突発企画「奴らが戦国にやって来た」
 
第十三話:戦果イロイロ
 
 
 
 
 
「『そ、それでっ?』」
「はあ?」
「『どっちが姉なのっ?』」
 揃って迫る二人に一瞬得留之助はヒキかけたが、原因を知ってふむっと笑った。
「気になりますか?」
 訊ねた瞬間、口は災いの元と大後悔する事になった。
 下らない事を訊くなとばかりに、二人の姫が揃って得留之助を睨んだのだ。
 年上、と言うことは年功序列が決まるわけであり、ライバル心の残る二人に取っては重要な問題であろう。
 で、得留之助が、
「えーと、あんたの方ですな」
 麗奈を指した途端二人の顔色に、はっきりと名案が現れた。
 にんまりと笑ったのは麗奈だし、悔しそうに唇を噛んだのは麗である。
「よろしくね、“妹”」
 すって差し出された手に、
「分かってるわ…姉さん」
 ぎうう、と手を握り返す。
 力比べでも始めるかと思ったが、麗の方がすっと力を抜いた。
「こればかりは仕方ないもの、諦めるわ」
 手は繋がったまま、
「ところで、どうして姉さんの事を知ってるの?」
 と得留之助に訊いた。
 姉さん、の呼称に違和感は無いらしい。
 南蛮との付き合いがあると、頭脳の方も柔軟になるのかも知れない。
「商人の情報は、大抵の事は仕入れてのけます。そうでなければ、戦国大名の後方支援など出来ません。身内ですら知らない事も、商人なら知っていることが多いのですよ」
 静かに笑った得留之助だが、二人とも何故か、その背後に危険な物が見えたような気がした。
「それならいいけれど…」
 麗奈もそれ以上は言わず、
「改めてよろしくね」
「ええ。傷の方は大丈夫?」
「私は大丈夫よ、麗の方こそ何ともない?」
「大丈夫、大した事は無かったから」
 あっさりとうち解けた二人を見て、これが女同士かと得留之助は、妙な事に感心していた。
 
 
 
 
 
「うーん…姉…あね…」
 訳の分からない事を呟きながら、晋二がうっすらと目を開いた。
「こ、ここは…」
「起きたのね、晋二」
「姉上…あっ!」
 晋二の焦点が麗にあったが、横にいる麗奈を見てまた叫んだ。
「何故お前がここにいる」
 静かな声で言った晋二に、
「晋二、止めなさい。少なくとも、姉に向かって言う言葉ではないわ」
 麗の声が遮った。
「姉、とはどう言うことです」
「そのままよ」
 麗はあっさりと言った。
「母上は違うけれど、父上は間違いなく私達と一緒です。晋二、無礼は許しませんよ」
「……」
「何?」
「さっきのは…本当だったんだ…」
 失神する前の事は、脳が夢だったと片づけかけていたらしい。
「姉上」
「なに?」
「その方が姉だと、誰が告げたんですか?」
「私ですよ、わ・た・し〜」
 すっと扉を開けて得留之助が入ってきた。
「麗殿が言った通り母親は違いますが、父の父はノーザンテースト、父は碇源道氏で間違いありません」
「あ、あの、ノーザンテーストって何ですか?」
「距離万能、優秀の証です。その証拠に晋二殿も麗殿も優秀でしょう」
「い、いえそんな事は…」
「ともかく、こちらの麗奈殿は間違いなく晋二殿の姉上ですよ。もっとも、全姉でないと認めない、と言うなら話は別ですが」
「ぜ、全姉?」
「父も母も一緒と言う事です。父だけ同じなのは半姉と言います」
「はあ…い、いやそんな事はないです」
「そうですか。では、私はこの辺で」
 得留之助が姿を消した後、
「晋二…やはり認められない?」
 麗が幾分哀しげに訊いた。
「そんな事は無いんです。でも…」
「でも?」
「母上が何と言われるか」
「『……』」
 当然の事ながら、麗達と母が違うと言う事は、源道が違う女に産ませたと言う事であり、晋二はそれを気にしているらしい。
「晋二、あなた自身はどうなの?」
「僕は気にして…」
 そこまで言いかけてから麗の意図に気が付いた。
「あ、あの…よろしくお願いしますね」
 不用意に唯を持ち出したせいで、麗奈が下を向いたのに気付かなかったのだが、麗の視線でやっと気付いたのだ。
 手を差し出した晋二に、
「いえ、私の方こそよろしく」
 麗奈が手を握り返し、やっとその表情が少し緩む。
 と、そこへ手代が顔を出し、
「主が食事をご用意しております。よろしかったらお召し上がり下さい」
「そうね、頂くわ」
 麗の言葉に、下女達が贅沢な昼餉を運んできた。
 
 
 
 
 
「分かっていましたよ」
 唯の見舞いを兼ねて訪れた得留之助だったが、麗奈の事を訊いても唯は驚いた様子を見せなかった。
 首を傾げた得留之助に、いきなり分かっていると言ったものだから、一層奇妙な顔になる。
「その顔の方がお似合いよ」
 唯の言葉に眉が一瞬上がったが、
「麗奈殿の事をご存じだったので?」
「いえ、知らないわ。ただ…あの人が浮気したのは知っていたのよ。で、あなたは何時?」
「戦のちょい前です。ただ、告げれば自滅か片方が死ぬと思ってましたので、あえて言わなかったのですが。国人衆の荒木殿を付けておいたので、最悪の結果は免れましたがね」
「麗は怒っていなかった?」
「怒ってましたよ。でも、事情を告げたらすぐ納得しましたし、あっさりと打ち解けたようです。貴女は気に入りませんか?」
 無論麗奈の事だが、
「そうでもないわ」
 返答はすぐにあった。
「良妻賢母でも時には木から落ちる−あの人が一度くらい浮気しても仕方なかったかもしれないわ。あの頃の私は、少し追いすぎだったから」
「ま、そうでしたな。やり過ぎはよくありません」
 相づちを打った得留之助をギヌロと睨んだが、得留之助はあっさりと流して、
「まあ、唯殿はしばらく紀州に行っておられるとよろしいでしょう。会うと、何かを思い出すかも知れませんからな」
「…そうね、そうするわ」
 あっさりと頷いたのは、唯自身もどこかでそう思っていたのかも知れない。
 大体、夫が愛人に産ませた子と普通に付き合うのは、女としてはそう簡単に出来る事ではないのだから。
「紀州でお参りするのもいいで…ん?」
「なにかしら」
「鬱憤晴らしに、戦争しません?」
「はあ?」
 何を言い出すのかと商人の顔を眺めた唯に、得留之助はにっと笑った。
 
 
 
 
 
「まったく…胃に悪いことを考えつかれる方だ」
 得留之助が晋二をさらったと聞いて城の政勝達は、ほっと安堵していた。
 しかし起きたら晋二が居なかったアスカ達は、すぐに飛んでいくと言いだし、
「あー!あんたあの時の鉄砲女!」
「『アスカうるさい』」
 晋二と麗に揃って睨まれる事になった。
 で。
「え?晋二と麗さんの異父姉?」「小父様がそんな事を…」
 さすがにショックだったらしい二人だが、アスカが先に立ち直った。
「あ、あの変なことを訊くんですけど…」
「何かしら?」
「し、晋二に興味とか…ないですよね?」
「興味?一応私が姉になるけれど、その前に私の主君よ。主君に興味を持たぬ家臣などは、謀反を考えているか出奔の準備をしているか、そのどちらかよ」
「そっ、そう言うことではなくて」
 アスカがそこまで言った時、
「晋二、悪いけれどお酒を運んできて」
「お、お酒!?」
「傷にはいいのよ。さ、早く」
 あまり良くない気もしたが、麗の命令に立ち上がって晋二が出て行く。
 それを確認してから、
「あの、アスカが言ってるのは、す、好きとか…そっちなんです…」
 真名が助け船を出した直後、部屋に笑い声が響いた。
「わ、私があの子を?そ、そんな訳無いでしょう」
 あーおかしい、とひとしきり笑ってからふと真顔になった。
「どうしてそんな事を訊…まさか麗あなた?」
 三人の顔を見て、大体の事情が掴めたらしい。
 しかも、
「麗、この二人は他人だけれど、あなたは完全に血が繋がってるのよ?いったい何を考えているの」
「あ、愛があればそんなのは関係な…」
 言いかけたが、
「肉親など言語道断、覇道には絶対禁物よ!」
 びしっと言われ、
「は、はい…」
 しゅんと小さくなった麗を見て、
「麗さんが怒られてる…」「私も初めて見たわ…」
 麗以上に迫力のある麗奈に、二人ともちょっとびっくりして顔を見合わせた。
 しばらく厳しい目で麗を見ていたが、
「まあいいわ」
 ふっと力を抜いた。
「あの子がそれを受け入れるかは別だけど、取りあえず私は麗の味方をしてあげるわ」
「ね、姉さん…」
 姉上と呼ぶな、これは麗奈の命令であった。
 姉さん、の方が通りがいいらしい。
 しかしそれを二人が看過する訳もなく、
「あー、ずるいです!」「せめて中立にして下さい」
 抗議したが、
「駄目」
 あっさり却下された。
「ど、どうしてですか」
「肉親、と言う時点で既に麗は不利でしょう。だから私が味方してあげないと、あなた達には到底勝てそうもないから」
「そ、それは…」
「麗、上手く押し倒された暁には、私にちゃんと報告するのよ」
「ね、姉さん?」
「『れ、麗奈さんって…』」
 堅いんだか変に進んでるんだか分からない麗奈に、三人が揃って口を開けた。
 
 
 
 
 
「戦争ってどう言うこと?」
「紀伊の平定ですよ、紀伊の」
「紀伊?」
「手取り城は碇家の物ですが、雑賀城は鈴木佐田夫−つまり鈴木家のものです。本願寺勢は中立になるようにしておきますから、国人衆と一緒に雑賀城を落としちゃって下さい。大砲を持っている鈴木重兼と鉄砲隊の佐田夫ですが、美里殿が鉄甲船を持ってますから、そこまでおびき寄せれば大丈夫です。今、向こうには遊佐信教が守ってます。今回の大勝は向こうにも伝わっていますから、本願寺が味方になる事はあっても敵に回る事は無いはずです。悪くても中立ですな。それにもうじき冬ですから、天候も変わりやすくなってきます。豪雨なら、鉄砲も大砲も使えませんからね」
「私の弓隊でも何とかなるってわけね」
「そう言うことです。それともう一つ」
「何?」
「晋二殿の古い知り合いの渚馨と言う者が、足利家を出奔して当家にやって来ます。ご存じですか?」
「ええ、憶えているわ。晋二とはとても仲が良かったのよ」
「その渚馨や、あと今回仕官推薦を条件に動いた国人衆の荒木村重等、このたびの大勝がもたらしたのは、単に領土の拡大だけではありません。家臣も結構増えます。それに伴って、部下の選別も必要になってきます。少なくとも、相変わらず晋二殿を軽んじているような家来は−」
「要らない、と言う事ね」
「そう言うことです」
 外は燦々と明るいのに、二人のいる部屋だけが一瞬夜の闇に包まれたように見えた。
 
 
 そしてその年の十二月、すなわち師も走り回るほど忙しい師走。
 紀伊の手取城から侵攻した唯と遊佐信教は、国人衆玉置小平太らの協力と、この月より規模が上がり鉄甲船を持った熊野水軍の協力により、雑賀城を攻め落とした。
 鈴木重兼の大砲により、国人衆の部隊が壊滅すると言うハプニングはあったが、調子に乗った連中を鉄甲船までおびき寄せ、見事殲滅することに成功したのである。
 寺社の連中は中立の立場を取り、結局終戦まで動くことはなかった。
 こうして、碇家の勢力はまた一つ、畿内にその規模を増やす事になったのだ。
 
 
 
 
 
(続)

大手門

桜田門