妖華−女神館の住人達
 
 
 
 
 
第二話:ヤラハタは死刑!?
 
 
 
 
 
「で?」
 時の総理の名前は知らなくとも、ネルフ学院を知らない者はいないと言われるほど、その知名度はい−正確には、「東京学園」のそれが。
 初等科から大学部まで、ネルフ学院のそれを冠しているのは四つあり、そのすべては東京学園の傘下にある。
 魔道を究める為に創られたネルフ学院、それ以外にも幾つかの大学を抱えており、その総規模たるや見当も付かない−たった一人、この学園の創始者を除いては。
 なおその一人とは。
「だ、だから管理人と言っても特段のことは…く、苦しい…」
 細首を絞められている老婆であり、無論シンジの祖母のフユノである。
 さんざん暴れてから、シンジは少しだけ鬱憤を晴らして帰ってきた。
 確かに、名前も書かないのは本人が悪いが、実はこの老婆、
「私がなんとかしてやるよ」
 と大見得を切ったのだ。
 もっとも、シンジの浪人など周囲が血相変えるのは分かっていたし、別にフユノの力でなくとも、可能だった筈だ。
 では、何故気が変わったのか。
 答えは一つ、単なる気まぐれである。
 元々精子と卵子ではなく、気まぐれな類い希なる能力が合体して、一人の人間を為しているような碇の血筋であり、無論フユノとて例外ではない。
 ただ実際の所は女子寮−女神館の住人はいずれも個性的な娘達ばかりであり、女だけの世界となると、どうしてもとかく問題も起きがちである。
 そしてもう一つ。
「シンジよ、この儂を冥土までこきつかう気かい?」
 細首をきゅっと絞められながら、フユノがじろっとシンジを見た。
「あんたにはいずれ、この学園を継いでもらう事をお忘れでないよ」
「だから〜!」
 ひときわ絞める力が強くなり、
「そんなの俺にやらせるなっつーの。大体そんなのは−」
 言いかけた所に、
「たわけ!」
 いきなり雷が落ちた。
「はうっ」
 その剣幕にシンジが手を放すと、
「お前の両親はエベレストの山中に消えた。それにもう一人の…」
「ね、ね、シンジ」
 下着まで見えそうなタイトスカートで、足取りも軽く若い娘がやってきた。
「姉貴ってばまーた昼間っから飲んでるな」
 この分だと、どうやらウオッカのストレートだろう。乳も爆乳だが、肝臓もまた化け物並である。
「いーじゃない、そんな事はどーでも」
「良かないよ」
 側に来ると、アルコール臭をふーっと吹きかけた。
「そんな事よりシンちゃん、女神館の管理人になるんだって?彼処だったらハーレムよん♪」
 ゴキ!
「いったー、何すんのよう」
「シンジ、これでもこやつに任せるつもりかい?」
 シンジの両親が他界して、フユノの血縁はこのミサトとシンジの二人だけになった。
 しかも、シンジはしょっちゅうあちこちに旅行して、あまり家には帰ってこない。
 それなのに、
「儂の財産は、すべてシンジに譲る」
 と、血印の遺言状をつくらしめたのが、このミサトである。
 シンジの実姉だけあって、潜在能力は並ではない。
 だが…ずぼらとがさつと大酒のみ、この三点セットが邪魔をして、一向に芽が出ない。
 しかし奇妙な事に、ミサトは初等科から大学部まで、一度も落ちこぼれる事はなかった。何故か、テストだけはちゃんと及第点を取っていたのだ。しかも、全て本人の実力ときている。
 とは言え、授業中の態度に関しては、進級会議において幾度も問題になったのは事実である。
 従って、フユノが老体にむち打ってあれこれと、全部仕切っていたのはひとえに不肖の孫共のせいだ。
「シンジ、やっておくれだね?」
 あーあ、とシンジはため息を吐いた。
 地を初めとした五精使いであり、敵など探す方が困難と思われるシンジも、祖母のこの口調にだけは弱かった。
「絶対、いい死に方しないぞ」
「あんたがいてくれれば後のこ…」
 何か言いかけたが、
「シンちゃん、そゆ言い方はしないものよお」
 普段はうるさいばーさんだと言ってるだけに、二人とも疑惑の目をミサトに向けた。
「何を企んでる?」
「別にい」
 ミサトはにっと笑った。
「こないだまで中国の呪仙境行ってたあんたは知らないと思うけどね、今年から法律が改正になったのよ」
「改正?」
「そ、ヤラハタは死刑ってね」
「ヤラハタ?何それ」
「決まってるじゃない、ヤらないで二十歳を迎えると、その時点で死刑な−」
「劫火」
「あちちちちっ」
 たちまちミサトの服に火が着き、
「球水っ!」
 何とか自己消火に成功した。
「何訳のわからん事言ってやがる、燃やすぞ」
「も、もう燃やしてるじゃないのよう」
 ウェルダンに焼けちゃってはいなかったが、ミディアム的になっており、これはこれでなかなかこんがりである。
「お婆」
「なんじゃ?」
「来期の国会で、新しい法案提出しといて」
「分かった」
 お小遣いの値上げ、みたいな口調だが、これが冗談でないのがこの老婆の怖いところなのだ。
「で、内容は?」
「イブを過ぎた女の厚化粧禁止ほうあ…おっと」
 法案、と言いかけたシンジを、水の珠が音を立てて襲った。
「どうせ私は過ぎてるわよ。でもそんなモン出来たら、その前にあんただけは水死させてやるからねっ」
 なおイブとは、お年の24の事らしい。
 さらに唸りをあげてシンジに襲ってくるのを、
「お止め」
 掌で受け止めると、フユノは簡単に握りつぶした。
「シンジに手を出すなら、まずは儂を倒さなければいけないよ」
 はいはい、とミサトは肩をすくめ、
「いっつもシンジには甘いんだから。ま、それよりシンジ」
「あん?」
「能力もいけどね、美人ばっかりよ。あんたも行って目の保養でもしてきなさい」
「センター行って一歩路地入れば、巨乳も処女も溢れてるよ。そう言えば、北京の市場で処女の回復薬が売ってたな。姉貴に買って来るの忘れてた」
「…何で処女のあたしにそんなのがいるのよ」
「ああ、だってユルいのが治…」
「てい」
「ウギャーッ!!」
 吹っ飛んでいく弟を見ながら、
「このあたしのどこがユルいってのよ」
 ふんっ、と鼻を鳴らし、
「ねえ、婆様。やっぱり、無理しても入れた方が良かったんじゃないの?」
 いいや、とフユノは首を振った。
「どうして?」
「シンジが女に興味を持たないのは、半分はお前のせいじゃ」
「私の…あうんっ」
 皺だらけのフユノの指が伸びて、だらーんと開いたタンクトップの中に入り込む。
「いかにシンジとて、年がら年中こんなものを見せられて見よ、女など見向きもしなくなるわ」
「ねっねっ」
 それを聞いたミサトの顔が、ぱっと明るくなった。
「今度はなんじゃ?」
「じゃあさ、どっかに男子寮ない?」
「…男子寮?」
 ミサトの嗜好などフユノは知り尽くしている。危険な物が混ざった事に、ミサトは気づいていない。
「だあって、そうしたら見られるじゃないの…生やおい」
「ほう」
「シンジならきっと絵になるわあ。だって、攻めでも受けでもどっちでも…」
 どうやらこの女、同人系のそっちの趣味でもあったらしい。
「残念じゃな」
「え?いやああああっ」
 気砲の一撃で吹っ飛んでいく娘を見ながら、
「儂の所に男子寮などないわ、このたわけ」
 やれやれとため息をつきかけた所へ、
「ま、女子寮でもいいか」
 天高く舞い上がったシンジが、もう戻ってきた。
「相変わらず回復が早いのう」
「遺伝子が違うから。それより場所は?」
「その前にお待ち」
「え?」
「女神館には、現時点で六人の娘が入っておる」
「部屋は空いてる?」
「大分空きがある。それに、管理人室はお前の部屋と見劣りはせぬわ」
「いつの間にそんな豪華なものを?」
「これもいずれはお前の…」
 全部相続だと、いつもの事を言い出す口を押さえて、
「行くよ、行きますよ。それで名前は?」
「帝国歌劇団、この名前を聞いた事があるかい?」
「宝塚?」
「汎用人型決戦兵器−」
「もっと短く」
 はいよ、と苦笑して、
「人型のロボット兵器エヴァンゲリオン。これに乗って、降魔どもを撃退している娘達じゃ。もっとも、妖撃のそれは華撃団と変わるがの」
「ああ、思い出した」
 ぽん、と手を打ったシンジに、
「一人目が真宮寺さくら、血統書付じゃ」
「く売れそうだな。で、次」
「アイリス、正確にはイリス=シャトーブリアン。まだ少女じゃが、オールタイプのテレパスじゃ」
 オールインワンか、と感心したように呟いたシンジだが、それには訳がある。
 精神感応、すなわちテレパシーを使いこなせるのがテレパスだが、実はこれ結構一方通行型が多い。異端扱いされやすいのは、特にそのせいだ。
 特に警戒されてしまうのが、送信専用のタイプ。
 なにせ、自分では制御出来ずに相手に思念を送ってしまうのだ。
 つまり、こいつは嫌いだと思うと、それがそのまんま相手の思考に伝わってしまい、一瞬相手は驚くが、すぐにそれが相手の思念であり、相手の仕業だと分かってしまう。
 そしてもう一つの、受信専用タイプ。
 これは文字通り精神波を受け取るタイプだが、抑えが効かないケースも多い。
 送信型とは逆で、相手の考えがすべて読めてしまうのだ。
 商談の時、相手の考えが読めるから便利だ、などと言っていられない。
 もしこれが、人々の中で一気に激情でも受けたなら、ひとたまりも無いだろう。
 その意味で、人に念を送れるのも人のを読めるのも、大きな危険をはらんでいると言える。
 大きすぎる力が、しばしば人を不幸にする典型的な例とも言えるかも知れない。
「少し、違っておる」
 ふんふんと感心しているシンジに、フユノが口を挟んだ。
「え?」
「アイリスは、テレパス能力はさほどでもない。むしろそれよりも、サイコキネシスにこそ、その能力は発揮されておる」
「っていうと?」
「大きな物は出来ぬが、人体くらいならまるで自分の手足のように操る。大の大人でも三人くらいなら可能な筈じゃ」
「それはまた物騒な」
 あまり思ってなさそうな口調で言うと、
「で、次は誰?」
「神崎すみれ、神崎重工総帥の一人娘じゃ」
「なんでそんなのがうちに?」
「あやつは、襁褓の取れぬ時から儂が知っておる。悪さをばらされたくなかったら、さっさと娘を寄越せと言ってやったのじゃ」
「それは脅迫って言うんだぞ」
「儂のする事に間違いはない」
 胸を張った祖母に、やれやれとシンジは内心で呆れていた。
「そう言えば、前から訊こうと思ってたんだが」
「何じゃ?」
「今何歳だ…ひてて」
 シンジの頬をむぎゅと引っ張ると、
「女に年を訊くでない、無粋な孫じゃ」
 気分は永遠に乙女らしい。
「わかったよまったく。ところで、アイリスって子以外の取り柄は?」
「すみれは長刀使い。さくらの抜刀術は免許皆伝じゃ」
「抜刀だけ?」
 シンジが訊いた時、その口調に何かが含まれたのをフユノは敏感に感じ取っていた。
 が、口には出さず、
「後は良いのか?」
 と訊いた。
「一応訊いとく」
「惣流・アスカ・ラングレー、ドイツ産のクォーターよ」
「歌劇団の一人?」
「いいや、これは普通じゃ。勝ち気な娘でな、気の強さはすみれといい勝負じゃ」
「次」
「綾波レイ、やたらと明るい娘での」
「可愛いの?」
「珍しいのう、シンジ。気になったか?」
「歌劇の連中と、色々と差がありそうな気がして」
 それを聞いた時、フユノの目がふっと細まる。
「さすがシンジじゃ、それも頼みの一つよ」
「やっぱり」
 が、これも分かっていたのか、或いは予想済みだったのか、あまりシンジは表情を動かさなかった。
「頼めるか、シンジ?」
 フユノの顔が一瞬真顔になると、シンジの顔をつかの間じっと見た。
 だだっ広い空間に静寂が流れ、
「やっとく」
 シンジは短く告げた。
「ありがとうよ、シンジ」
 それでも断られることを覚悟していたのか、ふっとその表情が緩む。
「悪いようにはせんよ、これをお使い」
 すっと差し出したのは、ゴールドのクレジットカード。
「これなら幾ら使っても構わぬ。持っていくが…!?」
「もうもらったぞ」
 フユノの表情が一瞬止まったのは、孫の手にある物を見たからだ。
「シンジ、それをどこで」
「リっちゃんにもらった」
「リツコに?」
「呼ばれただろ、ここに来る前理事長室に寄ってきた」
 創始者であり、圧倒的な実力者はフユノだが、表向きの理事長は現在赤木リツコであり、総代表と言う事になっている。
 だが。
「リツコはそんなに甘く無いはずだよ」
「ところがぎっちょん」
 にやっと笑うと、
「ちょっと交換条件を出したら、あっさりくれたぞ」
「ほう、なんだい?」
 何気なく訊いたが、どこか妬心のような物があるのは否めない。
「内緒だ」
 じろりと見る祖母にさっさと背を向けると、
「俺の荷物どうせあるんだろ、じゃ行って来るぞ」
「あっ、ちょっとお待ち」
 止める暇もあらばこそ、シンジはさっさと歩き出しており、廊下の角を曲がって見えなくなってしまった。
「まったく資料を見もせずに…。まあよいわ、儂もすぐに行ってくれる」
 
 
 
 
 
 シンジが身軽で館を出た少し後−
「『ありがとうございました』」
 長い黒髪を、腰まで伸ばした少女二人が向かい合っていた。
 二人とも袴姿であり、その手にしているのは木刀である。
 なかなか整った容貌の持ち主であり、鍛錬から来る気が更に磨きを掛けている。
「五十一勝五十二敗だね、マユミ」
「だってさくら強いんだもの、敵わないわよ」
 名前から判断すると、片方は真宮寺さくらのようだ。
 だがもう片方は?
 そう、シンジが訊く前にさっさと出かけたせいで、情報が入っていないこの娘は?
「それは私の台詞よ、マユミ」
 さくらが、ちょっと怒ったように言った。
「マユミなんか、私と立ち会う時いつもど近眼じゃない。ほとんどど天性の勘だけじゃないの。そんな事言うんだったら…・んっ」
 マユミと呼ばれた少女が、すっと人差し指をさくらの唇に当てたのだ。
「ごめんね、それ以上はお互いに言いっこなしにしましょ」
 にこりと笑うと、
「ちょっとお風呂入ってくるわね。そうだ、さくらも一緒に来る?」
 さくらは首を振って、
「う、ううん、私はいいわ」
「じゃ、入ってくるね」
 歩き出したが、裸眼はほとんど見えてないおかげで、さくらの視線には気が付かなかった。
 そう、マユミの盛り上がった胸に注がれている目に。
「だって…これだけは勝てないんだもん」
 小さく呟くと、
「これから成長するぞ!」
 と多分−いやきっと叫んでいるであろう胸に、ちらっと視線を向けた。
 だが。
 マユミがこの時、一人で入った事はかなり大きな失敗であった。
 理由は単純だ。
 マユミは、剣を持てば圧倒的な勘を誇るが、それ以外は単なる近眼娘である。
 しかも、身体を触らないと男か女かも分からないほど、視力は最悪なのだ。
 だから。
 女だけしかいない気安さからか、胸も前も隠そうとはせずに浴場へと続く扉を開けた時、誰かがいるのにも分からなかった。
 しかもその目には、流れるような黒髪しか見えておらず、てっきりさくらだと思いこんだ。
 で、
「もう、さっきは来てくれないって言ったのに。ほら、早く服脱いで」
 いきなり服をはがし掛け、
「検温中なんだが…誰だお前は」
 触れた時の違和感が、事態の把握に繋がるには数秒を要した。
(お、男ぉ!?)
 まずは内心で叫ぶ。
 が、
「お前、誰の傀儡(くぐつ)だ?」
(ふえっ?)
 無論温泉を我が物とすべく、水質を見ていたのはシンジだが、シンジもシンジでマユミを誰かの傀儡、つまり式神だと思ったのだ。
 だもので、
「主(あるじ)に言っとくんだ、せめて、式神におっぱい位は隠す事を教えろと」 
 
 
 着火完了。
 五・四・三・二…一。
 
 
「いやああああああっ!!!」
 乙女の悲鳴が、館内いっぱいに響き渡った。 
 
 
 
 
 
(つづく)

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