英語習得のための
7つの心構え



1. 四技能のバランスを取る。

異文化間コミュニケーション(intercultural communication)で通用する英語の運用能力 (command of English)には、英会話で連想されるような限られた言語技能ではなく、リスニング、スピーキング、リーデイング、ライテイングの4技能のバランスの取れた習得 (acquisition)が必要です。インタ−ネットの普及に伴い、サイトを見たり、電子メールを交換する機会が増えた現在、実用英語または実践的な英語力とは、英会話に留まらず、読み書きの要素が加わり、4技能すべてが実用能力であると言えます。また、英検やTOEIC、TOEFLに対策に限定した学習だけではなく、どんな状況や英語媒体、さらにジャンルににも対応できる真の実力を身に付けることが大切であり、目標のハードルは高めに設定した方がよいでしょう。

この4つの技能は、まずは、それぞれ情報伝達の手段 (medium)として、リスニングとスピーキングの話し言葉とリーディングとライティングの書き言葉に大別できます。これらは授業や学習法ではセットになっていることが多いのですが、SLA(第二言語習得)の理論から見ると、情報の送受信形態(mode)から分類したリスニングとリーディングの受信技能 (receptive mode)、スピーキングとライテイングの発信技能 (productive mode)の関係にそれぞれ学習の相乗効果 (multiplier effects)があるため、むしろこちらの組み合わせてを重視した学習の方が効率がよいと言えます。中でもリスニングが、リーデイングに留まらず、スピーキングやライティングにも関連していることがわかっています。そのため、英語学習の中心にリスニング活動を置くことが英語習得の成功のカギであることを忘れないでください。

リスニング力は、筋肉のように、使わなければ衰えやすく、音声を聞いて、識別するという生物的なレベルの発達と長いインプットに耐えられる注意力(attention)と記憶力(memory)という認知力(perception)の発達も求められます。リスニングは、自分の思ったようには聞き取ってくれないし、回避したり省略したりできないのです。口、目、手のように耳は自由に動かしたり、機能を調整することはできません。リスニングのための学習は肉体改造の一部と位置付け、筋力トレーニングのようにコツコツと英語の音を聞き取れる練習を続け、新たなる見えない感覚器官を頭の中に作り上げようとする気構えで頑張りましょう。


2. 資格試験用の学習だけに終らない。

TOEICやTOEFLでは会話や作文が出題されないからと言って、点数に直結しない学習を避けるのはナンセンスです。必死にTOEIC教材で学習している傍らにいる英語圏からの留学生との交流にまったく無関心な学習者の姿を見ると英語学習の意義は何であるか首をかしげたくなります。得点のために英語を学習するのは、道具的動機づけ(instrumental motivation)で英語を学習しているのであり、目標点に達すると英語学習から徐々に英語学習から遠ざかる人が非常に多いです。私が指導してきた大学生の中にも英検準1級(STEP pre-1st grade)を取った途端に英語学習をやめた者が実際にいます。

それに対して、広く長期的視野から英語学習を異文化コミュニケーションの手段として捉える統合的動機づけ(integrative motivation)のある学習者は長続きし、よって最終的な英語力も高い地点に到達します。しかし、英語好きな人ほど英語ができるとは限らず、背景知識が必要なハイレベルの内容が素材になる時には、英語力だけでなくコミュニケーションされるメッセージの内容に対する理解力、すわなち教養やインテリジェンスが求められます。そのために、ふだんからメデイアの英語などに接して、教養を高めておくことも忘れてはなりません。

資格試験に取り組むなら得点が必要な事情がない限り、TOEICやTOEFLのような限定された技能しか測れない試験ではなく、面接試験を含み4技能すべてを計る実用英語検定の学習は現実の英語使用に耐えうる実力が付くと考えられます。生涯オールラウンドな英語力を身に付けたい学習者は英検1級合格を目指して頑張ってください。大学生の場合は、在学中に準1級を取得してください。

資格等の得点だけが自分の英語力を証明するものでないことを認識してください。洋画が聞き取れた、外国人に英語が通じた、英文サイトがすらすら理解できるようになった、英字新聞に投書したら自分の英文が出た、などたくさん証明する機会はあります。しかし、これら実戦そのものと思われる場面はテストのように数量化するのは困難であり、証明書(certificate)が発行されません。真の英語力は、免許マニアが喜ぶような紙切れではなく、実際の英語使用の場面における本人が自覚する達成感であり、これが励みになって次なるステップへチェレンジするのです。そのためにも、英語は使い続けなれならないことを留意していただきたいと存じます。


3. 明確な目標を設定する。

目標なき英語学習は、趣味の領域 (pasttime)です。英語学習そのものを趣味にすることは内発的動機づけ (intrinsic motivation)が確保され、高い学習の到達点が期待できると考えられています。しかし、仕事や受験など外発的な動機(extrinsic motivation)で英語を学習している人や、両者の混合した動機づけの方々もいます。そういう人には、動機を高く維持し続け、効率的な学習計画を進めるために、明確な目標の設定をすることが大切です。英語学習の目的は、大目標、中目標、小目標に分けられます。

大目標、または長期的目標 (long-term targets)とは、将来自分が最終的に達したいと考えている最終到達点であり、ネイテイヴ・スピーカーやそれに近いニア・ネイテイヴ・スピーカーのレベルを目指す人もいれば、日常会話に不自由しない程度、または英検1級、TOEIC970点など資格試験の最上位を目指す人もいます。大目標には具体的な期限などは設けず、生涯のうちで、結婚するまでには、20年以内になどのおおまかな設定にしておきましょう。中目標 (medium-term targets)は、数カ月から数年で確実に達せそうな、手が届きそうなレベルです。なるべく具体的な期限を定め、人によっては、達成時に自分自身に対する褒美として、海外旅行や車の購入、その反対に不成就のときは、ケーキはもう一生食べないなどの罰則を定めた方がやる気が出る人もいます。小目標 (short-term targets)は、達成値というより、日々の学習や数日でこなす学習内容や量のことです。来週の水曜日までの77ページまで進むとか、単語を200暗記するなどがそうです。これら3つの目標を部屋のどこかに目立つところに掲げ、日々心を新たに英語修行を続けてください。


4. 訳さずに聞き、訳さずに読む。

リスニングの最中は、聞こえてきた英語を訳したりする時間はありません。また、リーディングでは一字一句訳して、自分で作った和文を読んで初めて理解しているようでは、英文の検索エンジン(search engine)で何かを調べたり、電子メールに即座に対応することができません。受信技能の学習では、だいたい80パーセント程度の理解度 (comprehension)を目安に満足し、どんどん先に進みましょう。ただし、実務では、そのような理解度では済まない場合があります。正確に聞き取らなければならない場合は、テープなら何度も聞いて、ディクテーションを行い、会話では何度も聞き返して確認し妥協してはいけません。英文も契約書や説明書など、正確に理解しなければならない場合は訳することも必要な場合が出てくるはずです。

英文の速読速解のためには、英文和訳から早く脱却するようにしてください。米国の大学に留学している人に英文和訳している人などいません。いたらそれは珍獣 (rare species)です。ただし、訳する技能そのものは、翻訳技能 (translation)として実用価値があり、重宝される技能で職業 (occupation)として成り立ちます。通訳技能(interpretation)と並んで翻訳はこれまでの学習してきた成果を他人のため、社会のために貢献できるチャンスです。それゆえに、美しい日本語に訳する練習や、その逆に何かの日本語のメッセージを英語の訳すことも日々の英語学習の中で価値あることです。このように翻訳力を高めたい人に絶好の教材に、毎日無料で見られる読売新聞、朝日新聞、毎日新聞の英文サイトがあります。英文の社説のには必ずオリジナルの日本文があります。日英両方を見ることができるので、和文英訳、英文和訳どちらも自由にでき、しかもしっかりとした内容のある英文です。ぜひ試してみてください。また、キャプション・デコーダーやDVDを活用して、セリフ(line)の字幕 (subtitle)作りも楽しくできる学習法のひとつです。


5. まずは言えることを言い、書けることから書く。

英語のコミュニケーションをスムーズに途切れず継続するために、コミュニケーション・ストラテジー(communicaiton strategies)という技法がネイティヴ・スピーカーもノン・ネイティヴ・スピーカーも使用することがあります。これは、英語で言えない語彙を英英辞典にある英文定義のように説明してボキャブラリーの不足を補う方法 (paraphrasing)などに代表される生産的ストラテジー(productive strategies)と、言いたいが英単語が分からないために、会話の流れを優先させて回避 (avoidance)したり、途中で投げ出す(abandonment)などの減産的ストラテジー(reductive strategies)に分類されます。

一見英語が流暢で途切れず話している人の中には、実は回避を時折入れている方がいます。母語でも軽い会話は弾むけど、何かまじめな話題について意見を求められたりするとつまったり、吃ったりすることがあると思います。すなわち、すでにメッセージとして頭の中に現存するものは、発話するだけでよいわけです。それに対して今まで考えたこともない話題について話したり書いたりする場合、発すべきるメッセージを定める発案プロセスが介入します。当然この分発話は遅れます。外国語になるとこの2つの場合に要する時間の差が顕著になります。天気の話や自己紹介程度の英会話のレベルで留まっている英語学習者は、ディスカッションになった途端に沈黙したり、行き詰まることがあります。こういう学習者を批判しているのではありません。こういう人の方がむしろ多いはずです。あらかじめ準備されたメッセージ (planned speech)と即興のメッセージ (unplanned / impromptu speech)の発話に要する時間にギャップがある人は少なくありません。頭の中にあるメッセージと実際に相手に理解されるメッセージに大きな量的・質的落差を感じている人は、思い切って会話の内容や正確さのレベルを下げて、初期の段階で回避ストラテジーを時折使う柔軟性を持つようにしましょう。

ビジネス交渉などの実務で母語と変らないレベルで会話しなければならない場合は別として、多少の誤差はあっても命に別状のない程度の内容であれば、すべて正確に伝えようとして、沈黙したり会話をとぎらせ、相手を苛立たせたり、不安にさせたりするよりは、正確さ(accuracy)より流暢さ(fluency)を優先させた方が適切である場合があります。言えない語彙を避けるだけでなく、内容そのものを回避し、別の話題にしても構わないのです。不誠実と思われない程度に話を創作してもよいのです。ただし、これは一時しのぎの非常食のようなものと考えてください。会話が終わった後で内容や自分の話し方を反省して、辞書などで丹念に調べ、次回同じ人物と会った時にその回避した語彙や内容を進んで持ち出し会話のイニシアティヴを取るぐらいの積極性 (positiveness)を持つようにしましょう。そうすれば、洗練された英語 (sophisticated English)に発展していきます。その反対に通じればよいと開き直った態度を一貫し、ブロークンな(文法的にも語彙的にもめちゃくちゃな)英語や不正確な発音を続ける人は、化石化 (fossilization)という修正不可能な (incorrectable)状態に陥ります。

言葉が発せられると、聞き手に伝わるのは単にメッセージだけではありません。話し手の印象も同時に伝わります。ひどい英語を使い続けると、向上心がない、不誠実である、頭が悪いなどの否定的な印象をも与えかねません。だからと言って黙っていると同じように無能であると判定されることがあり、なかなか難しい問題です。私の著書で英語学習されている方々は「きれいな発音で流暢かつ正しい英語」(clearly-pronounced, fluent, and accurate English)を心掛けてください。

ライテイングの場合も、和文を翻訳するようなプロセスで書いていたのでは時間が足りません。文字に残る分だけ表面的な要素に気を配りがちです。契約書などの正確さが求められる公式文書ではない、簡単ややり取りや英文でチェットなどをする場合は、会話と同様に回避ストラテジーを使いましょう。また、正確さを要する作文などをする場合でも、まずは辞書を使わず、知っている語彙や構文で全体をざっと書き上げます。和文を書いて用意することなく、英語で直接書き始めます。言い表せないことは書かないを原則に書き続けてください。どうしても回避できない重要な表現の場合は、空欄を作って先に進む。そして、全体の英文をじっくりと読み直し、今度は語彙と構文を辞書等を使ってより正確な、またより格調高い項目と入れ換えていきます。こうして推敲を何度も重ねてから誰かにチェックしてもらいます。いわば、壁にペンキを塗る時にゆっくりと一度に分厚く塗るのではなく、薄く何度も重ね塗りした方が全体をイメージしながら英文の修正ができ、作業もはかどります。


6. オーセンテイックな3Mを教材にする

 英語は教材用に調整された素材だけでなく、ネイティヴ・スピーカー用の妥協のない生の素材 (authentic materials)に触れることが大切です。日本でも英語教材の選択において、オーセンチックなものへ教材のシフトが進んできています。その背景には、本物嗜好とオーセンチックな教材が入手しやすくなった環境があります。特に、我々に身近な存在であるMEDIA、MOVIE、MUSICの3Mを活用しない手はありません。

Media

 メディアの英語は、非常に実用価値が高いインプット(practical input)であり、また比較的入手しやすいデータです。時事英語への関心が高まった背景には、社会、特にビジネス界からの実用英語に対する切実な必要性に由来します。ビジネスでは常に今日的な話題と直面しており、インターネット、新聞やニュースなどのメディアをフル活用した日々の情報収集が不可欠です。世界の情報の圧倒的量が英語で表され、保存され、交換されていることからも実践力として早い時期に「いまそこにあるある英語」に触れることの重要性が教育者や学習者の間でも認識されています。いまや衛星放送や有線の発達や普及により、外国のニュースがお茶の間で自由に聞ける時代となり、米大統領の演説の原稿や新聞記事もインターネットで無料で入手でき、さらにVOA (Voice of America)のサイト(http://www.voanews. com/) には、音声付きファイルも豊富にあり、いつでも好きなニュースを無料で選んで聞き、保存もできます。このようにメデイアを活用した理想的な学習環境が量的にも質的にも充実しており、学習者自身が自由に教材となり得るデータを入手できる環境が整備されています。自ら最新のネット技術に親しみ、常日頃から学習に活用可能なものを探し求める積極的な姿勢を持った学習者になってください。

Movie

 洋画(セリフが英語の映画)は、楽しみながらオーセンティックなダイアローグや語彙と音声、さらに視覚的コンテクストを提供してくれる理想的な学習素材です。また、クローズド・キャプション・デコーダー (closed caption decoder)やDVD、脚本 (screenplay)を入手することで、洋画の活用法は無限に広がります。脚本を読んでリーディング学習したりや脚本を書いてライティング技能を高めることもできます。 DVDが普及するようになって学習の効率と可能性は一段と飛躍しました。洋画の作品をたくさん見ればいいのではなく、気になる部分を何度も聞き返したり、英文キャプションを出して理解度を確認したり、さらに日本語の字幕を作って画面のプロの字幕と比較するなどのさまざまな活用をしてください。目安として、1作品を1か月かけてじっくりと学びましょう。1本のDVDから学び取れるものは何でも学んでみましょう。

Music

 洋楽(歌詞が英語の唄)は周囲にもっともあふれた英語媒体です。あまりにも身近で生活雑音の一部に治まり、空気のごとく意識しない存在となっています。学校での英語教育が始まるずっと以前の幼年期から意識的、無意識的に洋楽のインプットを受けてきているにも係わらず、日本の英語教育界では市民権を獲得しておらず、中学、高校、大学にいる一部の熱心な英語の教育者の授業を除いては、洋楽は授業ではまともに取り扱われていません。

 洋楽のCDを何百枚も家にある人も、洋画の歌詞をきちんと聞き取れて理解しているものはどのくらいいるのでしょうか。歌詞カード (lyrics)をしっかりと見ながら聞く人も少ないかも知れません。多くのリスナーは歌詞はメロデイや楽器の一部のような効果としてか認識していないのではないでしょうか。そうだとしたらこれはたいへんな宝の持ち腐れであり、絶好の学習機会を無駄にしている言わざるを得ません。英語学習素材は身近にあることに気づいていただきたいものです。

 洋楽は、あらゆる英語媒体の中でも聞き取りの難しさという点では、最上級に位置します。いくらリスニングが得意な学習者でも英語の歌詞はほとんど聞き取れないという人がいます。リスニング活動には内容理解 (comprehension)と音声認識(perception)に分けられますが、洋楽は後者の音声認識に利用すべきです。歌詞カードを利用して、自分で穴埋め問題 (fill in the blanks)を作って書き取ったり、特定情報の聞き取り(focused listening)を行って特定の情報を聞き取る訓練、また数日、数週間を費やして歌詞全部をデイクテーションしてみてください。


7. 継続は力なり。

英語の修行は、暇な時にすれば上達するような甘いものではありません。何かいまやっていることをひとつやめて英語学習の時間に充てる覚悟がなければものになりません。英検1級以上、TOEIC860点以上のレベルに達したい学習者は、周囲に変に思われるぐらい英語学習に没頭し、顔つきが変るぐらい必死に四六時中、頭の中に英語を充満させ、英語で夢を見るぐらいまで頑張らなければだめです。また、そのようなきつい学習に耐えられる体力作りと栄養の補給、さらに自らの学習モチベーションの維持にも気を付けなければなりません。何年英語を勉強してモノになっていないアマ向けの宣伝文句に扇動されず、自らが指導者と学習者の役割を果たしながら英語習得を目指すプロの英語学習者 (professional English learners)にならなければだめなんです。

英語力には賞味期限があります。英語は使わなければ錆び付きます。日本国内の在住者が資格等で目標を達したからと言って英語学習から遠ざかると英語力は確実に落ちてしまいます。一度付いた英語力は失われないというのは妄想 (fantasy)です。これは筋トレ(weight training)に似ています。筋肉は使わなければ衰え、脂肪 (fat)に変わり体内に蓄積されます。超回復期間 (super compensation period)である筋トレ後の48〜72時間の間に休養と栄養をたっぷりと採らなければ筋肉は逆に細りますが、英語学習には超回復期間はありません。いくら継続しても習得上の害はありません。特に、リスニングは毎日最低1時間は聞き続けることを忘れないでください。