第五十五話
 
 
 
 
 
 ふう、と小さくマユミが溜息を吐き出す。
 擦過傷とは言え、銃創をこしらえたのは初めてだったが、既に治りかけている。
 そう言えば普通に聞こえるが、まだ一日も経っていないのだ。
 そしてマユミの知る限り、これほど急激に治し得る治癒術は、現代医学では存在しない。
 もう退院できそうな気もしたが、さっき来た看護婦が、
「院長がもうじき回診に来られます。詳細はその時にお聞き下さい」
 と、何も言わぬ内から言い出したもので、何も言えなくなってしまった。
 自分の傷にも、興味を示さなかったシンジだが、マユミはその理由を何となく分かっていた。
 証拠も確信もないが、ただ危険な夜歩きを切り抜けてきた彼女の勘であった。
 だがその一方で、銃創は警察への届け出をと言う法律の事も、知らない彼女ではなかったのだ。
 マユミが天井を見上げた時、扉が静かにノックされた。
「あ、はい」
 扉が開き、白衣に身を包んだ女が中へ入って来る。
 床が冷たい靴音を響かせた途端、マユミの顔が見事な程に硬直した。
 精神鍛錬では、あるいはシンジをも上回るほどのこの娘が、ぽかんと口を開けたまま文字通り魅入られたように固まったのだ。
「シンジが手ずから搬送する患者など珍しい」
 そこに含まれた物には気付かず、
「はあ」
 と言ったのみである。
「目下院長中の長門ユリです、よろしく」
 奇妙な言葉にも気が付かず、首筋まで染めたのがその返答であった。
 
 
 
 
 
「それで、君のご機嫌が芳しくなってないのはなぜ?」
 フォークで絡め取ったパスタを見ながらアオイが訊いた。
 ちゅう、とストローでワインを飲んでから、
「教えない」
 シンジは横を向いた。
 ストロー経由は酔いが早いとかそんな事より、食前酒とは言えワインをストローで飲む物でもあるまい。
 普段ならそんな事はしない筈だが、やっぱり虫の居所がどこか具合が悪いらしい。
「山岸マユミさん、彼女じゃなかったの?」
 違う、と言ってからやっとこっちを見た。
「脚の傷は大した事ないし、ユリが手を出したりしなければ大丈夫だ。もっともレイちゃんは既に毒牙に掛かってるぞ」
「多分大丈夫よ。二人目は作らないでしょう」
「怪しいモンだ」
 無論二人は、ユリがマユミの病室を訪れている事も、マユミが一目で硬直した事など知る由もない。
「もっとも、シンジを悪化させるような子ではないわね。そうなると−」
 じっとシンジの目を覗き込んで、
「サツキちゃん?」
 それには直接答えず、
「女だから分かる、と言ったよ。便利な言葉…いいってば」
 す、と制する仕種を見せたのは、アオイの表情が刹那動いたからだ。
 それも危険な物をのぞかせて。
「サツキなりによく分かってる言葉だよ。雇い主とは違うんだから。ただね」
 一度言葉を切ってから、
「問題は、あの子が一番分かってない事なんだな。肢体すら変わる妖姫の、本当の怖さを全く分かってない。自我が不安定なら、いやそうでなくとも乗っ取り位簡単にしてのける相手なんだけど…」
 困ったねえ、と言ってシンジはもう一回、ちゅうっとストローからワインを吸い上げた。
 店のオーナーがちらりとこっちを見たが、一瞬危険な雰囲気を漂わせた美女が、うっすらと笑っているのを見て諦めたように新聞に目を落とした。
 無論その表情からして、ストローでワインを飲む少年など、ここを開店して以来初めてなのはほぼ間違いなかった。
 
 
 
 
 
「二時間と診断したが、私が自ら診たかったので少々残っていただいた」
「は、はあ」
 離さなきゃと思っているのだが離れない。
 マユミの視線は、まるで強力接着剤で固められたかのように、ユリの顔に固定されたままだ。
 いや、動かせないと言った方が正解だろう。
 暗夜に差し込む月光のような美貌に、魅入られた獲物のごとく捕らえられている事をマユミは気付いていない。
「夜に落下してくる患者さんは、私も未だお目に掛かった事がない。受け止めた腕の心地はいかがだったかしら?」
「あ…」
 冷ややかな台詞は、やや強引にマユミをこちらの世界に引き戻した。
 その時になってやっと、こちらを見つめているユリの顔に気付いたのだ。
「あ、あの…ご、ごめんなさいっ」
 言ってから奇妙だと思ったが、言葉は勝手に出ていた。
「別に謝る事ではないわ。私の病院では、搬送人の意志が優先される規定よ。ただしシンジの場合に限られるけれど。ところで、私の顔に何か?」
「い、いえ何も…」
 既に落ちている、アオイかシンジならそう言ったろう。
 そう、ユリの陥穽に。
「そう、それなら結構。そう言えばまだ診察が済んでいなかったな、傷口は?」
「あ、今…」
 布団を持ち上げると、マユミはゆっくりとパジャマを下ろした。
 気取ったわけではなく、単に手が動いてくれなかったのだ。
 マユミは感じていなかったが、本能の方はユリの視線を十分に感じており、マユミが自分の動きをやけにのろいと感じたのもそのせいだ。
 膝まで下ろした所で、
「もういいわ」
 ユリは止めた。
 シンジが担いで来たときは、僅かに抉られていたようなそこも、今はほとんど見分けが付かない。
 サクラは二時間と言ったが、実際マユミは自分でも分からない位であった。
 しかしユリは、
「なるほどここね」
 もはや傷とも呼べぬような皮膚の一カ所をすっと指で触れ、
「これなら心配要らない。もっともこの程度で痕が残るなら、担当した者に即日辞表を提出してもらわなければならないが」
 気負いも衒いもない、至極当然と言った感じのユリだったが、マユミの素人目にもそう簡単な物ではない事ぐらい分かっていた。
 銃弾がかすめたと知ったとき、その脳裏を過ぎったのは痕が残ることであった。
 もしも醜い痕が残るような事があれば、もはや隠すことは難しいからだ。
 それを簡単に治してのけ、しかも当たり前だと言わんばかりのユリを見て、マユミの目に感嘆の色が浮かんだのは、素直な驚きの表れであったろう。
 がしかし。
「あの、びっくりしました…」
「何を?」
「わ、私てっきり痕が残るものだとばかり」
「そうは行かない」
「え?」
「他の病院ならともかく、ここは既に長門の名を冠している。その名を持った病院に置いて、不用意から来るミスなど許されない。それになによりも」
 くす、と一瞬ユリが微笑った−ようにマユミは見えた。
 あるいは気のせいだったかも知れないが、
「何よりも、この綺麗な肌には痕など付けられない」
 突如として、ユリの口調が危険な物に変わると、じっとマユミを見た。
「い、いえそんなんでも…」
 俯いたマユミだが、さっき染まった顔は未だ平常に戻っておらず、それを見つめるユリの視線にある種の物が加わった。
「私の友人は基本的に優秀だが、時折ミスをする」
 既にマユミが手中にある事を、そして自らの言葉もろくに耳に入っていない事を知りながらユリは囁いた。
「例えばそう−患者の容態を報告し忘れる、とか。医療現場に於いては致命的だが、素人とあっては仕方あるまい。自分の分身とは、私以上に上手に付き合いながらも、医療に関しては素人だからだ。そこで、検査をしておこう」
「検査…ですか…?」
「そう、検査だ」
 ユリは頷いて、
「取りあえず、全身の検査が必要だな」
「私…どこか悪いんですか?」
 普段のマユミよりも低く、その声は間延びして聞こえるが、こうなったのは数秒前からだ。
「それを確認するための検査だ。服を脱いでそこへ横になって」
 レイよりは間違いなく強く、シンジと比べても遜色はあるまい。
 マユミが自らに課してきた精神鍛錬は、彼女のもう一つの顔を、完璧に隠し通してきたのだ。
 この都市(まち)へ来たシンジと会うまでは。
 だがそれが、美貌の女医の前で容易く崩れ去ろうとしていた。
 それも、出会ってからほんの数分しか経たぬうちに。
 はい、と何の躊躇いもなく頷き、むしろいそいそと衣類を脱ぎ捨てると、マユミはその場に俯せに横たわった。
「私では及ばぬ所、そうなれば駒が要る。直接出来ないのは不徳の極みだが、便利な駒を用意するのもまた一つ。この能力なら、君にも邪魔にはならないはずだ」
 平素のマユミなら、跳ね起きるに違いないような事を口にすると、治療には到底思えぬ手つきで裸の背に手を伸ばし、それと同時にマユミの背がぴくんと震える。
 俯せの姿勢からは表情が伺えなかったが、シンジが見たらこう言ったに違いない。
「知らない表情だ」
 と。
  
 
 
 
 
「よろしいですか、運び出しちゃって」
「いいよ、部屋はこっちだから」
 新しく揃えても良かったが、短い間とは言え使い慣れた方が良かろうと、サツキはシンジの家に荷物を取りに行った。
 よろしいですか、と訊いたのは、気が変わっていないかとどこか思っている節があったのだが、シンジはあっさりと頷いた。
 それを聞いて僅かにサツキの眉が寄ったのだが、実のところ彼女にはよく分かっていなかったのだ。
 すなわちアオイの反応も、ましてシンジの反応などは。
 普通であれば、小娘の甘えなど多少は許しても構わないではないか。
 まして、シンジであれば。
 他の少年ならともかく、シンジならそれだけの度量は十分に持っている筈であり、だからこそレイもあれだけなついたのではなかったか。
 どこか釈然としない物を感じたまま、
「よし、運び出せ」
 手配した業者に片手を上げた。
 がしかし。
 シンジの心変わりが無い以上、サツキもそれに拘ってはいられない。と言うよりも、サツキにはしなければならない事があった。
 レイの処置だ。
 首筋に当てたそれは、どこかキスマーク隠しの印象もあるがそんな事を気にしてる場合ではない。
「首が明後日の方向へ飛んでいってもおかしくなかったのよ」
「申し訳ありません」
 サクラに冷ややかな口調で言われてサツキは俯いた。
「それで、原因は分かっているの?」
「そ、それが…」
「やはり、ね。お嬢様もこれでよくあの娘を任せるお考えに−」
 言いかけたが途中で止め、
「碇さんの思考はナース程度のそれでは計りきれない。あの娘が今引き離される事云々よりも、更にその先にあるのよ。それにもしそれが間違っていたとしてもアオイ様がおられる。身の程を知らぬそれは、そのまま命取りよ」
「…気を付けます」
 深々と一礼したが、無論シンジの心中を分かり切った訳ではない。
 宙にシンジとレイの顔が浮かび、その二つがすっと距離を置いた時、わずかにサツキは顔をしかめた。
 レイのことを思いだしたのである。
 サツキでいい、そう言ってから自分の所に来るよう告げると、
「お兄ちゃんの家の工事ですか?」
 訊ねた表情は明らかに事態を把握していなかった。
「違う、お前を当分戻すなとシンジさんのご命令だ」
 婉曲な表現は逆効果、そう踏んだサツキはストレートに告げたのだが、次の瞬間僅かながらの罪悪感に襲われた。
 これ以上はあるまい、いやゲンドウやリツコも無論知らぬ表情−レイの表情が無惨に崩れたのだ。
 涙も涸れ果てる位泣いた後なのに、双眸にまた大粒の涙がわき上がる。
 だがそれも一瞬のことで、早業に近いほどその表情は再度変化した。
 泣き顔から人形の能面へと化した時、完全に表情は喪われ、
「サツキさんの家へ行けばいいのね」
「…シンジさんとて縁を切ったとは言っておられないのだ、いずれはお前も戻される筈だ」
「…はい」
 ゆらりと、まるで幽鬼のように立ち上がったレイだったが、一歩踏み出した途端慌ててサツキが支えた。
 勿論表情には見せなかったが、サツキが手を出さなかったら前のめりに倒れ込んでいたのは間違いなかった。
「大丈夫か」
「はい、問題ありま…!?」
「有馬温泉じゃないだろうが、馬鹿者が」
 脇腹に吸い込まれた一撃でレイを失神させると、そのままサツキはレイを担ぎ上げ、家に戻って鎮静剤を注射してその足でここへ来たのだ。
 無論お咎めは元より覚悟の上だが、育ちのせいで侠気を多分に持っているサツキは咄嗟にその行動に出てしまったのだ。
「私とした事が…」
 運ばれていく家具を見ながら、サツキはふうと溜息をついた。
 
 
 
 
 
 
「サツキがレイちゃんを担いで出て行った?営利誘拐かな」
「申し訳ありません、すぐに追っ手を−」
「何言ってるのさ」
 電話の向こうで腰を折っているサクラの姿が目に浮かんだが、シンジはあっさりと遮った。
「患者を拉致監禁して楽しむ藪ナースを雇ってる訳でもないだろ。その辺の女ならともかく、元極道の娘なら男気でも発揮したのさ」
「で、ですが…」
「いいんだって。第一、張本人は今僕の家から荷物を差し押さえてる最中だよ」
「はい?」
「ううん、何でもない。ところで管理責任を問われるべき藪医者はどうした」
「そ、それがその…」
 怒るかと思ったら言いよどんでいる。
 それで大体想像は付いたのだが、
「もしかして僕の知り合い食べちゃってなかっただろうね」
 あからさまに狼狽えた気配を知り、シンジは電話を耳から離した。
「じ、実は…」
 サクラの話によると、サツキが連れ出した報告を受けてサクラはユリの指示を仰ぐことに決めた。本来なら許されない行為だが、サツキにどの程度まで許したのかサクラは聞いていなかったからだ。
 院長室へ行ったがおらず、ナースの一人を捕まえて聞いたら山岸マユミの病室から帰っていないと告げられた。
 容態は問題ないはずと思ったが、その足で病室へ着いてノックするとすぐに応答があった。
「お嬢様−」
 一歩踏み出しかけてサクラの足が硬直したのは、俯せのまま全身を赤く染めている少女の裸体に気付いたからだ。
 それも息絶え絶えの。
 シーツで身を隠すことも忘れるほどの快楽は、マユミから羞恥さえ取り上げていたらしい。ユリの方はいつも通り変わらぬ表情だったが、襟元のジッパーがわずかに開いているのにサツキは気付いていた。
 患者がそのまま子猫に化すのは珍しくもないし、マユミにしても眼鏡の下は美少女の部類である。
 だが、シンジがわざわざ運んできた娘を、あっという間に食べてしまうとは思わなかったのだ。
「どうした」
 ユリの声で何とか我に返ると、
「申し訳ありません、綾波レイが連れ出されたようです」
 そう、とユリは驚いた様子も見せず、
「連れ出したのがサツキ以外なら全力で追うように。連れ出したのがサツキなら、シンジに連絡を取って指示を」
 と告げた。
 かしこまりました、と一礼はしたのだが、
「あ、あのその娘さんは…」
「女性の身体は男性のような単純構造では無い以上、隅々までの検査が必要になる。違う?」
「は、は、はいっ」
 まただ。
 ユリが気に入った美少女に手を付けるたびに−苦情が来ないから問題にもならないのだが、よく分からない理屈にもつい頷いてしまう。
 これが他の女だったら、サクラの一撃で昏倒は間違いない所だ。
 何とか気を取り直して、
「失礼します」
 部屋を出ようとしたら、
「ユ、ユリさん…」
 か細いがあまりに艶めいた声が聞こえてきて、サクラは早足でその場を後にした。
 話を聞き終えたシンジだったが、
「あんのレズ医者がー!」
 と言ってみても迫力はない。
 薬を射つ訳でもないし、ましてレイプなど地球が滅んでもしない女医だからだ。
「ま、いいや、落ちる方も悪いんだし」
 やや強引に終わらせると、
「で、映像は撮ってある?」
「は?」
「マユミ嬢の乱れる姿を映像化して−」
「シンジさん」
 何故か殺気までこもってる声に、シンジはもう一度耳から離した。
 これ以上はやばそうだと判断して、
「体験は本人から聞くとするよ。それとサツキちゃんの方は放っておいて」
「よろしいのですか?」
「あまりよろしい訳じゃないけど、大体現状の想像が付くからね。ただ問題は、僕の危惧がその前に現実化する事だけど、その時は長門病院全職員の生命で償ってもらうからね」
 そう言うと、一方的に通話は切られた。
「…碇さん」
 立ちつくしたサクラだったが、シンジがそう言った以上追っても効果があるとは思えない。
 一瞬だけ宙を見上げてから、サクラはわずかに首を振った。
 
 
 
 
 
 もう、何度快楽の絶頂に飛ばされたか分からない。
 女同士など不潔だ、とまでは思っていなかったが、同性からここまでの快楽がもたらされるとは思ってもみなかった。
 白い指が、赤い唇が自分の肢体に触れる度に、もう夜の危険な趣味のことも鍛錬の事もどうでもよくなってしまい、はしたないとはどこかで思いつつも甲高い喘ぎすら快楽の一端へと昇華してしまう。
 まだ身体の隅々に余韻が残っているような気がして、マユミがぼんやりと目を開けた時当然ながら自分が全裸のままなのに気付いた。
 さっきの快楽を思い出し、顔が真っ赤になったのを知った所へ、
「鍛錬の成果でやはり体つきが違う」
 艶も何もない静かな声に、マユミの顔がぎこちなく動いてそっちを見ると、軽く足を組んで椅子に座りカルテに目を通しているユリの姿があった。
「あ、あのわたし…」
「どんなにいい声で啼いても、またどんなに乱れたとしても美少女でなければ意味は無い。そう、少なくとも私の腕の中であれば」
 ある意味際どい台詞だが、ユリの美貌であれば成立し、また効果も十二分にある。
 自分がどう映ったのか、マユミが何故か急速に不安に駆られた時、ユリがすっと立ち上がった。
「え…あ」
 音もなくユリが近づいて来たかと思うと、ベッドの横ですっと立ち止まった。絵でも滅多に見られぬような美貌の接近に、マユミが我にもなくぎゅっと目を閉じる。
 頬に柔らかな何かが触れたのを感じ、二秒後に目を開けた時にはもう、白衣はドアを開けていた。
「傷は完治したが、しばらくの間は起きられないはずだ。動けるようになったら帰宅するといいわ。良い夢を」
 一瞬何を言われているのか分からなかったマユミだが、シーツすらまとっていない自分の姿に慌てて起きあがろうとしたら前に倒れ込んだ。
 何とか起きあがろうとして…腰が抜けているのを知って再度全身を真っ赤に染めたのは二十秒後の事であった。
 
 
「患者に手を出したら死刑、刑法に決まってるのを知らないな、あの変態医者は」
「自殺幇助は問題だけど、快楽幇助は問題にはならなくてよ」
 シンジの家が同居人の引っ越しでどたばたしてるからと、一旦アオイの家に戻ってきた今はお茶の時間になっている。
 ユリの性癖をぼやいたシンジに、アオイは書類から顔を上げないまま冷静に訂正を入れた。
「冷静に突っ込まないで欲しいな−何見てるの?」
「JA共催」
「え?」
「正式にはジェットアローン、これのお披露目会をするからと招待状が来てるの。ただ、今本物がいない二人にだから早い所戻ってもらわないと困るわね」
「なんでアオイじゃないのさ?」
「この手の招待状は早い時期に作る物よ。そんな前から私の所在が掴まれていたら問題じゃなくて?」
「それもそうでした。それで君は行くの?」
「招待されていないのに行くほど物好きではないわ。ただね」
「知り合いでも来るとか」
「ご名答。でもユリの方ね。官房長官がお忍びで来るようなのよ。それともう一つ気になるのが、これはネルフにとって邪魔な組織なのよ。少なくとも、小父様が黙って見ているとは思えないわ。だからこの際、ついでに訊きだしてもらおうと思うの」
「赤木リツコの偽物で色仕掛けを?」
 ええ、とアオイは頷いて、
「総司令の仮面が崩れるのもまた一興、とかユリは言っていたけれどどうかしらね」
「別に親父の眺めたってねえ。それよりアオイの方が−」
 言い終わらぬうちに、シンジの顔はアオイの手に捉えられていた。
「私のその表情(かお)、見てみる?」
 たっぷりと艶を含んだ声で囁いたアオイに、
「今度ね…んむっ」
「葛城ミサトは既に私の物にしてあるわ。後は…シンジだけなのに」
 熱い囁きと共に柔らかな舌が咥内に入ってきた。
 ちゅぽん、と音がして三十秒後に離れたが、
「物にしたって、それ単に操っただけでしょ」
「生意気な子にはお仕置き」
 シンジに抗う時間など与えず、秒と経たずにシンジはアオイの胸の中に捕縛されていた。たちまち柔らかで弾力に満ちた胸が後頭部から包み込んでくる。
 シンジがお仕置きと称してレイをくすぐったりするのは、案外この辺りにルーツがあるのかもしれない。
 のんびりした光景の彼らだがこんな状況がいつまでも許される訳はないのだ。
 総司令と副司令が揃って退院したのはそれから三日後の事であり、リツコがゲンドウから呼び出されたのは更にその翌日の事であった。
 
 
 
 
 
(続く)

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