三ノ沢岳(長野県)

さんのさわだけ 標高2847m。

 三ノ沢岳は、一部の人たちには花の名山として知られているが、一般には知名度が高いとは言えない。
 筆者がこの山に興味を持ったきっかけは、 2001年に木曽殿山荘に泊まったときに小屋で見せてくれたビデオである。 高山植物の咲き乱れる三ノ沢岳を映像で紹介していた。 その時以来、いつかは登ってみたいという思いが頭の片隅に残っていたが、 なかなか機会がやってこなかった。
 そして、2011年の夏。 当初の予定では、北アルプスを数日かけて歩くつもりでいた。 ところが予定していた時期の天候がはっきりしないので、代わりに短時間で登れる三ノ沢岳のことを思い出し、 目標を変更した。 今回紹介するのは、そのときのものである。
 昔は、公共交通機関を利用して東京から伊那谷方面の山に行くには、 新宿発の夜行列車を利用したものだが、今はない。 夜行バスもないようなのだ。 変わりに昼の時間帯にはかなりの本数の高速バスが出ている。 JR利用では飯田線の本数が少ないので、費用的にはもちろんのこと、時間的にも高速バスの利用価値が高い。
 今回は、前日に駒ヶ根に入ってホテルで一泊し、 始発のバスとロープウェイを乗りついで千畳敷に上がり、三ノ沢岳を往復して帰京した。
 夏の駒ケ岳ロープウェイは大変に混雑するとことを知っていたので、 週末を避け、登ったのは平日の木曜日である。
 駒ヶ根駅を朝一番のバスに乗り、しらび平駅に向かう。 少し雲が広がっているが、予報では晴れである。
 ロープウェイで千畳敷駅まで上がると青空だった。 ここは、三方を高山植物の花々と岩壁に囲まれたカール。 東に眼をやれば、南アルプスの山々も見渡せる。 このような下界とは別世界に労せずして来られるのだから、駒ケ岳ロープウェイの人気が高いのも うなずける。
 登山届を出して歩き始めたのは7時20分。 まずは極楽平を目指す。 周りは花で一杯である。 いちいち写真を撮っていては、時間が足りなくなくなるので、眺めるだけにする。
 極楽平に着くと、南西の方角に目指す三ノ沢岳がすっきりとした三角形の姿で現れる。 頭上は、吸い込まれそうな青空。 こういう雄大な景色と開放感は、アルプスならではである。
 極楽平から三ノ沢分岐にかけては、ゆったりとした砂礫地の中に登山道が続いている。 注意してみると、ところどころにヒメウスユキソウの花が見られる。
 三ノ沢分岐に着いて、これから歩く三ノ沢岳を正面に見ながら小休止。 呼吸を整えて、三ノ沢岳に向かってハイマツの中を下る。 雄大な景色の中の気持ちのよい道だ。 鞍部まで下ると、しばらくはアップダウンを繰り返しがあり、少々歩きにくい箇所もあるが 特に危険な場所はない。 三ノ沢岳の登りにかかるとハイマツの広がる広い尾根になり、三ノ沢カールの縁を回り込むように して高度を上げる。 頂上が近付くと、大きな花崗岩の重なりあった斜面に各種の花が咲き乱れていた。
 頂上では、先に着いていた大人数の団体さんが休んでいてにぎやかだった。 花崗岩の上に腰を下ろし、周囲の景色を堪能する。 少し雲が多くなってきて、空木岳方面は見えたり見えなかったりする。 しばらくして団体の登山者が頂上を引き上げると、あたりは静寂につつまれた。
 30分ほど頂上で休んだのち、往路を引き返す。 三ノ沢分岐に戻ったのが昼前。 このまま極楽平経由で下山すべきかどうか迷ったが、時間があるので、宝剣岳を越えて千畳敷に 下ることにした。 宝剣岳は鎖場が連続するので、ストックをザックにしまい慎重に登る。 20分で頂上。 すでに雲があたりを覆い、遠くの山が見えなかった。
 宝剣山荘前まで来ると、大勢の登山者と観光客で埋まっていた。 千畳敷までの登山道は人で渋滞し、ゆっくりとしか進めない。
 やっとロープウェイ駅に着くと、幸いにも、ゴンドラの待ち時間はほとんどなかった。 しらび平から接続するバスもスムーズで、駒ヶ根のバスターミナルには15時前に着いた。 おかげで、予定より早い時間の高速バスに乗って帰京することができた。

 今回の三ノ沢岳登山は、思いのほか天気に恵まれた。 2,3日前の、曇り時々晴れという予報を基に切符などの手配をしたのだが、出発前日には 「曇りときどき雨」になり、延期することも考えた。 ところが、駒ヶ根に移動する日になって、予報がよい方に変わり、結果的にはこの日に登ってよかった次第。

 三ノ沢岳はここだけを目標にしても登る価値は十分あるというのが感想である。 遠くから見た姿もいいし、花崗岩に囲まれたお花畑も美しい。
 これほどの山が、日本三百名山や信州百名山(清水栄一氏選定)に含まれていないのは 不思議である。 でも静けさを保つためには、あまり有名にならないほうがよいのかも知れない。

 歩行記録 2011/08/04 登り2h10m(千畳敷−極楽平−三ノ沢岳)  下り3h25m(三ノ沢岳−宝剣岳−千畳敷)

 千畳敷カールからの南アルプス遠望。(2011/8/4)
 左から甲斐駒ガ岳、仙丈ガ岳、北岳、間ノ岳が見え、下にはロープウェイのゴンドラが見えている。
 この後しばらくすると、雲が広がり、南アルプスの山は見えなくなってしまった。
 以下、2011年8月の写真はすべてPENTAX・K-5・DA★16-50mmF2.8ED AL[IF]SDMで撮影。

 ハイマツの広がる三ノ沢分岐付近から見た三ノ沢岳 (2011/8/4)
 三ノ沢岳の左奥、雲の上に見えているなだらかな山は恵那山。
 写真の左端は熊沢岳。
 三ノ沢岳と熊沢岳に挟まれた谷が伊那川。 1975年9月に、この谷を登り極楽平付近に突き上げたのだが、そのときはガスが広がっていて遠くの 山は見えなかった。

 三ノ沢岳頂上一帯は、花崗岩の巨石が積み重なっている。 (2011/8/4)

 三ノ沢岳頂上を宝剣岳寄りに移動すると、木曽駒ガ岳(左)や岩峰の宝剣岳(正面)の 展望が広がる。 (2011/8/4)

 三ノ沢岳の頂上を囲む花崗岩の岩場には、お花畑が広がっている。 中央アルプスの山々は、花崗岩でできているため、どこも明るい印象を受ける。 三ノ沢岳も同様である。(2011/8/4)

 三ノ沢岳頂上直下に咲くコバイケイソウ。 背景は、空木岳方面の山のはずだが、雲が邪魔をしている。(2011/8/4)

 三ノ沢岳から三ノ沢分岐への復路は、宝剣岳を正面に見て鞍部へと下る。(2011/8/4)


 伊那川遡行(1975年)
 冒頭、筆者が三ノ沢岳を登山の対象として意識したのは2001年と書いたが、 間近に見たのは、それよりずっと前の1975年のことである。 記憶を手繰りながら、そのときの山行を紹介しよう。
 1975年の9月の3連休を利用して、会社の山岳部の仲間5人と伊那川を遡った。 今となっては、どうして伊那川を選んだのかはっきりしない。 登山道を普通に歩くだけでは面白くないが、かといってメンバーの力量がまちまちなので、 そんなに難しいルートは対象外である。 そんな条件に見合うルートとして、伊那川遡行に決まったのだろう。
 夜行列車で中央本線倉本駅に降り立ち、途中まで空木岳への登山道をたどった。 中八丁峠を越えて下ると、伊那川の川原に出る。 ここから、沢登りの格好を整え、上流へと向かった。 大きな滝などはなく、水量もそれほど多くない沢で、沢登りというより、 沢歩きというのが相応しいかもしれない。 この日は、1600m付近に幕営。
 翌日、三ノ沢岳を見ながら高度を上げていった。 このときに初めて上部が花崗岩で覆われた三ノ沢岳を間近に見た。 沢の詰めもあまり苦労した記憶がない。 極楽平付近に突き上げ、宝剣岳を越えて、駒ケ岳頂上山荘前にテントを張った。 この日は、雲が徐々に増えてきて、宝剣岳に着いたころには、周りの景色は見えなかった。 翌日、駒ケ岳ロープウェイを使って駒ヶ根に下山し、飯田線経由で帰京した。
 ここに載せた3枚の写真は、そのときに撮ったものである。

 1975年9月13日朝、倉本駅から登山を開始した。
 当時の倉本駅は、いかにも田舎の小さな駅という雰囲気だった。 インターネットで調べると、今もこの駅舎が使われているようだ。(1975年9月13日撮影)

 倉本駅から空木岳へと通じる登山道をしばらく歩いたのち、 伊那川に出会う。 足回りを沢登りの格好に変え、上流を目指した。 伊那川は、角の取れた大きな石がどこまでも転がっていて、難しい滝などはない。 (1975年9月13日撮影)

 伊那川の川原で幕営したのち、源流へと向かうと、正面に三ノ沢岳が現れる。 花崗岩の岩場が白っぽく見える。 中央アルプスの主稜線から眺めた三ノ沢岳の形も端正だが、伊那川から見上げても 目立つ存在だ。
 筆者が初めて三ノ沢岳を見たのは、この時である。 (1975年9月14日撮影)

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