著者 ねこばすちゃン
アルムの山小屋の挿絵は今回初めて見させて頂いたのですが、これもいろいろな意味で実に面白いです。 高畑ハイジの LD Box に附随する資料の中に、ロケハンが撮影してきた写真が掲載されていて、その中に当時のアルムの山小屋の写真が何枚かあるようです。 私は所有していないのですが、以前《ハイジページ》の龍野氏に掲示板上で見せて頂いたことがあります。 全般的には現在の山小屋と同じなのですが、見るからに草臥れています。小屋の後側などは土砂に埋もれかかっています。 相当古い建物だということが分かります。屋根瓦は現在のものと異なっており、当然ながら何度か修復されてきているのだな、ということを思わせます。 また、龍野氏は自ら撮影してきた山小屋の写真を氏のページに掲載しておられるのですが、その中には、他で見ることが中々できない小屋の内部や屋根裏部屋の写真もあります。 (No.11 と No.12 に注目)
アニメに登場する山小屋が、現存するこの山小屋をモデルとしているのは明らかですが、実際には細かい所でいろいろ変更されています。 それについて以前まとめたことがありますので、それを少し整理して、この場をお借りして再度発表したいと思います。 全部で 11 項目あります。しばらくお付き合いください。
---------------- 1. 屋根裏部屋の窓が、原作やアニメでは丸窓だが、実際の山小屋では四角(ガラス入り)。そして、今回分かったことですが、ミュンガー氏の挿絵では窓自体ない! 原作でははっきりと「丸窓」の描写があるので、それに合わせて挿絵に丸い窓を描き加えるのは簡単なことだったはずです。 それを敢えてしなかったのは、逆にミュンガー氏の挿絵が事実に忠実だということを示唆しているような気がします。現在ある四角い窓は、後に加えられた可能性がありますね。 それどころか、挿絵を見る限り、屋根裏部屋自体作り直された可能性があります。現在の山小屋では、狭いながらも屋根裏部屋があるようです。また、アニメでももちろんそのように設定されています。 ところが、元々は単なるロフトのような造りだったのかも知れません。山小屋の外からの描写を見ても、挿絵では屋根の直下までが白壁になっています。が、現在の山小屋もアニメの山小屋も、屋根裏部屋部分の壁は丸太です。 更に面白いことに、ロケハンが取材した当時は、小屋の裏側の屋根裏部屋部分の壁も丸太なのです。この部分は現在は平板です。これらの事実は何度も手が加えられていることを物語っています。古い建物なので、それは仕方がないことでしょう。 tshp さんも御指摘されていますが、実際に使用する小屋としては挿絵に描かれている小屋の方が機能性が高いような気がします。そして、実物も元々はそうだったのかも知れません。スピリは都会育ちの人だったので、この辺りの事情は多少疎いところがあったのかもしれませんね。 いずれにせよ、後々現在のような屋根裏部屋に変更されたと考えるのが妥当のような気がします。それが、スピリの小説に合わせてなのかどうかは定かではありませんが。 ロフトのような屋根裏部屋の挿絵を見て思い出したのは、1979 年に制作されたスイス・ドイツのテレビ映画『ハイジ』です。 これは全 26 話からなるシリーズもので、原作にかなり忠実に作られています。2、3 年程前、テレビで放送されているのを見る機会があって、ビデオにも録画致しました。 このドラマは、200 年程前に建てられた山小屋を実際に使って撮影されているのですが、この山小屋は現在はサンモリッツ近郊の「もうひとつのハイジ村」に移されて保存されているようです。(スイス政府観光局発行の小冊子『ハイジの国へようこそ』より) さて、話を戻しますと、この山小屋の屋根裏部屋がまさにあのミュンガー氏の挿絵にそっくりだったのです。単にこの方が撮影がしやすかったということなのかも知れませんが、このタイプの屋根裏部屋が割と一般的だったということの現れではないかとも思えます。 ただ、このドラマの中では、梯子を上って屋根裏に上がったクララのおばあさまに妙なセリフを言わせています。「あら、本に出てくるのとそっくりだわね。」 本って、まさか『ハイジ』のこと? 下のページにこのテレビ映画の説明があります。残念ながら、屋根裏が写っている写真はありません。ハイジは栗色の縮れ毛の子が演じています。 尚、上述のサイトはドイツにおけるテレビ番組のデータベースになっているようで、高畑ハイジのデータも当然載っています。下のページには、全 52 話のエピソードガイドや、ドイツにおける高畑ハイジの放送履歴なども載っていて、中々面白いです。
---------------- 2. 原作では小屋の後ろに 3 本の樅の木があることになっていて、アニメでもそうだし、なんと挿絵でもそうなっているが、現在の山小屋の後ろには樅の木は生えていない。 私はこれはスピリの創作なのだろうと思っていました。ですので、今回山小屋の挿絵を見て仰天致しました。丸窓を描かなかったミュンガー氏のことです。わざわざ原作に合わせて樅の木を描いたとは考えにくいです。 恐らく実際に樅の木があったのでしょう。家の裏側に木があるのは、何も不思議なことではありません。むしろその方が自然ですよね。 どうして切ってしまったのでしょうね。放牧のためでしょうか。尚、前述の龍野氏の話では、裏手に切り株のようなものは見られなかったということです。 (注・アニメでは山小屋の真後ろに樅の木がありますが、挿絵ではやや西より、小屋正面に向かって左手にあるようです。また三本かどうかははっきり確認できません。1〜2本の可能性があります。また小屋から少し離れた部分に一本かかれた挿絵がありますので、きちんと並んで三本ではなく、バラバラに生えていてあわせて三本かもしれません・・ tshp)
---------------- 3. 挿絵や実際の山小屋の正面には入口のドアがあるだけで窓はないが、アニメではドアの向かって右側に窓が設けられている。 実際の山小屋の中はかなり狭いようです。後でも書きますが、部屋の真ん中に階段があるため、余計狭く感じるようです。アニメでは山小屋の中をかなり広めに設定しているようですね。 尚、実際の山小屋でも、山羊小屋のある方向には窓があります。挿絵でもそうなっていますね。
---------------- 4. アニメと実際の山小屋では、煙突の位置が左右逆。この辺りは挿絵ではちょっと判別できませんでした。(でも、5 参照。)
---------------- 5. アニメでは右手奥にかまどがあるが、実物では左手奥にキッチン。 キッチンは後で加えられたものでしょう。煙突が左側にあるので、かまども左側にあったものと思われます。興味深いことに、挿絵でもかまどは左手ですね。(ということは、煙突も左側だな。) (同感です。たぶん昔からそうでしょうね。tshp) ---------------- 6. アニメでは屋根裏部屋に上がる梯子は入って左側にあるが、実物では部屋のほぼ中央に階段がある。挿絵では、部屋の奥に簡単な梯子が用意されているだけ。 1 で述べたように屋根裏部屋を作り直した際に、階段も設けたのでしょう。そのために、かなり狭くなってしまっているようです。
---------------- 7. アニメでは山小屋の裏側に窓はないが、実物では窓がある。 現在の山小屋では、ちょうど裏窓のある辺りがキッチンになっているようです。それから、屋根裏部屋にも裏窓があります。挿絵では部屋の奥に扉のようなものが見えますが、これは何でしょうね。戸棚でしょうか?
---------------- 8. アニメでは作業部屋は山小屋の奥まで延びているが、実物では半分ちょっと位までしか奥行きがない。 山羊小屋の入口が山小屋の前面より引っ込んでいるため、後側から見た山小屋と前面から見た山小屋とが同じように見えます。 ロケハン取材当時の写真では、作業部屋と山羊小屋は、あたかも後から付けたような感じを受けます。屋根も山小屋本体とは別になっています。 でも、ミュンガー氏の挿絵にも山羊小屋はありますね。アニメで作業部屋を広くしたのは、やはり奥行きを持たせたかったからでしょうか。
---------------- 9. アニメでは山小屋の前に柵があるが、現在の山小屋では、柵は全体をぐるっと囲んでいる。 面白いことに、1973 年当時の写真を見ると、山小屋の柵はアニメと同じように前面にあるだけです。 柵の両端は、それぞれ作業部屋と山羊小屋の端に繋がっています。そして、これもアニメと同じように、向かって右側に柵の切れ目があり、そこから出入りできるようになっています。 ある時点で、昔の柵を取り壊して、現在のように全体を囲むものに変えたようです。 柵の出入りする箇所に扉を設けているところを見ると、これは小屋の周囲で牛を放牧するためではないかと思われます。でも、この柵もミュンガー氏が挿絵を描いた頃には無かったようですね。 下のページの写真は、それほど前に撮られたものではなさそうですが、柵は 1973 年当時と同じものです。 ---------------- 10. アニメでは水飲み場は小屋の右裏手にあるが、実際の山小屋では、少し下ったところにあるらしい。 下の写真は、上の 9 で紹介したページの次のページなのですが、山小屋の近くの水飲み場を写しています。水受けの感じなども、アニメのものを彷彿とさせます。 (注・これは注目すべき情報です。 tshp) ---------------- 11. アニメでは屋根は赤色。 これは単にきれいに見せるためだけでしょう。アルムの山小屋だけ屋根が赤いというのは、ある意味面白いことなのですが。 (注・挿絵では屋根は石を載せています。アニメのペーターの家と同じ感じです。貧乏くさいですが、日本でも昭和30-40年代(1960年代)には街中で普通にみられました。赤い屋根にしたのは上記のご意見のとおり、アニメ的にきれいに見せようとしたのでしょう。よく気がつかれたものだと視点の的確さに驚きました。 tshp) 以上です。 補 足 ルドルフ・ミュンガーの挿絵から、いろいろとアルムの小屋についての考察が進展してまいりました。 現実のアルム山小屋とアニメ、さらに古い挿絵があることで、考察に深みが出てきました。しかし、その挿絵が本当に当時の現実にそくしたものであるかは、まだまだ検証はできていません。 フィクションなのに実際とどうなのか・・なんて、余計なことを知りたがるのは多分、困ったファンなのでしょうが、やはり調べてみたいですね。 挿絵をかかれた画家たちのドイツ的な生真面目さに期待したいです。
さて他の版の挿絵に言及するなら、パウル・ハイの挿絵も古く、最初が1929年に描かれています。 これは福音館版や角川文庫版に使用され、もっともポピュラーですので、どなたでも確認できます。 そしてハイの描くアルムの山小屋は数多いのですが、ほとんどが左前からみた構図に限定されていて、全体を描いたものは一枚しかありません。 勝手な推測ですがハイが参考にした資料は、どうやら非常に限られていたような気がします。現地に足を運んだとは思えません。 また、ハイジの挿絵でもっとも古いものは、1885年のルドルフ・ガイスラーという画家のものです。 この挿絵は実にリアルで美しく、しかも初版発行からわずか4年目のまったくの同時代の挿絵です。これがもし現地取材されたものだとしたら、多くのことがわかるでしょう。ぜひとも確認してみたいですね。 ハイジの挿絵というのも、いろいろ調べてみると一つの研究分野として確立できそうです。
さて、まだまだいろいろと考察は続きますが、さらに発展しそうですね。 2003/3/21まとめ |