妖華−女神館の住人達外伝
 
 
 
ドクトルシビウの闇カルテ:ツェザーレ
 
 
 
第六十八話:北欧の辣腕宰相 〜Uriel〜
 
 
 
 
 
 北欧にあるスカンジナビア王国。
 元々中立の立場で、プラントと連合のいずれにも属していなかったが、戦線が膠着するようになると、大西洋連邦は傘下に入れと圧力を強めてきた。この辺りに、連合国が無かった事が大きいが、それでも先代の時は頑固にはねつけてきた。
 だがそんな中、当主のドズル=ザビが急死し、一族で後に残ったのは幼少の娘ミネバ=ザビと、ドズルの妹で女の身ながら、軍事の全権を持っていたキシリア=ザビの二人となった。
 キシリアが後を継ぐと厄介だと、連邦の首脳陣は警戒していたのだが、後継者になったのは娘のミネバ=ザビであり、しかもあっさりと連合の軍門に降ってきた。先代の時から、キシリアが反連邦だったのは知られており、しかもミネバを補佐して宰相となったキシリアが、事実上の統治者となったから尚更だが、とまれスカンジナビア王国は、現在連合に所属している。
 ただ、傘下ながら第一級要注意国として、警戒されているのは事実である。
 
 
 
「それでキシリア、連邦の動きはどうなっている?」
 甲高い声で訊いたのは、国主のミネバであり、その御前にはキシリアが片膝を突いてかしこまっている。まだ甲高い、と言うほどにもならぬ年齢だが、
「私が傍に付いていて差し上げます」
 とキシリアに言われ、幼少の身で懸命に頑張っている。高い声は、肩に入った力から来ているものだ。
 無論スカンジナビアも、諸国へ情報網を張り巡らしてはいるが、やはり自分で見てくると、ここ一ヶ月ばかり国を留守にしたキシリアから、報告を受けている最中だ。 
「各地で戦線は停滞中ですが、例のヘリオポリスから脱出したアークエンジェルが、宇宙でだいぶ派手に暴れて地上へ降下したようです。あれで、ザフトの進撃は一時的に止まっています」
「そう…。それで、この後の動きはどうなるの?」
「月の連合艦隊は、これを討つのに少々時間が掛かります。宇宙の連合を孤立させる為に、おそらくマスドライバーを持った基地を潰しに掛かるかと。アークエンジェルのような、厄介な艦が続々と宇宙へ上がってくるような事になれば、プラントも安穏としてはいられませんか。もっとも――」
「もっとも?」
 キシリアは、その整った口元に笑みを浮かべた。
「アークエンジェル級が十隻いれば、今の十倍の戦果が出るとは限りません。あのアークエンジェルは今、かなり厄介な艦になっているようです」
「厄介?」
「ヘリオポリス崩壊後、脱出ポッドに乗っていてあの艦に拾われた者が、先日戻ってきました。話を聞いたところ、面白いことが分かりました。艦長は連合のマリュー・ラミアス大尉。調べたところ艦長の経験はなく、艦長になる予定でもなかったようです。しかも、ヘリオポリスで建造中のGシリーズに搭乗予定だったパイロットは、ザフト軍の襲撃で全員死亡したそうです」
「……」
 それを聞いてミネバの表情が動いた。
 キシリアに可愛がられ、その傍にいつもくっついていたミネバは、同い年の子供と遊ぶよりも政治や軍事の方に興味は向いている。キシリアの言葉を聞けば、アークエンジェルの状態が尋常でないと理解できる位にはなっているのだ。
「しかし、宇宙での戦闘は常に圧倒的優位で進めていた、と聞いております」
「その、マリューという艦長が名将だと?」
「凡将ではありますまい。しかし、戦艦ではMSに対抗できません。しかも、アークエンジェルに積んでいるMSのパイロットは、正規に訓練を受けてはいないと思われます。艦長もMSのパイロットも、非凡な才に恵まれたからこそ、たった一隻であれだけの戦果をあげているのでしょう」
「連合も…良将や名将に恵まれているのだな…」
 それは違う言い方をすれば、先代まで独立を貫いたこの国が、いつまでも連合の麾下にいなければならないという事になる。
 キシリアはその事には触れず、
「さっき、十隻居たから戦果も十倍になるわけではない、と申し上げました」
「うん」
「とは言え、あのアークエンジェルがナスカ級やローラシア級と同程度なら、きっとこの戦果は上がらなかったでしょう。と言うわけで陛下」
 ミネバの目をのぞきこみ、キシリアがにこっと笑った。
「造ってしまいましょう」
「え…?」
「設計図を手に入れてきました。我が国の技術力なら、造れない代物ではありません。我が国にも戦艦はありますが、陛下の旗艦とするには少々役不足です。しかし、この艦なら十分ですし、それに戦闘に追われているアークエンジェルとは違い、色々改造も可能です。勿論、陛下のお部屋も造って差し上げますよ」
「あ、姉上…」
 ミネバの口調が甘えるようなものに変わった。
「なに?」
「その…お、温泉を造ってほしい…」
「温泉、と?」
 さすがに驚いた表情になったキシリアを、
「姉上、だめ?」
 甘えた視線で見上げてくる。
「分かった、造ってあげる」
「ほんとに!?」
「私は約束を違えはしない。ミネバが入れるような温泉を、艦内に造ってあげよう。ところで」
 キシリアの口元に、妖しい笑みが浮かんだ。幼少の陛下を見るものではなく、幼女に向ける危険な視線を伴っている。
「ミネバはそこに、誰と入りたいのかな?」
「え…」
「もう、一人で入れるようになった?」
「も、もう…あ、姉上のいじわるぅ…」
 甘えの中に、僅かながら喘ぎに似たものが混ざる。身体はまだ幼女ながら、それは既に女を感じさせるものであった。
「ほう、私が意地悪と?困ったことですな、陛下?」
「……」
 じわっとミネバの目に涙が浮かび、
「あ、姉上の意地悪…ばか…うえっ…ぐすっ、ぐしっ…」
 とうとう泣き出してしまった。
 他の家来がいる時や、他国の者と面会している時は、転んで顔を思い切り打とうがどれだけ嫌みを言われようが、ミネバは絶対に泣かない。キシリアの調教の成果である。
 が、その反動からか二人きりの時はよく泣く。
 特に、キシリアに弄られたりするとすぐに泣く。
 無論キシリアが本気で苛めてはいないと分かってはいるのだが、唯一の肉親と呼べる存在であり、幼いミネバに取って頼れるのはキシリア以外にいないのだ。
「ふふ、少しいじめ過ぎたかな。ミネバ、淋しかった?」
 目に涙をいっぱい浮かべたまま、ミネバがこくっと頷く。
「仕方のないいとこ殿だ」
 キシリアにしても、年の離れたこの娘が可愛いから、自らは宰相となっていずれ女王たる器に育てようとしているのだ。思い入れがなければ、さっさと自分が女王になっていたろう。
 ミネバをひょいと抱き上げたキシリアが、王座の横にあるボタンを押すと、その背後に大きなベッドが現れた。
「姉上…」
 いつの間にか、ミネバの表情は期待に充ちたものへと変わっている。
 かなり大胆な場所にあるベッドだが、家臣が入ってくる気遣いはない。キシリアがミネバと二人きりで謁見中の時、この部屋の半径五十メートル以内に近づくと――防衛システムが働いて攻撃される仕組みになっているからだ。
 十三名の死者を出し、その威力と恐ろしさは宮殿内の者達にいやというほど、叩き込まれる事になった。
 つまり――誰かに見られる事も聞かれる事もない、という事になる。
 クイーンサイズのベッドにミネバを横たえたキシリアが、その衣類を妖しい手つきで脱がしていく。真っ白な裸身は、この年頃の子供と比べると格段に発育は良い。ぷっくりと硬くなった乳首も、ブラが必要な位にふくらんだ乳房も、そしてうっすらながら生えだしている淫毛もすべて、キシリアの調教の成果だ。
 自らも服を脱ぎ捨て、全裸になったキシリアがベッドへ横になり、ミネバを腕の中に抱き寄せる。
「あ、姉上…んっ…」
 キシリアの乳房に顔をすりよせたミネバが、そっと唇を突きだしてきた。キシリアが重ねた唇に、ぴちゃぴちゃと音を立てながら夢中で吸い付く。キシリアの細い指がミネバの髪を柔らかく梳き、二人の口元が混ざり合った唾液にまみれた頃、つうっと舌を差し入れる。
 小さな舌を絡みつけたミネバが、キシリアにぎゅっと抱きついてきた。キシリアに咥内を嬲られるのが大好きなのだ。うっとりと目を閉じたまま、キシリアの舌に自分の舌を絡ませ、その小さな手がキシリアの乳を妖しく揉む。
「むぅっ…んっ、んんっ…んんむ…ぷぁっ」
 ミネバはどこが感じるか、そしてキスするときに鼻呼吸を禁止されたミネバが、どれ位持つのかなど手に取るように分かっている。あまり負担を掛けぬよう、寸前ですっと唇を離すと、二人の唇を唾液の糸が繋いだ。
「あまり、キスは上達していないようだな?」
「だ、だってぇ…れ、練習相手もいないし…姉上のいじわる…」
「そうだ、それでいい」
「え?」
「ミネバを知るのは私一人で十分だ。この唇もこの首筋も、ふくらんだ乳房やすぐに硬くなる乳首も、おなかのラインもそしてこの――」
「ふにゃあぅっ!」
 キシリアの指が伸びて、まだ筋しかないミネバの股間をふにっとつまんだ。ミネバが可愛く喘ぐのと、そこからとろりと愛液が滴るのとが同時であった。
「幼いのに良く濡れるミネバのまんこも」
 吐息と共に淫らな口調で囁くと、ミネバの顔がかーっと赤くなる。
「あ、あの、姉上…」
「ん?」
「ずっと…ずっとミネバと一緒にいてくれる…?」
「私がいなくなったら、ミネバは一人きりになってしまう。こんな甘えん坊なミネバを残して、私一人逝くわけには行くまい?」
 ミネバがこれを訊くのは初めてではない。
 そして、キシリアがこう答えるのも。いつも確かめていないと、不安でたまらないのだ。
「キシリア姉様…うんっ」
 嬉しそうに頷いたミネバの頭を軽く撫でて、
「一ヶ月留守にしていたからな、今日はミネバの言う事を聞いてあげる。さて、どうしてほしい?」
「あのね…」
 言い淀むミネバが、自分の下腹部へちらちらと視線を送るのを見て、キシリアはすぐに想像がついたが、何も言わずミネバが言い出すのを待っていた。
「今日は…ミネバが姉様に…してあげたい…」
 それを聞いたキシリアが、ふふっと笑った。
 連合麾下でありながら、まだコーディネーターを排除していない数少ない国だが、その宰相として政務と軍務の両面に辣腕を奮うキシリアの、どこにこんな笑みが隠されていたのかと思うような表情(かお)で微笑うと、
「期待しているよ」
 甘い声で囁き、自ら脚を大きく開いた。
(あ、姉上の…お、おまんこ…)
 ミネバがキシリアの女性器をまじまじと見るのは、これが二回目だ。いつも、キシリアに軽く愛撫されるだけですぐ達してしまい、キシリアに愛撫を加える余裕など到底無い。絵で見たような剛毛ではなく、髪と同じ色の淫毛が性器の上に形良く生え揃っており、これだけ脚を開いても小陰唇がびらびらとはみ出してもいないのだ。
 初めて見た時から清楚と淫らが相半ばしたような女性器に魅入られ、自分のも大きくなったらこんな風になるのかと、小さな胸を今から期待でふくらませているところだ。
(やっぱりきれい…いいなあ)
 頬を染めてうっとりと見入るミネバだが、キシリアは無論人形ではない。ミネバのつぶらな瞳がじっと食い入るように見つめている事は分かっているし、意図して居ないとは言え、時折熱い吐息が秘所にかかると股間に弱い電流でも流れたような衝撃が走る。
「ミ、ミネバ…そ、そんなにじっと…み、見てはいけないっ…んっ」
「えっ?」
 予期せぬ反応に、ミネバが思わず指でキシリアの恥丘を押してしまい、ぴくっとキシリアの女体が震えた直後、その秘所からつうっと透明な液が一筋滴り落ちてきた。
(姉上…もしかして、私に見られて?)
 反射的にミネバは、キシリアの股間に顔を埋めていた。少しざらつきのあるちっちゃな舌が愛液を舐め取り、膣口からクリトリスに掛けて懸命に舐めてくる。
「んくっ、んぅっ」
 まるで猫の舌に舐められるような微妙な快感に、キシリアの唇から思わず小さな喘ぎが漏れた。背中にむず痒いような感覚が流れ、急激に乳首が硬く尖ってくる。
(い、何時の間にこんな…ん?)
 まさか自分のいない間に、誰か女官で練習でもしたのかと、一瞬キシリアの表情が険しくなる。
 結構、独占欲が強いらしい。
 すぐに緩んだ。
 ミネバの拙い舌使いが、自分のそれによく似ていると気づいたのだ。
(私から吸収したか)
 優しく髪を撫でる手に、キシリアが満足していると感じ取ったのか、子猫がミルクを舐めるように更に音を立てて、ミネバの舌は膣口へ入り込んできた。一瞬上体をのけぞらせたキシリアの手が、シーツをきつく掴む。相手がミネバとは言え、ぎこちない舌の動きでこうまで感じるとは、全く想像もしていなかった。
(あふ…さ、さすがに子供でも…んっ…)
 ふうっと熱い吐息をゆっくりと吐いたキシリアが、ミネバの顔を持ち上げた。
「あ、姉上?」
「さすがミネバ、よく私から学んだ。今日は、ミネバがまだ知らぬ快楽を教えてあげる」
 ひょいとミネバを抱きあげてその脚を開かせ、自分の脚と交差させた。二人の股間が近づき、ぷにっと触れ合った瞬間ミネバの腰がぶるっと震える。
「ふにゃぁっ…あ、姉上今…わ、わたし…な、何か変っ」
「大丈夫、ミネバも慣れるから。ほら、私のを真似て?」
 幼い身体には強すぎる刺激だったのか、顔を真っ赤にしているミネバの秘所を開き、膣口同士をぐちゅっと押しつける。
「!!」
 初めての強烈な快感に、声を出すことも出来ずシーツをきゅっと掴んでいるミネバに、
「どんな感じがする?」
 キシリアが優しい声で訊いた。
「ミ、ミネバのっ…ミネバのまんこが…姉上のとくっついて…くちゅくちゅでびりびりって…へ、変になっちゃうっ」
「では、止める?」
「…や、やだっ」
「変になりそうなのに止めたくない?」
「だ、だってぇ…あ、姉上が…あぁんっ!」
「私のせいにするとは…んっ…お仕置きだな」
 妖しく笑ったキシリアが、性器をくっつけた状態で足を閉じる。開脚した状態で擦り合わせるより、この方が快感は数倍増す。手を後ろに突いてほんの少しずつ腰を動かすと、それを見たミネバが可愛らしく喘ぎながら、懸命に真似をして腰を振る。
 キシリアの思うままに喘ぎ、幼い身体を快感で震わせるミネバと、その痴態が自分の更なる昂ぶりをもたらしていくキシリア。
 熟れた性器と幼い性器が愛液をまき散らして押し合い、キシリアの唇から洩れる熱い吐息をミネバの喘ぎが包み込む。そこに、濡れた恥肉同士のこすれる音が加わり、淫らで熱い気が広い室内へ急速に充ちていった。
 
「ねえ、姉上…」
「ん?」
 キシリアの腕に抱かれだミネバが、こちらに顔を向けてキシリアを呼んだ。キシリアの淫らな腰使いで一方的に絶頂まで持って行かれ、くてっと脱力したミネバだが、その顔は満足感であふれている。
 久しぶりに抱かれて、満足したらしい。
「さっきの戦艦の事だけど、名前はもう決まっているの?」
 はい、とキシリアは頷いた。
「アークエンジェル、というのは大天使の総称です。主天使、とか守護天使とか、階級の名前を付けるのも趣がないので――」
 すっと起きあがったキシリアが、
「ウリエル、と。四大天使の一人で、地を司るとされています」
「ふーん…」
「陛下には、何か付けたいお名前がありますか?」
「ううん」
 ミネバは首を振り、
「でも、どうしてそのウリエルなの?」
「ウリエルは地天使、すなち地を司るもの。今は大西洋連邦の属領ですが、私が必ず陛下を独立国家スカンジナビアの女王にしてさしあげます。そしていずれは――地球上のどの国も、我が国を無視できぬ大国へと」
「じゃあ、地上を司るようにっていう意味なの?」
「はい、陛下」
「分かった。キシリアにお任せするね」
「仰せの通りに」
「でもその前に…」
「はい?」
「その…も一回えっちしたい…いいでしょ、姉上?」
「すっかり淫らな娘になったものだな、ミネバは」
「うんっ」
 起きあがったミネバが、キシリアの白い乳房へ甘えるように顔を埋めていった。
 
 少々無謀にも思える戦艦建造だが、コーディネーターを排除していないこの国では、金銭面と人材面で不安はない。連邦の上層部から咎められたところで、キシリアは軽くあしらう自信があった。
 数頼みで戦争を始めながら、ザフトの質に押し返される程度の連中を片手であしらえなければ、幼少のミネバを抱えて政治や軍事に全権を把握するなど、出来るものではないのだ。
 この戦争の行く末は、さすがのキシリアにも分かっていなかったが、遠からず連合が追い込まれることは既に予測していた。第八艦隊のハルバートンが提唱したG計画は、確かに優れた内容ではある。
 だが、同じ物を使った場合コーディネーターの方が使いこなせる、と言う致命的な欠点があるのだ。モビルスーツを動かすOSも、連合のそれはナチュラル用にレベルを下げてある事を既にキシリアは知っていた。おまけに、地球対プラントの図式になってすらいない。
 オーブのように最初から中立を宣言している国や、大西洋連邦に従いながらひそかに機を窺っている国もある。無論、スカンジナビアは後者である。
 ナチュラルとコーディネーターの戦争の図式であり、しかも殆どのコーディネーターはプラントへ上がっているにもかかわらず、未だに地球をまとめる事の出来ない連邦など、キシリアから見れば役立たずの集まりである。もしも連邦に、この国の先々代のような人材が集まっていれば、キシリアもここまで自由には動けなかったろう。
 今回の探索で手に入れたのは、アークエンジェルの設計図だけではなかったのだ。但し、MSまで造ってしまうと少々厄介なので、さしあたってアークエンジェル級戦艦の建造だけにとどめるつもりでいた。
「連合は必ず弱体化する。その時までは飛翔の為の力を蓄えながら従っておく。だが時が満ちた時は――」
 図面を見ながら、キシリアの双眸には野望の光が満ちていた。
 なお、このスカンジナビアは、現在ザフトの最高評議会議長であるシーゲル・クラインがひっそりと生を受けた国であり、先々代の影響もあってキシリアもコーディネーターを自軍に組み込む事に、何の禁忌も抱いていない。
 伝染病の保菌者でもあるまいし、余計な先入観など国力を弱めるだけで、まったく役に立たないのだ。
 
  
 
 
 
「タリア・グラディス参りました」
「掛けたまえ」
「はっ」
 この日、タリアはパトリックから内密に呼び出されていた。顔を合わせるのは初めてではなく、タリアの方からミネルバの外装を依頼した件だ。
「配する人材と機体については、既に把握したな」
「はい。既に艦橋のクルーは全員面会してあります」
「結構だ」
 既にタリアも、自分が艦長に選ばれた訳は理解している。戦績でも家柄でもなく、その未知数に期待するという、ある意味投げやりにも見える選択だが、投げやりでこんな戦艦は造らないだろう。
 出来たばかりの戦艦だし、次の議会選挙でパトリックが国防委員と最高評議会と、両方のトップに就くまでは出航出来ないから、その前にと艦橋付きのクルーとは個別に会ってきた。最新鋭の装備に加え、ロールアウトしたばかりの最新型MSグフイグナイテッド、そしてザクウォーリアはいずれも、ザフト軍本体にすら配されていない機体である。
 またパイロットにはハイネ・ヴェステンフルス、レイ・ザ・バレルの赤服二名とルナマリア・ホークまでもが急遽回されてきた。しかも、これだけの戦力を抱えながら、目下ザフトに取って一番厄介な敵になりつつあるアークエンジェルと戦うのではなく、地球にあるザフト基地の支援に回れと言う。パイロットや機体の手配はすべて、パトリックが直々に行っており、このミネルバに対するパトリックの意気込みも分かろうというものだ。
 艦橋で通信やMS管制を担当するアビー・ウィンザーを始め、各クルーも優秀な者達ばかりだが、タリアが一つだけ気になったのは副官であった。
 配されたのは女性士官のマウアー・ファラオ、グラマーで美人で有能で、顔はともかくその胸は呪いたくなる程だったが、問題は外見にはない。マウアーは――ハマーン・カーンの従妹なのだ。
「これがアークエンジェルと、同乗しているパイロットの本当の姿だ。よく見ておけ」
 そう言って、パトリックに無修正映像を見せられる前は、別に気にならなかったろう。スタイルの良さや能力は、ちょっと羨ましいと思うことはあっても、警戒対象になどなりはしない。
 ハマーンが後方からデュエルを撃ち、しかも敵である筈のストライクを地表へ逃がした所も、映像には映っていた。正確には蹴ったのだが、地球へ向けて蹴飛ばしており、実質は逃がしたに等しい。これが議会に流れたら、蜂の巣を突いたような大騒ぎになるはずだが、
「ハマーンは誇り高き戦士だ。気にする必要もない」
 と、パトリックは事も無げに告げたのだ。
 パトリック・ザラが、そう易々と他人を信用しないことはタリアも知っているが、そのパトリックがハマーンに対し、毛先ほども疑念を抱いていない事が、タリアにはどうしても引っかかっていた。表面だけの信用なのか、或いは本心なのかは見れば分かる。
 パトリックのそれは、間違いなく後者であった。
 タリアとて、ハマーンが全く理解できない訳ではない。あれだけ余裕を見せつけられて、こちらだけが取り囲んだ上で撃つような真似をしたくない、というのはタリアにも分かる。
 だが、たった一機で文字通り鬼神のような強さを見せた敵は、ザフトに取って間違いなく脅威となる存在なのだ。それが地上へ降りれば、たちまち使い物にならなくなるとは考えにくい。
 タリアから見れば背信行為にも等しいし、また事実そうなのだが、対ナチュラル強硬派の最右翼であるパトリックに取っては、気にする事もないらしい。
 そのハマーン本人ではないものの、親戚筋でしかも仲の良いマウアーが、副官として同乗するというのは、唯一にして最大の気がかりであった。
 とは言え、
「それで、人員に何か問題はあるか?」
「いえ、私が面会した限りでは、何も問題はありませんでした」
 さすがに、ハマーンの親戚が気になります、と口にすることは出来なかった。
 たとえ――声がよく似ていて、目を閉じて声を聞けばハマーンと間違うほどであっても、だ。
「ただ――」
「ただ?」
「その…戦艦一隻とはいえ、実質はザフト全軍の二割相当程度の戦力です。これを以て、地上になるザフト基地の支援だけというのは…」
「早くアークエンジェルの討伐に向かいたい、と言う顔だな。だが、まだ早い。確かに装備と人員だけ見れば、基地支援などに使役するものではない。しかし、あのアークエンジェルに積んでいるモビルスーツは飛べない。サブフライトシステムがあっても、宇宙のような動きは出来ない。それでも新型艦と新型のMSだ、連中が向かう先はアラスカだろう。不自由な戦いを強いられ、しかもクルーゼ隊を差し向ける事が決定している。人員は充実しているかに見えても、実戦経験を積んだ者は全体の一割程度しかいない今は、例えナチュラルの雑魚相手とは言え、実戦を経験する方が先だ。いいな、タリア・グラディス」
「ザラ委員長の仰せのままに」
 タリアはすっと一礼した。その思うところはどうあれ、パトリックは事実上ミネルバのスポンサーなのだ。これを怒らせて、万一艦長の任を解かれたりしたら元も子もなくなる。
「ところで、先日申し出のあった改造は終了したが…本当にいいのだな」
「お聞き入れ頂き、ありがとうございました」
 タリアがパトリックに頼んだのは、先端部分の改造であった。衝角を取り付け、敵艦に突っ込めるようにしたのだ。早い話が、白兵戦を想定した改造である。
 普段は格納されているが、いざとなれば敵艦に突っ込むべく、カジキの口の如き風貌に様変わりする代物だ。
 問題はただでさえ出っ張っている先端を砲撃やミサイルで破壊された場合、一瞬にして使えなくなってしまう事にある。その時は――艦ごと突っ込んでみるしかない。大体、こちらが優位に戦いを進めている時は、白兵戦に持ち込む必要などないのだから。
「ミネルバの能力は、現役のザフト艦と比べてずば抜けています。その為、味方が付いて来られずに、突出してしまうことも考えられますので」
 出なければ良かろう、と言いかけたパトリックを封じるように、
「本艦の乗員は、実戦を知らぬ者達ばかりですから――私を含めて」
 それを聞いたパトリックが微苦笑を見せた。さっきのセリフを、そのまま返されたのだ。
「戦艦やMS、或いはMAを使用した戦闘は現在の主流です。あれは場数を踏めば、戦慣れしてくるでしょう。でも、白兵戦など今の戦争では非主流、どころか皆無に近い現状です。こればかりは、条件は同じですから」
「女艦長同士なら尚更、か?」
「ええ…あっ!」
 頷いてから、釣られたと気付いた。
 タリアの視界には、既にアークエンジェル艦長のマリュー・ラミアスしか見えていないらしい。
(艦長に任じたのは少し早まったか?)
 そんな思いがパトリックの脳裏を過ぎったのだが、タリアが勝手にマリューをライバル認定しているわけではなく、いきなりの艦長就任で引き気味のタリアをその気にさせる為、クルーゼがせっせと煽ったのだ。勿論、パトリックからもタリアを艦長に任じた理由については、別途話してある。
 自分達が煽った結果だし、どのみち討たねばならない相手だから、あまり強くも言えない。
 それに、カードの手配は既に済んでいる。
 副官のマウラーが、実はいざという時艦の全権を任されていると知ったら、タリアはどんな顔をしたろうか。
 ただこの時二人とも、バルトフェルド隊が文字通り滅びへのカウントダウンを開始している事を知らない。特にタリアは、敵を前にアークエンジェルのクルーが全員一日休暇と称して艦から出され、その留守中にマリューが艦内をラブホテル化していた事を知れば、強烈な殺意を抱いたに違いない。
 とまれこの日、新型戦艦ミネルバはその存在を秘したまま出航準備を完全に終え、議会選挙でパトリックが全権を握る日を待つばかりとなった。
 
「まあいい。地上へ降りてしまえば私が同乗する訳でもないし、概要はこちらが指示するが委細は君に委ねてあるのだ。ザフトの名を汚すような事無く、地上のナチュラル共の目に、その勇姿を焼き付けてきてくれ。決して、忘れる事が出来ないようにな」
「はっ!」
 
 
 
 
 
(第六十八話 了)

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