第八十話
 
 
 
 
 
「僕は用事があるから先に行ってて」
 何の夢を見ていたのかは知らないが、妙に幸せそうな顔で起きたアスカとレイを送り出してから、シンジは蹌踉と表に出た。
 一晩寝ていないが、それ自体はたいしたことではない。一日など珍しくもないし、不眠の訓練は受けている。
 だが、昨晩は異様に疲れたのだ。
 二本の手が一本の手を共有していたせいなのか、あるいは意識を表にずっと飛ばしていたせいかは分からない。
 が、とまれシンジの疲労は現在最高潮に達している。
 こんなに意味も分からず疲れたのは、実に久方ぶりである。
 表のダミーを回収してから風呂に入ったが、そのまま寝込みそうになり、このままでは危険だと長門病院に向かったが、出迎えたのは思いもよらぬ人物であった。
「…マユミ嬢?」
 医学書を読み耽っていたのは、間違いなく山岸マユミであった。
 ダミーではなく、本人である。
「あ、碇さん」
 一瞬驚いたような顔を見せたが、すぐに、にこりと笑った。同級生が見たら一目惚れしそうな笑顔だが、初めて会った時とはえらい違いだ。
 もう眼鏡を掛けていないことに加えて、色香が増したこともあるのだろう。既に、マユミがユリの毒牙に掛かっているのはシンジも知っている。
「あけましておめでとうございます」
「うん」
 立ち上がって一礼したマユミに、シンジも頷いた。
「ユリさんは?」
「さっき、急患が入ったので診察中です。少し遅いけれど、恒例行事ですわ」
 聞き返す前に、シンジは内心で首をかしげた。マユミに悪意は無いにせよ、聞き返すのはちょっと癪なのだ。
「餅を詰まらせた老人?」
「ええ」
 マユミは婉然と笑って頷いた。
 間違いなく、綺麗になってきており、単に眼鏡を外したとかその程度の差ではない。
「餅を詰まらせるのは三が日だけって、商法で決まっているのにね」
「碇さん、違いますわ」
 真面目な顔で首を振り、
「労働基準法です。三が日以外にお餅が原因で、ドクターやナースの出番を作ってはいけないと決まってるんです」
「……」
「……」
 数秒経ってから、二人そろって笑った。
「いつの間にか、いい女になってたけど、どこかの誰かさんの影響を受けたみたいだ。僕の気のせいかな」
 シンジの言葉に、うっすらと赤くなった。
 ただし、前半に反応した可能性は低い。
「で、相変わらずユリの夜の玩具?」
 後ろから大鎌を振り上げてみたが、予想通りの反応は来なかった。
「半分です」
「え?」
「碇さんは、人生の楽しみを半分ほど損しておられますわ。なんて勿体ない」
(おまけに強くなってる)
 内心で呟いたシンジに、
「そんな分かり切った事よりも、そこへ服を脱いで横になって下さい」
 もう熟練したナースのような口調で命じた。
「服を脱いで横?」
「寝不足、というより疲労が蓄積した顔です。点滴と睡眠が必要です。丸薬がありますから、注射が怖くても大丈夫ですよ」
「はいはい」
 さっきのお返しらしい。
 薬を飲んで横になったシンジ――服は脱いでいない――の隣に、椅子を引き寄せて腰を下ろし、
「今日、使徒が再来襲する日でしたね」
「うん」
「あのお二人で大丈夫?」
「大丈夫かどうかは分からない。でも、僕がこんなに疲れた。もし敗退したらLCL漬けにして、一生コレクションにしてやる」
 シンジの言葉に、マユミがくすっと笑った。
「妹が二人もできると大変ですね」
「…出来てない。1から0にしようと思ってるところだ」
「足手まといになるから?」
「微妙なところ」
「じゃあ、レイちゃんが盲目的に慕ってくるから?」
「……」
「私が傍から見る限り、今のレイちゃんは自分で考えて行動しています。いつまでも、刷り込みのように扱っては可哀想です」
「レイから賄を?」
「米一俵」
 マユミの情報源はユリだろうが、本人だけの考えかは分からない。
 ただ、マユミの言葉はシンジの心中をそのまま言い当てるものであったのは、間違いない。
 レイの態度に別段の変化がないので、自分の意志なのかユリの暗示の影響なのか判別しにくいのだ。
 レイの方はもう自覚もあるし、会ったばかりのアスカと喧嘩するほど自我もはっきりしてきた。おまけに、シンジから一人前に見られていないと、サツキにぼやくまでになっているのだが、もちろんシンジはそんな事を知らない。
 これが、敵対の暗示でも掛けられていれば、態度が変わった時点で分かるのだが、如何せん元が元だけにわかりにくい。
 しかも、妹と呼ばせるようにしたのは、半ばユリの嫌がらせである。レイはユイのクローン、これに間違いはないが、だからと言ってシンジがレイを抹殺しようとしたりはしない。
 ならば、別に妹になどする必要は無かったはずだ。
 それをしたのは、突然こんなものを押しつけられてシンジがどんな顔をするか、というユリの思考が大きく影響している。
 結果、今に至る。
 どうも旗色が悪いと見たシンジは、撤退することにした。
「時計の針が十二時を指したら起こして」
 マユミに腕時計を渡すと毛布の中に潜り込んだ。
 時計の針は、現在十時を指している。
 
 
 
 
 
 捕獲に向かったシンジを出迎えたのは、血の気を失ったような表情の二人であった。
 エヴァの役目は使徒殲滅だから、もっと胸を張ってもいい筈だが、すっかり悄げ返っている。まさか、シンジに聞かれたとは思っていなかったのだろう。
 いくら二人でも、シンジに聞こえる事を念頭においてはいない筈だ。最初にアスカを捕獲し、次にレイのプラグに向かう。
「さ、帰るよ」
「『あ、あの』」
「ん?」
「お、怒ってる?」
 すぐには答えず、二人の顔を交互に見た。
 そして妙な事を訊いた。
「アスカは、レイの事嫌い?」
「そ、そんな事ないよ」
「君は?」
「嫌いじゃないわ」
「ふーん」
 一つ頷いて、
「ならいい。帰るよ」
 先に立って歩き出した。
 予想外の反応に、一瞬ちらっと顔を見合わせた二人だが、別段怒りを押し殺している様子でもない。
 病室でマユミにとっちめられて、思うところでもあったのだろうか。
 機体の回収は処理班に任せて、とりあえずパイロットだけ送っていく。本部までは距離があるから、シンジは車で来ていた。
 普通なら濡れ鼠など乗せたくないが、このプラグスーツは乾くのも早く、シートにLCLが付く可能性は少ない。
「乗って」
 ドアを開けようとした時、黒塗りの車が滑り込んできた。国産だが、完全防弾仕様になっている車には見覚えがある。
 降りてきた長身の男が、すっとシンジに一礼した。
「確か総理付きの…誰だっけ」
「長良です。お久しぶりです」
「うん。で、一人でSP五十人相当の長良さんがどうしてここに?」
 長良と名乗った男は薄く笑った。
「碇さんにそう言われると、少しくすぐったくなりますが――」
 アスカとレイに視線を向け、
「綾波レイと惣流・アスカ・ラングレーのお二人ですね」
 懐へすっと伸びた手は、間違いなくシンジより早い。ただし、抜き出されたのは拳銃でもドスでもなく、二枚の封筒であった。
「信濃ヒナギク様から、お預かりして参りました」 
 先日、自分達を荷物扱いした老婆だと、無論シンジは知っているが二人は知らない。
 とはいえ、名前を知られている以上自分達だろうと、怪訝な表情をみせながらも受け取った。
 封印された封筒を開けると、中には便せんが入っていた。
 自分宛でない以上、見せろとは言えない。
 シンジが眺めていると、二人の表情が一瞬変わった。
 ふにゃっと緩んだのだ。
(ん?)
 見間違いではなく、確かに緩んだ。それも、湧き上がってくる感情を抑えきれなかったかのように見える。
 アスカだけならともかく、レイまでもだ。
「では、私はこれで」
 文字通り、それを渡す為だけに来たらしい。シンジの言葉に過言はなく、今の総理には過ぎたるものと言われる一つが、この長良という男なのだ。
 日本の総理程度のSPには勿体ないと言われており、ヒナギクが寄越した理由もその辺にあるのだろう。
 すなわち、二人のチルドレンに手紙を届ける方が重要である、と。
「お兄ちゃん早く」
「あれ?」
 気が付くと、いつの間にか二人とも乗り込んでおり、シンジだけが外でぼんやりと立っている光景であった。
(いつの間に)
 これは、ワープ走法でも使ったに違いないと内心で呟いてから、シンジは運転席に乗り込んだ。
 ちらりと後ろを見ると、二人の顔にさっきまでの陰は微塵も見られず、受け取った封筒を大事そうに持っている。
 元に戻った二人に一つ頷いてから、シンジはアクセルを踏み込んだ。
 ネジが数本緩んだのは間違いないようで、
「今回はよくやったわ。でも、喧嘩する時は外部音声切らないと、県下全域に玉音放送しちゃうわよ」
 本部に戻ってから、ミサトに冷やかすように言われた時にも、はーいと二人揃って頷いたが、明らかに心ここに在らずの風情であった。
(ご褒美でも?)
(お祖母様から手紙が来てた。中にマタタビでも仕込んであったらしい)
(お祖母様から?)
(うん)
 シンジは結構気まぐれだし、LCLで濡れた頬にキスでもしたのかと思ったが、違ったらしい。
 が、ヒナギクから手紙といわれてもよく分からない。まして、上機嫌になるなど尚更である。
 アオイは内心で首を傾げたが、とりあえず戦果に関しては二人とも及第点と言えた。
 コピーのような動作を繰り返すのではなく、思いを一つにする事、そして共同作業で使徒を倒すこと、二人に期待したのはこれであった。
 餅を搗いて捏ねる、それはある意味では単純だが、一定のハードルを越えるまではそれが唯一の食料となると、話はがらっと変わってくる。
 単に搗くなら、相手の手を搗かなければいい位の話だが、胃に入るとなれば衛生から柔らかさから時間から、そのすべてが胃の調子に直結するのだ。
 三大欲求の一つを抑えられた、ある意味では極限状態の中で、最終的にアオイがゴーサインを出す気になったのは、二人が作ったものを食べてからだ。結局、時間ではアオイとシンジに及ばないものの、餅自体はいい物が出来ていた。
 張り合って使徒を倒す事だけ考え、結果お互いを補い合う使徒に当然の結果として惨敗した時よりは、はるかに使えるようになっていると踏んだのだ。
 そしてそれは、二体に分離する使徒を倒すまでで十分であり、結果的にはその通りとなった。対使徒戦闘中は最高のコンビネーションを見せていたが、終わった途端たちまち対人戦闘を開始している。レイが足を掛けた可能性は少ないが、綺麗に決めたその後の事を考えていたのだろう。
 無論、輝かしい戦績などではあるまい。
「ミサトさん」
「はい?」
 振り向いたミサトに、
「後は私がやっておくから、今日はもういいわ。あがって」
「でもあの…」
「いいのよ。シンジが何もしていないから、後の雑務位は私がしないとね。二人が山中で殲滅できたから、対外的な被害額は最小限に抑えらている筈よ」
「分かりましたそれじゃ」
 背中を押されるようにして出ていったが、廊下に出た途端すっ飛んでいった。
「伊吹」
「は、はい」
「戦闘中の二人のシンクロデータをグラフで出して」
「はい、すぐに出ます」
 言葉通り、十秒も経たずに出てきた。
 それを眺めたアオイが、
「日向、このデータをどう見る」
 本来ならば、オペレーターに問う事ではない。
 ただ、作戦部の担当は自分が帰したし、技術部の方はというと来ていない。言われるまま、三人目のレイを掬い上げたはいいが、ゲンドウの情熱はすっかりそっちに移ってしまった。
 傍からは分からないが、理性の半数をオークションで売り飛ばしただけあって、肉体年齢十四歳の少女を抱くことにもタブーはないらしい。
 それはリツコも分かっていたのだが、たまには休んでいようと昨晩訪れたら、レイに自分を縛らせて悦んでいる場面に遭遇し、にせリツコのところでぐれていると聞いた。
「戦闘中、十五秒間二人のシンクロ率が合致しています。ただ、綾波レイが一時的に上昇して、アスカが下がっている現象は不可解ですが」
「識域下で一時的に融合したのよ。年頃の娘の心であんな巨体を動かしている以上、何があってもおかしくはないわ。とは言え、一時的にでもこれが出来る、というのは大きな収穫よ。もっともハーモニクスでは個体に差が出ているわ。アスカの方が安定しているわね」
(目的が一つだったからね)
 アオイは内心でつぶやいたが、それが使徒退治を指していないのは言うまでもない。
 と、ふとアオイが何かに気づいたようにスクリーンを見上げた。
「青葉」
「はい?」
 長髪が揺れてこちらを振り返る。
「戦闘中の映像をすべて出して。最後の一撃から二機がもつれるまで」
「分かりました」
 三機のカメラが捉えていた。
「あの、信濃大佐このデータが何か?」
 訊ねたマヤに、
「倒れる直前で止めて」
 指示してから、ある一点を指した。
「零号機がバランスを崩して足を出す前に、弐号機も体勢を崩しているのよ。つまりほっとけば勝手に転んだのよ」
 ?マークを顔に貼り付けている三人に、
「動作がぴたりと重なるほど、呼吸が合っていたということよ」
 
 
 
 
 
「なぜ、あの二人に手紙を出したのじゃ」
 粋を尽くした庭園を見ながら、ヤマトはわずかに顔を向けた。
 無論、総理になど興味はないからさっさと本邸へ戻ってきている。つまり、アスカ達に手紙を届けたSPは、わざわざ官邸からこの地まで呼び出されたという事なのだ。
「シンジ殿が、モミジを呼ばぬと決めましたから」
「確信はあったのか?」
 言うまでもなく、手紙が書かれたのは対使徒戦の結果が出る前である。
「アオイとシンジ殿が任せた二人故、元より不安材料があれば、出してはおりませぬ。幾ばくかの不安でもあれば、あの娘達に任せはしなかったでしょう」
「そうか」
 ヤマトは軽く頷いた。
 二人は既に、エヴァの敗退が即人類の滅亡に繋がりはしない事を知っている。というより気づいている。
 単純に能力だけ見れば、客観的に見てもシンジは群を抜いている。とはいえ、平時のそれとエヴァへ搭乗は別物だし、結果論にせよ使徒襲来の当日に到着というのは褒められたものではない。
 装備一つ取ってみても、予め分かっていたにしては杜撰すぎるのだ。局地的な被害ならいざ知らず、人類が滅亡するとくれば自殺願望があると言われても仕方がない。
 その一方で、せっせと人類保管計画を練っていたとなると、自ずから構図も見えてくる。
 とは言え、あっさり敗退して構わない事情でもなさそうだが、ヤマトは別段調べようとは思わなかった。
 さして興味もないし、そんな事はシンジに任せておけば十分だ。
 そう、彼らが絶対の自信を持って、第三新東京市に送り込んだ孫なのだから。
 
 
 
 
 
 家に帰って早々、アスカとレイはサツキの家に戻っていった。妙に嬉しそうな様子は依然として消えていなかったが、シンジは何も訊かず、レイ達も聞かせたい素振りは見せなかった。
 ただ、サツキの家に着くと、
「違うモン口にしそうなので、今夜は見張っておいて下さい」
 と、見張り番に任じる辞令が置いてあった。
 もう作戦は終わったし、何よりも今晩はアオイの所に泊まろうと思っていたから、あまり気乗りはしなかったが、餅に付き合うのはこれで最後だと頷いた。
 それから四時間後。
 風呂ですっかり茹で上がったシンジが家に行くと、誰も出てこない。勝手に上がり込むと、家の中は静まりかえっているが人の気配はある。
「ん?」
 万一の事態に備え、それでも銃は抜かぬまま進んだシンジがぶつかったのは、違う意味での非常事態であった。
 二つのベッドにはそれぞれシーツが掛けられており、それが盛り上がっている。
 ある程度予想はついたのだが、つかつかと歩み寄ってシーツをはがすと、案の定中から出てきたのは真っ白な裸身であった。
 二人とも、パンツは穿いているがブラはしていない。
「お兄ちゃん遅い」
 おまけに、これが第一声である。
「元気そうで何よりだ。じゃ、後は良い夢を」
 くるりと身を翻したその手首が、きゅっと捕まれた。
 荒っぽい掴み方ではなかったが、手はびくともしない。
「『はいこれ』」
 にゅっと二本の手が伸びて、一枚の紙片を差し出す。
「……うげ」
 シンジが毛虫でも噛み潰したような顔になるのと同時に、二人の顔に笑みが浮かぶ。
 点線に沿って切り取られたそこには、
『食事もしくは指圧(碇シンジ付)』
 と達筆で記されており、その筆跡は見間違えようのないものであった。
「ブルータスお前もか」
 意味不明な事を呟いたシンジを、
「強制も脅迫も勿論していないわ。さ、お兄ちゃん」
 レイが白い手を伸ばして引き寄せた。
 
 
 それから数日後、新学期最初の日、颯爽と登場したアスカはクラス中の注目を集めていた。
 シンジにべったりくっつく面影はどこにもなく、ドイツで天才の名を一身に集めた時と同じ雰囲気に戻っている。
「惣流・アスカ・ラングレーです。よろしく」
 と、黒板に書いたのと同じくらい流暢な日本語で挨拶したアスカに、彼氏はとかスリーサイズはとか、半ばお約束のような質問も全く飛ばなかった。
 シンジは元々、裏の顔以外ではごく普通の少年であり、剣呑さなど微塵もない。だからクラスメートは以前の学校と同様、敬遠する事もなかったのだが、アスカは違った。
 殺伐ではないが、どこか近寄りがたい気を全身にまとっていたのだ。
 が、しかし何事にも例外は存在する。
 シンジが二人を学校に送ってそのまま出かけた為、とりあえずシンジの席に座る事になったのだが、それを聞いた時アスカの口元が一瞬だけ緩み、レイの眉がぴくっと上がった。
 最初の授業が終わった時、アスカの元へやってきたのはヒカリであった。
「このクラスの委員長の洞木ヒカリよ。よろしく」
 アスカと話していたレイが、ちらりとヒカリを見たのは、妙なものを感じたせいだ。
 何か、と言われれば困るほどのものであり、レイでなければ分からなかったろう。
「こちらこそよろしく」
 アスカは気づかず、すっと手を差し出したのたが、次の瞬間その顔色が変わった。
 握られた手が、一瞬にして凄まじい力で締め付けられたのだ。文字通り握りつぶすようなそれは、どう見ても友好的とはほど遠い。
「ちょ、ちょっとあんた何を――」
「アスカが下着見られて投げ飛ばした人の恋人よ」
 洋上での事は、既にレイも知っている。
 そのレイの言葉に、アスカの表情が変わった。
 冷静な天才少女から、雌豹のようなそれへと変わったのだ。
「ふうん、そういうこと。あたしの下着程度で喜んでいる奴の恋人なんて、たかがしれてるわね」
「何ですって」
「聞いた通りよ」
 キッと睨み合った二人の視線が火花を散らす。
「誰に喧嘩売ったのか、きっちり教えてあげるわ」
 言うが早いか、今度は逆に力を入れて握り返した。ヒカリの表情が一瞬歪むが、これもすぐに力を入れ直す。
 なお、今日はトウジも来ていない。
 顔には笑顔を貼り付けたまま眼は全く笑っておらず、お互いの手を変色させる程手を握り合っている二人を見て、レイは軽く肩をすくめた。
 お兄ちゃんなら――シンジなら、きっとこうすると思ったのだ。
 仲裁しようとか、止めようとか言う気は全くないらしかった。
 
 
 
 
 
(続く)

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