちゃ――もごっ」
「ひ、瞳お前だって俺の上で思い切り腰振っ――ほごっ」
 俊夫の手が瞳の口を押さえ、瞳の肘が俊夫の腹部に打ち込まれたところで、
「早漏と淫乱で喧嘩しないでくれ。まったく傍迷惑な夫婦だ」
「べ、別に俺(あたし)達まだ夫婦になったわけじゃ…」
 ごにょごにょ言ってるのは無視して、さっさとその場所を離れ、
「あのさ」
「何よ」
 やれやれと耳に口を近づけ、
「締まりが悪いとか最初から緩いとかなら別だけど、姉貴みたいなのは時間掛けると本当に痛いんだよ」
「何でよ」
「すごく締め付けるでしょ。だから下手したら破る前に果てちゃうから」
「ふふーん」
 ミサトがニヤッと笑い、
「それってあたしがいい女って事?」
「…うん」
 面倒掛けなきゃね、と付け加えようとしたが止めた。
「そうよね、やっぱりあたしの身体の事は――」
 ろくでもない事を口走りそうだと、シンジが指を動かしかけたのだが、抱き付いた拍子におさえていた縄が宙に浮き、吊られていたリョウジがミサトの上に落下した。
「『きゅう〜』」
 揃ってダウンしている二人を見て、
「そう言う手があったんだ」
 うんうんと頷いてから、
「瞳、結婚に承諾したんでしょ」
「え、ええ」
「だったら人生の墓場決定だ。こっちの二人が駄々こねる前に、さっさと合同で式上げちゃってちょうだい。内輪で構わないから三日以内だ、いいね」
「え…は、はいっ」
 有無を言わせぬ口調に思わず頷いた二人へ、そっちの二人頼むわと告げて、シンジは部屋を出た。
 そのまま自分の部屋へ向かったのだが、ふとその足が止まった。部屋のドアを丁寧に拭いている薫子の姿を見つけたのである。
 イヒッと笑うと、忍び足ですすっと近づいた。
「!?」
 わずかな気の乱れに薫子が振り向いた次の瞬間にはもう、シンジの手はその胸元に忍び込んでおり、
「あ、やわらかーい」
 もにゅもにゅと揉んだ刹那、シンジの身体がくるりと一回転した。
 
 
 
 
 
(つづく)

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