2005年フィラデルフィア管弦楽団アジアツアー日本公演を聴いて


●5月22日(日)サントリー・ホール
クリストフ=エッシェンバッハ指揮フィラデルフィア管弦楽団
ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第4番(ピアノ:ラン=ラン)
マーラー:交響曲第5番

 今回初めて「フィラデルフィア管弦楽団」を実演で聴いたことになる。千円でプログラムを購入してメンバー表を見てみると、世代交代が進んでいるようで、残念ながら1977年当時ユニテルの演奏に収録された奏者は殆ど「名誉退職」という扱いか、メンバーリストからは消えていた。見間違いでなければ、舞台で見ることができたのは、準コンサート・マスターの William de Pasquale と R.Woodhams くらいか・・。他にも記憶のある名前はあったが、2階席ではそこまで確認は出来なかった。せめて、 Nolan Miller は実演でひと目見て聴きたかったが・・・

 ベートーヴェンのピアノ協奏曲は、ラン=ランの見事なピアノとフィラデルフィアの完璧なアンサンブルによる実に見事な演奏であった。ピアノ協奏曲ということで弦セクションの人間は多くは無いのに、その音の厚みに驚いてしまった。「弦のフィラデルフィア」は ormandy時代程(あくまで想像ですが)では無くとも健在のようだ。

 マーラーの5番は「流石フィラデルフィア」という見事な印象と「これでもフィラデルフィア?」という残念な印象が入り交じった複雑な心境にさせられた。問題はホルン・セクションだ。レコードやユニテルの映像で見聴きしたフィラデルフィアのホルン・セクションの印象は驚異的な「磐石」さなのだが、今回の公演のホルン・セクションは不安定さや音の濁りが目立った。特に3楽章は最も目立つところでそれを露呈してしまったので致命的とも言える。以前、ニューヨーク・フィルハーモニックの驚異的なホルン・セクション(というよりも突出した首席奏者)でマーラーの5番を聴いた印象が強いので余計にそう思えた。トランペットも決めて欲しいところで音がひっくり返ったりという場面があったりと、ファンとしては残念なところが目立った。

 とはいえ、他のセクション、特に弦セクションはその驚異的なヴィルトゥオーゾティを堪能させてくれた。木管セクションも、特にオーボエのR.Woodhamsの音色は印象的であった。金管セクションも不満点はあったにしろ、弦を音で圧倒してかき消す場面は殆ど無く、必要なところではちゃんと鳴る・・・という上質なアンサンブルはまだまだ健在だったと思う。トロンボーン・セクションは文句なし・・・かな。我ながら辛辣な評価となってしまったが、ormandy時代の驚異的なアンサンブルがリファレンスだから仕方がないか。この時代の最良の記録がレヴァインの指揮で残されているし・・・。

 それにしても、エッシェンバッハの決して見やすいとは言えない指揮と変動の多いテンポにもかかわらず殆どアンサンブルが崩れないというのはやはり驚異的だ。


●5月23日(月)サントリー・ホール
クリストフ=エッシェンバッハ指揮フィラデルフィア管弦楽団
マーラー:交響曲第9番

 「弦のフィラデルフィア」で聴くマーラーの9番というのはなんという贅沢だろうか。今回も優秀な弦セクションの驚異的なアンサンブルを再確認した。特に3楽章のクライマックスの最後、驚異的なスピードに一糸乱れず追従するアンサンブルには舌を巻くのみだ・・・。あのたっぷりとした弦で、調性と無調との境界を彷徨うこの傑作の4楽章を聴けるとは・・・得難い体験だった。

 それにしても、このシンフォニーの1楽章はまさしく「カオス」で、スコアからは想像もできない程混沌とした音響であった。エッシェンバッハの劇的な指揮がそれに拍車をかけていたように思う。

 David Bilgerのトランペット・ソロも、多少のミスはあったにしろ、軽やかでヴィブラートのかかった音はあのGil. Johnson を想起させてくれた。あともう少し音が大きければ・・・とも思ったが、それは無い物ねだりかもしれない。

 ただ、残念ながら、ホルン・セクションはここでも不調であった。2楽章最後のピッコロの音が完全にすっぽ抜けたり、4楽章の最後のクライマックス前で音が1小節程途切れたり(指揮者とオケがお互いを見失ったようだ)・・・というアクシデントもあり、ここでも、「流石フィラデルフィア」という見事な印象と「これでもフィラデルフィア?」という残念な印象が入り交じった複雑な心境にさせられたしまった。

 まだエッシェンバッハの音楽監督就任間もないということと、ストライキの影響も無関係では無いと思うが、やはりファンとしては「流石フィラデルフィア」という印象だけのコンサートであって欲しいものだ。次回を期待したい。で、名古屋にも来て欲しい。できれば、今度は印象派のプログラムを入れて欲しいものだ。


●東京公演あれこれ

・幕後狂言
 日曜日の公演終了後、スタッフに不満をぶちまける人達がいた。耳ダンボで興味深く聞き耳を立てたが・・・どうやら、何かの招待客の胸元に付けられていた識別(?)用のピカピカ光るフラッシュが公演中ずっと点滅していたらしいのだ。2階席からは気がつかなかったが、舞台を取り囲む席からは目について仕方がなかった・・・ということでかなりご立腹の様子。もちろん、オーケストラからもその点滅はよ〜く見えたことであろう。マーラーの苦悩と関係ないところで、楽曲のテンポと無関係のそのフラッシュの点滅に苦悩されていたそれらの被害者(?)とオーケストラに思わず同情してしまった。ちなみに、ホールを出ると、その加害者(?)と思しき方々の胸元のフラッシュが眩しかった・・・なんだかなあ・・・

・エッシェンバッハの指揮ぶりについて
 協奏曲でソリストの名サポートに撤していた氏は、メインのプログラムになると、マーラーへの思い入れと意気込みの強さを隠しきれないような指揮ぶりを披露した。客席から見た限りでは洗練された指揮ぶりとは言い難いが、時折見せる、祈るような仕草、腕を上下に揺らしてオーケストラに指示を与える・・・といった場面をしばしば見ることになった。

・永遠の沈黙
 マーラー9番の最終楽章が終わった後、息詰まるような永い沈黙が会場を支配した。指揮棒がゆっくりとゆっくりと振り下ろされるのを聴衆が黙って見守るその時、指揮者は聴衆も支配していたのかもしれない。指揮棒が足までゆっくりと振り下ろされると、我慢できなくなった聴衆からようやく拍手が・・・至福のマーラー体験であった。

●フィラデルフィア管弦楽団アジアツアー 公式ブログ

 期間限定ですが、オーケストラのホームページにアジア・ツアー2005の導入画面が用意されています。現地からのホットな情報としてブログ(http://www.philorch.blogspot.com/)も用意されていました。あと、WRTI, Temple University Public Radio,WRTI-FM (063-00)もこのツアーに関連した放送を予定しているようです。(http://www.wrti.org/)興味のある方はどうぞ。 


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