突発企画「奴らが戦国にやって来た」
 
第三十八話:元本妻VS現本妻
 
            
 
 
 
「うーん、圧巻よね〜」
 年が明けて1568年3月、圧倒的な兵力を要した碇家の軍勢が、二ヶ国から羽後に雪崩れ込んだ。
 軍団数は二つ、兵力にして八千二百、実に武田軍の五倍近くの兵力を要しての侵攻である。武田家も兵力が揃っては来たのだが、ここが最終決戦の地ではないし、陸前も境を接しているから兵力が集中出来ない。
「ねえシンジ」
「なに?」
「なんかさ、向こうに見える武田勢がゴミみたいに見えるんですけど。でもやっぱりあたしってば天才よね」
「え?」
「だって量産機は九体だったじゃない。一度はアレを撃退したんだもん…あれ?」
「そうだよね…僕がボーっとして役立たずだったから…」
「ちっ、違うわよシンジ、シンジはちゃんと来てくれたじゃない。あたし、全然怒ってなんかいないわよ」
「そうだよね、アスカは優しいから…」
 西暦2014年、永久に動作保証のお得なS2機関を搭載したエヴァンゲリオン九体に囲まれたアスカは、病み上がりながら少し危険な母の力を借りてこれを一度は撃破。しかし、結局は搭載している機関の差で破れ瀕死の重体を負ったのだ。
 なおその時、最高のシンクロ率を誇った少年は、上司であり同居人だった女性に命を賭して送り出されながら、ベイクライト漬けになった初号機に、為す術もなくただ見上げるのみであった。
 完全に思い出してしまったせいで、またシクシクと悩む虫が頭をもたげてきたらしい。
 圧倒的な差だというのに、武田軍を前に意気消沈してしまった想い人に、アスカはしまったと唇を噛んだし、マナとレイは刺すような視線を隠そうともしない。
(し、しようがないわねっ)
「じゃ、じゃあシンジっ」
「…え?」
「ま、まあその…正直に言うとね、全然恨んでない訳じゃないのよ。でもいいわ、許してあげる。でもね、二つ条件があるの」
「条件?」
「多分あたし達、また転生してエヴァのパイロットになりそうな気がするの。そしてきっとまた会えるわ。その時にね、もうくよくよしないでほしいの。一度失敗したら、次に取り返せばいいじゃない。前に駄目だったら、今度は最初に助けに来てよ」
「アスカ…それでもう一つって?」
「う、うんまあ大した事じゃないんだけど…もうじき天下統一でしょ」
「うん」
 嫌な予感がしたのだ。
 咄嗟に口を抑えようとしたのだが、アスカはにゅるっと抜けて、
「最初にエッチするのあたしにして?」
 艶めかしい視線でシンジを見上げやがった。
「アスカがそう言うならよろこ…うぐ」
 言いかけた首は、途中でゴキッと鳴った。
「『碇君駄目、絶対に駄目ー!』」
 無論、マナとレイだ。
 声が同じような気がするのは、この際気にしない事にする。
「碇君!」
「はっ、はいっ」
「デートして温泉入った時、あたしの事押し倒したいと思ってたでしょ」
「え?」
「しかもタオルから淫毛とか透けてないかなって、あたしの下腹部じーっと見てたの知ってるんだからねっ。だいたい、碇君がもっとしっかりしてたら、私だってあんなに苦労しなくて済んだし碇君と一緒に暮らせたかも知れないのに…」
「ご、ごめん…ど、どうしたのレイ」
「碇君が私を押し倒して胸を揉んだのはいいわ。私もその前に叩いちゃったから。でもアスカが無様な格好で転がってるのを見て碇君が叫んでいた時、私は碇司令をほっぽりだして駆けつけた。なのに碇君は…大きくなったと言うだけで私を拒絶したわ」
 
 つい先日人外だと知ったばかりの知己が、突然巨大化したら誰でも逃げるだろう。
 
「そ、それは…」
「でも私との動物みたいなセックスは後回しなの?髪を掴んでぐいっと奥まで銜えさせられたり、お口の中にいっぱい出しても元気なのをバックから、それもお尻に入れてくれるのは後回し?」
「なっ!あ、あんた何口走ってるのよっ。シ、シンジ、あたしは普通の正常位でいいからねっ。ちゃんとシンジを全身で感じたいのっ」
「碇君あたしはしないでいいからっ。肌と肌を重ねて抱き合ってるだけでいいのっ」
「そ、そんな…」
(どうしてこうなっちゃったんだろう…本当はもう武田軍を殲滅している筈なのに…殲滅?そうか、あれは使徒なんだ。僕たちはエヴァに乗らなきゃいけないんだ。えーと…目標をセンターに入れてスイッチ、目標をセンターに入れて…痛っ!?)
 突如として、強烈な衝撃が頭を襲い、シンジは無理矢理現実に引き戻された。
「う、卯璃屋さん!?どうしてここに」
「アンタが心配で見に来たんですよ。そしたら案の定じゃないですか」
「す、すみません…あれアスカ達まで」
 ポンポンとハリセンをしごきながら、
「新春厨にはツッコミを入れておきました。シンジ殿、あなたがしっかりしなきゃ駄目じゃないですか。もし転生したら、また同じ過ちを繰り返すつもりですか」
 シンジはぶるぶると首を振った。
「それでいいんですよ。ちょっと耳貸して」
 顔を近づけて、
(交互に突っ込んで名器コンテストでもすればいいじゃないですか)
(め、名器コンテスト?)
(そ。あんた天下人でしょ?)
(ええ…)
(小娘の四人位、まとめて相手に出来なくてどうするんですか。実に簡単――そうでしょう?)
 再起動。
 硬直していたシンジの顔に表情が戻った。
(そうですよね。カズノコとかミミズとか、どれがイイか探せば良いんですよね。無かったら開発すればいいんだし)
 全員名器になったらどうします、と言おうと思ったが止めた。
 采配がすっと上がり、
「全軍、総攻撃か――」
「あの〜」
「何さ」
「もう突っ込んでる部隊がいますけど」
「え?…は、母上っ!?」
 確かに、間違いなく碇ユイの部隊であり、
「シンジ殿どうされます?」
「えーと…ぜ、全軍突撃ぃ!」
 慌てて采配を振ったが、慌てているのは大将のみである。他はいずれも歴戦の猛者達ばかりであり、アスカ達だってボンクラではない。
 一礼するとさっと散り、レイは鉄砲隊を率いてすぐにユイの後を追い、アスカとマナは大砲をゴロゴロと押してこれも出撃していった。
 自分が渦中になった事など知りもしないユイは、弓隊一千を率いて武田軍の前までやって来た。
「御大将、討ち取りましょうか」
「待て」
 今回信玄は来ておらず、総大将はゲンドウであった。
 ポコポコと単騎馬を進め、すっとユイの前に出た。
「……」
「……」
 久々に再開した夫婦だが、ユイの背後に絶対零度の青白い炎が立ち上っているのに対して、ゲンドウの方はサングラスもあってよく分からない。
「久しぶりねあなた」
「…ああ」
「私の元から逃げ出して何処行ったかと思えば…。また、私やレイに迷惑を掛けるつもりなの?」
「そう言うつもりはない。ただ思い出す前に、私はもうこっち側にいたのだ」
「だったら帰っていらっしゃい。私に借りがないとは言わせないわ」
「ユ、ユイ…」
「それとも―」
 すうっとユイの目に光が宿った。 
 子供達の前では、一度も見せた事のない光であり、騎馬隊一千を率いるゲンドウですら思わず硬直した程のものであった。
 ゲンドウを見据えたまま、
「シンジはあなたを討つ気はないわ。一度だけ機会をあげる。さ、どっちにするの」
「わ、私は…」
 これが現世のみなら、別にどうと言う事も無かったろう。
 だがユイの視線は、二人が夫婦だった頃より一度も逆らえなかったのだ。惚れた弱みとか、そんな甘いものではない。
 文字通り、ゲンドウを呪縛して放さぬものなのだ。
「わかっ―」
 ゲンドウが言いかけた瞬間、咄嗟にユイは身を捻っていた。唸りを上げて一本の矢が飛来したのを、本能が感知したのである。捻っていなければ、間違いなく矢はその身体を射抜いていた筈だ。
「そんな事はさせないわ」
 きりりと弓を引き絞っているのは、無論お律こと赤木リツコその人だ。本来なら碇源道に惹かれたお律で済んだものを、ご丁寧に得留之助が記憶を引っ張り出したせいで、敵意に燃えた視線でユイを睨んでいる。
 敵意の濃度では勝るとも劣らぬ視線が迎え撃ち、戦場の一角に火花が散った。
「あら、誰かと思ったら二代揃って身体だけ利用された挙げ句、あっさりと捨てられた赤木リツコ博士。こんな所でお会いするなんて奇遇ね」
「そうね。子供を放り出して研究に没頭した挙げ句、エヴァに溶け込んで育児を放棄した母親失格の貴女にお会い出来るなんてね」
「……」
「……」
 こんな時、男は何ら為す術を持たぬ事をゲンドウが知っていたのは賢明であった。
「今日こそ決着つけさせてもらうわ。その首樹海に封印して、二度と私達の前に現れないようにしてあげる」
「望む所よ。貴女こそ五体を砕いて大仏殿の材料にしてあげるわ」
 一際大きな火花がぶつかり合った直後、二人の手がさっとあがる。間髪を入れずに凄まじい量の矢が飛び交い、辺りは一瞬イナゴの来襲かと見まごう程の矢で覆い尽くされた。
 
 
「母上…なんでわざわざ単独で突っ込んだりなんか…」
 采配を手にプリプリしているシンジに、
「あれ、赤木のリッちゃんですよ」
「え?それって…リツコさんですか!?」
「そ。ほらこれで見てご覧なさい」
 得留之助に渡された双眼鏡で覗くと、確かに真っ向から撃ち合っているユイとリツコの姿が見えた。
「まったくもう…でもこれよく見えますね」
「対空高射砲用の双眼鏡ですから当たり前です。で、ほら真ん中で挟まれてオロオロしてるのがあんたの父ちゃん」
「…やっぱり討ち取っちゃおうかな」
「まあ、そう責めたものでもないでしょう。大体、シンジ殿だって似たようなものです」
「僕が?」
「そ。綾にアスカにレイにマナに…と四人はいますし、正妻と側室の区別もしてないないでしょう。シンジ殿の子供が見たら何と言うか。それに、ゲンドウ殿は男としては風上にも置けませんが、人間としてはまあまあです」
「どういう事ですか?」
「ゲンドウ殿は単に赤木リツコの柔肌を楽しんだ、だけじゃないんですよ。前世の記憶を取り戻せば、彼女は捨ててユイ殿を取っても良かった。事実、ネルフの総司令碇ゲンドウのままだったらそうしていたでしょう。まああれだ、転生して、ちったあ人間も出来てきたってこった」
(何かこう…時々柄悪くなるんだよな)
「要するに優柔不断って事で…いったーい」
「人の事言えた立場ですか。側室が十人いたって別にいいですが、区別も付けられずに四人も持ってるなんて、日ノ本広しと雖もシンジ殿くらいのもんですよ」
「で、でも父さんはもう大人じゃないですか」
「大人の方が面倒くさいんです。シンジ殿も後十年もしたら分かりますよ…って、ほらそんな事言ってる間に真宮寺隊と義輝隊が敵の中央を突破しましたよ」
「あ、ほんとだ。このまま一気に行っちゃいますか?」
「女の戦いの邪魔しちゃいけません」
「はあ」
 既にユイとリツコの部隊は武将小隊だけとなり、白兵戦に移っている。ゲンドウとしては止めたかったようだが、部下が無理矢理引きずっていった。もしもゲンドウに万一の事があれば、この戦はその時点で決まってしまうのだ。
 勿論、シンジを殺らない限り、碇家に大ダメージを与える事が出来ないのは分かり切っている。そもそも、戦力からして圧倒的に違うのだ。
 とは言え、浅井長政が遊軍として待機しているし、二千の部隊を蹴散らして大将の首を取るのはまず無理だ。だからこそ、少しでも戦力を削っておきたいわけで、元正妻と現正妻のバトルになど、間違っても巻き込ませるわけにはいかない。
「中途半端に止めると、却って尾を引きますよ。それはそうとシンジ殿」
「はい?」
「綾波レイの事は覚えているでしょう」
「勿論です」
「そうじゃなくて」
「え?」
「赤木リツコが綾波レイのクローン達を殺した事ですよ」
「それは…覚えてます」
「ふむ。じゃ、ユイ殿が勝負に勝った場合、さくっと斬首ですな」
「それは…」
「それは?」
「綾…レイと話したんです」
「ちょっと待って」
「はい?」
「アスカ嬢の居る所で?」
「いえ、居ない所ですけど…どうして分かったんですか」
「付き合いが長いからな。君らの事なら大抵分かる。それで?」
「レイはこう言ってました。もしも自分がリツコさんの立場で僕が父さんで、アスカがレイだったら…多分自分も壊してただろうって。同じ女だから…気持ちが分かるって」
「君は分かるかね?」
「いいえ…っていうか、あんまり分かりたくないんですけど」
「私もですよ」
 得留之助の言葉に、シンジはほっとした表情を見せた。自分だけ、と言うのはやっぱり嫌なのだろう。
「本当は、母さんとリツコさんには仲直りして欲しいんです。僕はやっぱり…甘いんですよね」
「ふーむ」
 数秒考えてから、
「本音はどこ?」
 探るような視線を向けた。
「えーとその…」
 得留之助の耳元に口を近づけ、
「チジョウノモツレが見たいかなって。だって、勝負が付いちゃったら僕だけ四人に囲まれるんでしょ。そんなの不公平です」
 それを聞いた得留之助がにっと笑った。
「よござんすシンジ殿。その願いかなえて差し上げましょ」
「ほえ?」
「実は内藤昌豊には、変態使徒…もとい渚カヲルを通して寝返りの手配をしてあるんですよ。とは言っても、別に寝返ってもらっても仕方がありません」
「どうするんですか」
「チクチクとユイ隊を攻撃してもらうんです。勝負はあと二回ありますから、取りあえず今日の所は引き分けるように。もしリツコ隊が全滅したらユイ隊を追い払い、逆だったらリツコ隊の行く手を塞ぐんです。あ、ちょっと待って下さい」
 懐から携帯を取りだした。
「真宮寺殿からメールです」
「え?何て?」
「内藤隊と連絡が付いたようです。ほら、ユイ殿とリツコ殿が斬り合ってるでしょ。今はまだ余裕がありません。ほっとくと差し違えそうですから、五分経ったら内藤隊に邪魔してもらいます。じゃ、シンジ殿、後はお任せしましたよ」
「あ、はい」
「間違っても、相討ちなんかにさせちゃいけません。それとゲンドウ殿も討ち取らないように」
「分かってます。ありがとうございました。旅籠までお送りします」
「あ、大丈夫です。セスナを用意してありますから一人で帰れます」
「セ、セスナ!?」
「ええ。じゃ、ご武運を」
(この辺りに発着出来る場所なんてあったかな?)
 どうしてセスナが、ではなく発着場所を気にする辺り、既にシンジも十分影響を受けていると見える。
 束の間首を捻ったが、すぐ我に返り、
「長政」
「はっ」
「ご苦労だけど母上と、それからアスカとマナを回収してきて。それとさくらさんと義輝に突撃の命令を。敵大将の部隊だけを狙うようにと」
「かしこまりました」
 さっと立ち上がった長政に、
「あ、それから」
「何でしょう」
「あの、えーと…」
 言いよどむシンジに、長政は男臭く笑った。
「敵の大将の首は取らぬことなど、私が言わずとも分かり切っておりまする。殿、ご安心下され」
「長政…ありがとう」
「勿体ないお言葉。ではご免!」
 戦国武将に生まれた者で侍なら、誰しも一度は天下を夢見るものだ。
 そして今、その天下は碇シンジの手に転がり込もうとしている。かつてエヴァのパイロットとしての生を受けてしまった時には、考えもしなかったことだ。
 思い出してしまえば、エヴァのパイロットだった頃よりは良いと思う。
 権力だが…権力ではない。シンジは元々ゲンドウとは違い、権力志向というものが極めて薄い。天下を手中にしたのだって、はっきり言えば成り行きと運と人材である。ただその運も人材も、シンジのぼんやりとした性格が引き寄せたものであり、これで元から野望が高かったりしたら、また違った結果になっていただろう。
 そのシンジが権力を持って少し変わったのは、自分で決断出来るという事だ。
 使徒ではあったが渚カヲルを殺した事、そして乗っ取られた参号機に乗っていたトウジの足を奪ってしまった事、いずれもやむを得ない仕儀ではあったが、決して納得してはいない。
 自分が無力だからそうなったのは分かっている。つまり、ボンクラだから参号機を抑える事も出来なかったし、トウジを救う事も出来なかった。
 渚カヲルの事にしたってそうだ。アスカが健在だったら、カヲルは二号機を乗っ取る事は出来なかっただろうし、出来たとしても激怒したアスカが初号機か零号機を駆り出して抹殺しに行ったに違いない。
 カヲルの事は、シンジにとって後悔しか残らない一件であり、自分の無力さを教えられただけの結果に終わった。
 その点今は違う。
 何をしてどんな結果になろうとも、少なくとも最善は尽くせる。
 今回の事もそうだ。
 これでシンジが何の力もない前線の一兵士で、両親が敵味方という部分は同じだった場合、助けようとしてもまず無理だ。
 それどころか、下手したら自分の手で父親を討たねばならないという、最悪の結果だって十分考えられる。
 こんな時、権力って良いなあ、とシンジがちょっとだけ思ったりする。
 少なくとも、無力な自分と天を呪ってはいそれまで、と言う事はないのだから。
「でも母さんとリツコさん…前のアスカとレイみたいな関係になったりしないかな…」
 病に倒れるまで、アスカとレイはいつもライバル心を燃やしっぱなしで、シンジは心休まる時がなかったのだ。
「でも、間にいるのは父さんだし。まあいいや」
 すぐにニマッと笑った。
 二人の女が火花を散らす中で、ウロウロする父親の姿が目に浮かんだらしい。
 とは言え、その程度にしか権力のありがたみを感じない少年が、こんなあっさりと天下を取って良いのか――と言うより、取ったら罰が当たりそうな気もするのだが、本人よりも周囲の努力を差し引いて、どうにか帳尻が合う位だろう。
「さて、もう終わる頃かな」
 ろくでもない台詞を口にしてシンジが顔を上げると、ちょうどゲンドウがリツコを後ろに乗せて落ちていく所であった。
 しかも、リツコの手はぎゅっと腰に回されており、
「母さん、きっと怒ってるだろうな」
 シンジがくすっと笑ったところへ、長政に守られたアスカ達が帰ってきた。
「シンジ、片づけてきたよ〜」
「お帰りアスカ」
「あんなモン楽勝よ。所詮は武田の山猿、京女のあたし達に敵うわけないじゃない」
「犠牲は?」
「こっちの被害?えーと…あ、さくら被害どうだった」
「それが…」
「どうしたのよ」
 大砲を撃ちまくって敵を壊滅させたのはいいが、こっちの被害なんて計算していない。
 ちょうど戻って来たさくらに振ったのだが、どうも歯切れが悪い。
「他の隊は数名の死者と数十名の負傷者ですが…」
「母上だね」
「は、はい…」
 言うまでもないが、リツコとユイは最初から一騎打ちに持ち込んだ訳ではない。両方とも弓隊を率いており、しかも兵は最大数だ。
 その二人がノーガードで殴り合った訳で、被害はユイ隊が最も多く実に九割以上が壊滅していたのだ。
 無論リツコにも同数の損害を与えた訳だが、シンジにしては妙に厳しい顔で、
「母上をこれへ」
 と命じた。
 数カ所傷を負ったユイが姿を見せると、
「母上、リツコさんの首は」
「あと一歩の所で逃がしちゃって…」
「そうでしたか」
「シンジ、あの次こそは必ず―」
「次はありません」
 シンジはあっさりと断った。
「え…?」
「母上、兵士はオモチャではありません。僕がいつもメンバーを固定して臨み、手っ取り早い功績の建て方を封じるのは必勝の為じゃないんです」
 確かにシンジの言う通り、中盤にさしかかった頃までは人海戦術の感もあったが、ある程度安定してからはもうそれもなく、やや強引と言えるほど面子を固定していた。
「僕に母上やレイがいるように、兵士にだって家族がいます。最終決戦は、多分際どい戦いを強いられるでしょう。でもその前に、母上がどうしても決着をと言うから出陣を許可したんです。それをリツコさんを逃がしたばかりか兵の九割を失うとは…」
「ごめんなさいシンジ。だけどお願いもう一度だけ…」
「次はないと言ったはずです」
 あくまで冷たい口調を崩さぬまま、
「アスカ、レイ」
「『はい』」
「母上をお連れして。絶対に目を離さないように」
 まるで戦犯を扱うような口調に一瞬アスカが何かを言いかけたが、何も言わずすっと一礼して去っていった。
「殿…」
 ユイ達の姿が消えてから、遠慮がちに声を掛けたのは義輝であった。
「何?」
「確かに仰せごもっともなれど、ユイ殿には、赤木リツコとか言う者と只ならぬ因縁があったのござろう。あそこまで言われなくとも良いのでは…」
「義輝、これが中盤戦なら僕もそんなに言わないよ。自爆した訳じゃないんだから、軍事的には間違っていてもそれはいいんだ。軍事的に正しい事だけ採用して、戦に勝てれば苦労はしない。そんなのは机上の空論だ。ただ、今はもう天下が目の前に見えている。天下が統一されれば、兵士達だって土産の一つも手にして家に帰れるし、家族だってそれを待っている。中盤と終盤では、犠牲の重みが全然違うんだ。勿論、重さ自体に代わりはないけれど、残された者達の気持ちは全然違うでしょ」
「殿…」
 損得勘定は最初から無く、残された者の気持ちだけ考えていたとは、既に十分余裕を持ったからとも言えるが、やはりシンジの性格から来たものであり、その場にいた諸将は神妙な面持ちでシンジの言葉を聞いている。
(兵士だってパイロットだって…犠牲は少ない方がいいんだ)
 その思いに気付いているのは、この中では無論マナしかいない。
(シンジ…)
 なんかもう、きゅっと抱き締めたくなっちゃって、今夜はどんな下着を着てどうやって迫ろうかとか違う方向に行っちゃってるのだが、シンジはそこまで気付かない。
「まあそれはそれとして、母上を別にすればまずは大勝だ。今夜は大いに騒いじゃって」
 伸びをしたシンジの言葉に、やっと座が湧いた。
 
 
 その晩、大いばりでやって来たアスカ達を一度に相手する事になったシンジは、ひっそりと佇んでうるうると見つめる綾を放っておく事はやっぱり出来ず、結局4Pになって明け方ぐったりと解放されたところへ、シースルーの下着に身を包んだレイがすうっと滑り込んだ。
「レ、レイまずいってば駄目だよ」
「問題ないわ。別にセックスはしないもの」
「え?」
「ただちょっと濃厚なキスをして、後ろから胸を揉んでくれればいいわ」
「…絶対だめ」
「下着を破いて大声をあげてもいいの」
 小声で脅してくるレイにシンジが何をしたかは不明だが、翌朝アスカ達が起き出すよりも前に部屋を出たレイは、実にご機嫌であった。
 
 
 シンジがユイを一室に放り込んだ事を聞いた得留之助は、
「そっか。じゃあ、こっちも動いてあげますか」
 一人頷くと、怪しげな者達を呼び寄せた。
 蝦夷にいた信玄は、敗戦の事を聞いてもさほど驚きはせず、蝦夷にある徳山館で湯治していたのだが、その館が急襲されたのは四日後の事であった。
 
 
 
 
 
(続)

大手門

桜田門