突発企画「奴らが戦国にやって来た」
 
第八話:友軍壊滅
 
 
 
 
 
 霧島真名。
 商人霧島屋の一人娘であり、碇晋二の幼なじみ。
 店を継げるだけの器量を持ちながら、どこで人生設計を誤ったか、碇家に仕官してしまった。
 そして、父親が危惧したとおり、初戦でいきなり敵に裏をかかれ、親友を逃がすために殿を自ら買って出、今やその命運は尽きかけていた。
「これで…良かったのよね」
 次々と討ち死にしていく兵を見ながら、真名はぽつりと呟いた。
 ちらりと城門を見た真名は、首脳部の戦略を既に見抜いていた。
 と言うよりも、大群に寡兵で取り残された自分は、既に助ける術はない。
 だとしたら、それを生かして坊主共を撃退するのが戦術なのだ。
 問題は…
「碇君じゃ…駄目よね」
 そう、その碇君が君主になっている事であり、間違いなく逡巡すると真名は見ていたのだ。
「これがほんとの人柱…天下取らなかったら許さないんだからねっ」
 口にした瞬間、
「死ねやああっ!!」
 坊主頭が突っ込んできたのを、兵の一人が斬り下げ、
「お嬢様、油断しないでくださいっ!!」
 怒鳴られて、慌てて真名が我に返る。
 一瞬ながら、トリップしてしまったらしい。
「助かったわ、ところで味方はあとどれくらい残ってるの」
「五十切ってます」
「…そう」
「なーに、お嬢は殿で来て下さいや。ワシら、先に行ってますから」
 にやっと笑った髭面が、一気に顔を引き締めた。
「っ!?」
 聞こえてきたのは新たな馬蹄。
 冥府への葬送曲を持参した新手に、二人の顔が強ばった瞬間、
「あうっ!」
 真名の左腕に、飛来した矢が突き立つ。
 思わず体勢を崩した所へ伸びた槍に、髭面が咄嗟に自分の身体を押し込んだ。
「ぐああっ」
 文字通りの槍襖となった部下に、真名の顔が蒼白になる。
 だが、周囲には既に部下がなく、死神の足音はもうそこまで聞こえてきていた。
 
 
 
 
 
「ふふふ、うふふふ」
 ちょっとイっちゃった感じで采配を振るっているのは、鉄砲隊を率いる麗奈である。
 持っている特技は三段、従ってさっきから撃ちまくっているのだ。
 これも初陣だが、周囲ががっちりと固めている上に、完全な優勢とあっては多少は浮き浮きもしてこよう。
 敵の部隊に唾を付けているのは鈴木重泰の大砲隊だが、接近してきた敵には麗奈が銃弾を浴びせており、ちょうどその時、
「よし壊滅した、捕らえよ!」
 采配の先では、細川氏綱隊が壊滅した所であり、味方の兵がわらわらと寄っていく。
「見事なものじゃな、麗奈」
「大した事はありません」
 普段と変わらぬ声で答えた麗奈だが、その顔は幾分赤い。
 やはり、初陣の手柄とあれば嬉しくない事はないのだろう。
 と、ふと顕如が遠くに目をやった。
「如何なさいました?兄上」
「あれは国人衆の連中だが…こちらには向かっておらぬ。何をしておるのじゃ」
「碇家に味方したと聞いております。おそらくは向こうに進んでおるのでしょう。なに、来ればすべて撃ち崩してごらんにいれますわ」
「ほほ、たのもしいのう」
 初戦で早くも自信を付けたらしい妹に、顕如が目を細めた。
 
 
 
 
 
「ちょ、ちょっと何やってんの、さっさと行きなさいよっ」
「しっ、お静かに」
「何ですってっ」
「外が静まりかえってござりまする」
「静まり…真名っ!?」
 晋二もそうだが、無論アスカとて、嬉々として出撃したわけではなく、その心は鉛のように重かった。
 だが、せめて遺体だけは自分が回収して、勿論願泉寺は放火してやると心に決めていたのだ。
 しかし門がなかなか開かず、後ろから声を張り上げた時に、外が静まりかえっているとの報告が入ってきた。
 静寂はそのまま真名の討ち死にを意味していようと、血相を変えたアスカの前で、ゆっくりと門が開いた。
 反射的に身構えた兵達の前で、上布に面を包んだ男がふっと笑う。
「間一髪であったが、何とか間に合った。娘一人で僧兵共を引き受けるとは、見上げた心意気よの」
「あ、あなたは…?」
 あんたと言ったつもりだったが、唇はそっちを選ばなかった。
「三好政勝、国人衆の者じゃ。儂と会うのは初めてだったかの」
 頷いた時、肩に抱えられている真名に気付いた。
 同時に、僅かに真名が身動ぎし、
「ほう、起きたようじゃの」
 そっと降ろした真名にアスカが走り寄る。
「真名っ!真名っ!!」
 動いたから、無論死んでいる訳はない。
 だが、それをまるで死人を起こすかのように揺するから、
「怪我をしておるのじゃ、もっと丁寧に−」
 言いかけた途端、
「何するのよ馬鹿アスカっ!」
 真名が勝手に起きた。
「う、腕に矢傷あるんだから悪化したらどうす・・ア、アスカ?」
 ぎゅっ。
 聞いていないかのように、アスカが真名に抱き付いたのだ。
「ば、ばか…あんたがいなくなったらあたし…あたしっ!」
 わーっと泣き出すアスカに傷を負った腕ごと抱き付かれて、一瞬顔をしかめた真名だったが、すぐにその表情が緩んだ。
 女子供が戦場になど、普段はそう言ってはばからない兵士達だったが、二人の光景にすっと下を向いた。
 
 
「お命ちょうだい仕る!」
 短剣で自害を、そう思っていた真名だったが、気付いたときにはそんな余裕もなく、僧兵の薙刀が目の前に迫っていた。
 思わずぎゅっと目を閉じたが、自分の身体を下に見下ろす現象も、身体を貫く灼熱の痛みも感じない。
「…あら?」
 こわごわ目を開けた途端、
「きゃあっ!」
 悲鳴を上げて目をつぶったのは、生首がぽーんと宙を舞ったからだ。
 その時になってやっと、馬上の武将に気が付いた。
「あ、あなたは?」
「池田長正にござる。三好政勝殿の命で、こちらに急行致した−怪我をしておられるのか?」
 相手が若い娘と知っても、見下したような態度は取らない。
 軽く頷いた真名の視界に、一斉に蹴散らされていく坊主共の集団が映る。
「あ、雨…」
 雨となれば、雨撃を持たない僧兵達は攻撃の術を喪う。
 これで大丈夫と思った瞬間、その意識は急速に遠のいて行った。
 
 
「ありがとう…本当に感謝します」
「あ、いやそれがしは…」
 手を握りしめて礼を言った晋二に、長正は少し戸惑い気味であった。
 それはそうだろう、女を戦場に出すのも異例だし、それを助けたとは言え一国人衆の自分の手を取って礼を言うなどとは、普通ではまず考えられないのだ。
 最初は愛人かと思っていたが、そうではないらしい。
 無論、アスカ−麗−真名、のラインが晋二を巡って争奪戦を始めている事など、長正は知る由もない。
 しかも、対象の本人がそれをよく分かっていない事など、間違っても知らないに違いない。
 と言うよりも…知らない方が幸せだろう。
 ともかく、この時点で晋二の評価は、『部下思いの情宜に厚い武将』と急に上がっており、
「碇殿、この機を逃さず一気に進撃を」
 自ら提案させるまでになっていた。
 勿論、これには晋二も異論はなく、
「ええ、分かっています」
 と頷いて、
「全軍、この機を逃さず総攻撃!」
 大きな声を張り上げた。
 ところで、長正の手を取った晋二だが、真名が指をくわえて見ていた訳ではない。
 早速抱き付こうとしたのだが、
「抜け駆けはずるいわ」
「どさくさに紛れて何してるのよっ」
 ぐい、と首を掴まれてあえなく撃沈。
 とは言え、戦後は絶対に抱き付いてやると内心で秘かに決意しており、辛うじて残った兵士を集めるとまだ数十名はいた。
 それを集結させ、受けた傷には布を巻き付けて、再度ガラガラと押し出していった。
 
 
 
 
 
「むう、いかんのう」
「はい、兄上」
 戦況を眺めている顕如が、わずかに眉根を寄せた。
 雨撃を使えるのは、下間頼照・本願寺証恵・鈴木重泰の三名だが、重泰は大砲隊だし頼照は加賀にいる。
 残る顕如の実父証恵だが、今回は数が足りず槍隊を率いている。
 しかも、天気がいつの間にか豪雨に変わってきているのだ。
 豪雨になれば、雨撃があっても鉄砲・大砲は撃てなくなる。
 総大将が眉を寄せたのも当然だったが、
「しかし兄上」
「なんじゃ」
「使えぬのは敵も同じ事、まもなく願泉寺の兵達が高屋城を落として参りましょう」
「むう、それなら良いのじゃが…む、いかん!」
 ちょうどその時二人の眼前で、重泰隊が壊滅した所であった。
 豪雨の大砲隊など、赤子にも等しく、総攻撃を掛けてきた長慶部隊の前には敵ではなかった。
 豊富な鉄砲を誇る本願寺家だが、いかんせんこの天気ではどうしようもない。
 鉄砲を優先したのが、逆に仇となってしまったのだ。
 ただし、長慶部隊も既にほとんどを討ち減らしており、重泰隊を壊滅させた途端、
「総大将はあれにあるぞ、者共進めや進め!」
 老体の飛ばした檄で、あっさりと殲滅された事で、幾分は表情が戻った。
 おまけに、強行を掛けていたものだから、大将が倒されて他部隊もみるみる士気が激減していき、あっさりと三好家は戦場から離脱した。
 正確には、離脱せざるを得なくなったのだ。
「重泰隊が倒されたのは痛いですが、ひとまず三好家は倒したも同然です。後は高屋城の陥落の知らせを待ちましょうぞ」
 あくまで強気な麗奈に、
「う、うむ」
と頷いた顕如。
 確かに麗奈が言うとおり、三好家は既に戦力を喪っており、碇家は最初から敵になるとは思っていない。
 となれば、後は麗奈の言うとおり、高屋城陥落の報を待てば良いのだ。
「それもそうじゃな、我らはここで待つとしよう」
 が…しかし。
 ワーッと、それも凄まじい喊声が聞こえてきて、一瞬二人が顔を見合わせる。
「何事じゃっ!」
 顕如の剣幕に、伝令が飛び出して行ったが、すぐに戻ってきた。
「も、申し上げますっ」
「何じゃ」
「碇家の軍勢および国人衆、凄まじい勢いで当城目指して進撃して参りますっ!」
「何じゃと!?」
 一瞬腰を浮かせ掛けた顕如だったが、
「兄上、落ち着いてくださいませ」
 麗奈の冷静な声が、顕如を引き戻した。
「あれをご覧下さい」
 すっと指した先には、急激に上がりつつある空模様があった。
「鈴木隊は壊滅しましたが、頼廉殿を始め、兄上もまだ健在です。そして何より−」
 言葉を切って、軽く自分の胸を叩く。
「このわたくしもおります。兄上、まずはここで御見物下さい」
 言うが早いか、早くも馬にまたがり、
「これより、碇家に目にもの見せてくれる。各々方、出陣です!」
 真っ先に鞍を蹴って飛び出していった。
 一瞬呆気に取られた顕如だったが慌てて、
「父上、すぐに麗奈の援護を!頼廉、頼竜、麗奈の後を追うのじゃっ!!」
 先に三隊を行かせて於いて、
「我らも続く。麗奈を見捨ててはならぬ、行くぞ!」
 これまた鉄砲を担いで駆け出した。
 
 
 
 
 
「ところで政勝」
「はっ」
「三好家の戦況はどうなってるのかなあ」
「…晋二殿」
 ふう、と溜息をついたがすぐに、
「この雨の前に、おそらくはほとんど壊滅しておりましょう。ただし、そこまで保っていれば、勝機はある筈です」
 見てはいないが、まさにその通りに戦況を言い当てていた。
 ところで溜息の原因だが、
「一国の主が、いつまでも部下に敬語ではなりませんぞ。もっと、殿様らしくしなければなりません」
 とまあ、びしっと言って置いたのであり、一応敬称を付けるのは治ったが、その後はやっぱり変わっていない。
 この戦、ある程度勝利を確信していた政勝にしてみれば、碇家は急速に勢力を伸ばすわけであり、既に肩入れしていた彼にとっても、もっとどっしりと構えてもらいたかったのだ。
 ただ、それはおいおい何とかなる部分だし、まずは目下の戦況が重要なのだ。
 政勝が表情を引き締めたそこへ、一騎の武者が駆けてきた。
「どうした」
「はっ、本願寺勢が本願寺麗奈を先頭に、こちらへ押し出して参ります」
「何っ」
 一瞬表情が動いたがすぐに戻し、
「して、敵方は健在か?」
「鈴木重泰隊は三好長慶殿に殲滅されましたが、宗主の顕如、及び父親の証恵、更に麗奈の鉄砲隊はいずれも健在にござります」
「……」
 数秒考えた政勝が、晋二を振り返った。
「碇殿、一旦退きましょう」
「え?」
「ちょ、ちょっと何言ってるのよ、ここで押さないでどうするのよここで!」
「アスカ待って」
 口を挟んだ小娘をすっと制したのは、年長者への物言いに、国人衆の兵達が一瞬殺気立ったからだ。
 止めなければ、矢の二、三本も飛んできたかも知れない。
「ごめん、続けて」
「はっ」
 政勝はさすがに気にした様子もなく、
「本願寺麗奈は三段の持ち主で、能力も優秀と聞いております。おそらくは三好家の者を何人か片づけて勢いに乗っておりましょう」
「本願寺麗奈?」
 首を傾げた晋二に、
「宗主顕如の妹と聞いております。その勢いに乗っている部隊に、正面から当たるのは得策ではありませぬ。放っておけば、奴らは飯盛山城に攻め掛かりましょう。そこを背後から、我らが一気に襲いかかるのです。勢いを避けて虚を突く、これは基本にござりまする」
「うーん…」
 晋二が一瞬背後を見ると、勢いに乗った兵達の姿がいる。
 だが、ここは政勝の言うとおりにしようと、晋二はすぐに頷いた。
「分かった、政勝の策を取る。これより、全軍城に入って休止を取る。今のうちに休んでおくんだ、いいね」
 一瞬兵達がどよめき、
「ちょ、ちょっと晋二本当にそれでいいの?」
 既に気合い乗り過ぎなアスカは、不満を面に出しているし真名も、
「あの、この機を逃しては…」
 言いかけたが、晋二は首を振った。
「いいんだ。それに、真名の手当もしなくちゃならないからね」
 にっこりと笑った想い人にたちまち宗旨替えをして、
「若殿の言われる通りよ。我が隊は城に引き返します!」
 声を張り上げて、真っ先に戻っていったものだから、他の部隊もやむなく続く。
 こうして、麗奈が進軍してきた先には、蟻の子一匹うろついては居なかった。
「む〜、折角来たのに…」
 ぷうっと頬を膨らませた娘に、証恵が表情を緩めた。
「良いではないか、麗奈よ。それよりも、ここは無人の飯盛山城を落とすのじゃ。そなたの手柄にするがよいぞ」
 父親の言葉にたちまち頷いて、全軍がそのまま飯盛山城へと向かう。
 こうして、戦況はまたも政勝の読み通りの展開となっていった。
 
 
 
 
 
(続)

大手門

桜田門