Metamorphosis
ある穏やかな午後。聖殿の廊下を歩く夢の守護聖オリヴィエの姿があった。相変わらず派手な衣装に身を包んだ彼は、嬉しそうにたくさんの衣装を抱えている。
やがて一つの部屋の前に立つと、ノックもせずに勢い良く扉を開けた。
「は〜い、ジュリアス。おっ元気〜?」
突然の来客にもかかわらず、光の守護聖ジュリアスは驚きもしなかった。
「またそなたか。何度ノックをしろと……」
「ああ、もうお小言はいいからさ。今日はね、あんたとチェスをしようかなあって思ってさ」
「執務中だぞ」
「いいじゃないの」
オリヴィエは、大きな窓の傍に置かれたクッションの良い椅子に座ると、マニキュアの塗られた手をひらひらさせた。ジュリアスは大きくため息をつくと、テーブルにクリスタルのチェス盤を置き、オリヴィエの前に腰掛けた。と、同時にオリヴィエの白くて長い人差し指がジュリアスの目の前に突然差し出される。
ギョッとするジュリアス。
「一つ、提案があるんだけど」
「提案? 何だ?」
「チェスで負けた方が、勝った方の言うことを聞くって言うのはどう?」
ジュリアスはフッと笑う。
「いいだろう。そなたが私に勝てるとは思えんが?」
「ま、やってみてのお楽しみってね♪」
―んふふふ、ルヴァに作戦を聞いて来たもんね♪
「ねえってば」
地の守護聖ルヴァは気の進まない顔をする。
「う〜ん、なんか卑怯な気がするんですけどねえ」
「だ・か・ら、何もタダで教えてなんて言ってないじゃない。じゃ〜ん!」
ルヴァの目の前に一冊の本が出される。ルヴァはしばらくその本の表紙を眺めていた。
反応の遅いルヴァに、オリヴィエは号を煮やして本の表紙を叩く。
「『宇宙の生物形態と進化について』初版本だよ!」
「ええっ〜!!!」
ルヴァは本を取るとうっとりした表情で表紙を見つめる。
「大変だったんだよ〜。あのうさんくさい商人に頼み込んでさ。や〜っと手に入れてもらったんだから」
だが、ルヴァは話を聞いていなかった。は〜、とため息をつくと、
「この本をずっと探していたんですよ。何せとっても古い本ですからねえ」
「ちょっと! 人の話を聞いてんの!?」
「え?」
「その本と交換条件で、チェスでジュリアスに勝つ方法を教えてって言ってるの!」
「あ? ……ああ、そうでしたねえ。それについては、やっぱり卑怯のような気がするんですけどねえ」
ルヴァは本を見つめる。どうやら早くこの本を読みたいようだ。
「分かりました。教えますよ」
「やった! そうでなくっちゃ♪」
「チェスと言うのは戦と同じですからね。何通りかの方法があるわけです。人にもそれぞれクセと言うものがあって、そのクセによる弱点なんかもあるんですよ。それをついていけば勝てるんですが……」
「あー! もう!! そんな話はどうだっていいんだよ! どうすれば勝てるのさ?」
「きちんと理論が分かっていないと仕方がないんですけどねえ」
「冗談でしょ? そんな難しい話聞いてたら、しわができちゃう!」
「分かりました。私もジュリアスと何度かチェスをしたことがありますけどね、彼の指し方のクセは…」
「ありがとう、よく分かったよ。でもさあ、ジュリアスとよくチェスをやってるあのバカは何であまり勝てないのさ?」
「え? えっと…きっとオスカーの事ですからね、物事に集中すると他のことが目に入らなくなるんでしょうね」
「ああ、つまりジュリアスのクセが見ぬけないほどおバカって事だね」
「わ、私は別にそんなことは……」
「それともう一つ」
「は?」
「私は『あのバカ』って言っただけで、個人名は出してないよ」
一瞬呆けるルヴァを残すとオリヴィエは、
「サンキュ」
と部屋を出て行った。
決着にそんなに時間はかからなかった。呆然と盤を見つめる光の守護聖と勝ち誇ったような夢の守護聖。勝敗は明らかだった。
「もう一回やる?」
「…い、いや、良い。私の負けだ」
「認めるんだね?」
「自分の非を認めるのも必要だ。そなたの言うことを聞くのだったな?」
オリヴィエはその一言を待っていた。意味深に笑うと
「お化粧させて」
ギョッとするジュリアス。
「け、化粧? 私にか?」
「そう! ずーっと前からしたかったんだ」
大きくため息をつくジュリアス。
「仕方あるまい。約束だからな」
「そうこなくっちゃ!」
オリヴィエは用意してきた化粧道具を取り出すと、
「あんたの肌は何もしなくてもきれいだからね、ファンデーションのノリがよさそうだわ。アイシャドウはブルーかなあ。マスカラはこの色…。チークはこれよね。ルージュはこっち…いや、こっちも捨てがたいわ」
手際の良いオリヴィエの事、見る見るうちに美しくジュリアスに化粧を施していく。
「できた♪」
手鏡をジュリアスに渡す。
「ほ〜ら、きれいでしょ?」
ジュリアスは鏡の中の自分の顔に驚いた。決して嫌いではない自分の顔だが、こんなに変わるものなのか? 見ようによれば貴族の令嬢のようにも見える。
思わずぼんやり見つめるジュリアスの髪に、オリヴィエが手を加える。
「せっかくキレイにお化粧したんだからね。髪もきちんとしなくちゃ」
鏡の中のジュリアスが徐々に美しい女性へと変わっていく。
「う〜ん、満足♪ さあ、次は」
「ま、まだ何かするのか?」
「当然でしょう? その為にこんなに衣装も持ってきたんだから」
ジュリアスはその時はじめて、オリヴィエが持ってきた大量の荷物の意味が分かった。
オリヴィエは嬉しそうにドレスを物色する。
「そのお化粧とヘアスタイルに合うのは…」
公園のベンチに美しい女性が座っている。その噂は聖地中を駆け抜けた。一部の人物を除いて、あまり女性と接する機会のない守護聖や教官、協力者達にとって、少なからず興味のある噂だった。
特に1人の人物にとっては……
炎の守護聖オスカーは噂を聞くや、すぐに公園へ直行した。その女性を見つけるのに時間はかからなかった。
金色の髪を美しく編みこんだ、この世のものとは思えないほど美しい女性。どこか厳しさを感じさせる彼女は、聖地中の女性を知り尽くしているオスカーにとって、初めて見る女性だった。
「美しい女性が1人で何をしているんだい?」
優しく声をかけるオスカーに彼女は目を上げた。オスカーは彼女の隣に座ると
「レディ。もしこの後何も予定がなければ、俺と一緒の時間を過ごさないか? きっと忘れられない1日になると思うんだが?」
そして彼女の手をそっと取る。
「その美しい青い瞳で俺だけを見てくれ……」
「なるほど」
聞きなれた声が当たりに響く。
「そなたはそのようにしていつも女性に声をかけるのだな?」
ギョッとして目の前の女性を見るオスカー。突然女性は立ちあがる。女性にしては高すぎる身長、覚えのある威厳に満ちた態度、そして何より聞き覚えのある声……
「ジュ…ジュ…」
オスカーは青ざめて言葉がうまく出なかった。
「オリヴィエの言ったとおりだ。いつもの姿では見えぬものが見えた。オスカー」
「は、はい!!」
「後で私の執務室に来るように。そなたに聞きたいことがある」
そう言うと女性…いや、ジュリアスは正殿へと戻って行った。
ガックリと肩を落とすオスカーを、コッソリ見ていたオリヴィエは満足そうにうなづくと、
「さあ、次は誰をターゲットにしようかな♪」
とどこかへと歩いて行った。
−END−
【言い訳? むだなあがき? 開き直りかも…】
バカですねえ、ほんとに。
「アンジェ2」の中で、オリヴィエとのお部屋デートで、
「ジュリアスって化粧するとすっごくきれいなんだよ。チェスの勝負に勝ってメイクしちゃった」
という内容があったんですよ。
それでね、書いて見ようかと…。
く、苦情は神守まで(^^;)。