くにみだけ 標高1739m。
国見と名のつく山は全国に数多い。
「コンサイス日本山名辞典」にあたると、国見岳が13、国見山が25も上げられている。
ここで取り上げる国見岳は、熊本県と宮崎県の県境上にあり、九州のほぼ真中に位置している。
一般的には熊本県側から登られているようで、
筆者も内大臣川の奥まで車で入って頂上を往復した。
2002年の秋、熊本市内の宿をレンタカーで出て、広河原登山口まで入り、
頂上を踏んだ。
登りに広河原コースを、下りに杉ノ木谷コースを歩いた。
11月初めともなると、日照時間が短くなり、熊本を出発したときはまだ真っ暗だった。
天気予報は、曇り時々雨で午後は雨の確率が高くなるというあまり芳しいものではなかった。
冬型の気圧配置になり、強い寒気団が日本列島を被うためだという。
矢部町の内大臣林道に入ると、道路は未舗装となり、普通乗用車のレンタカーではスピードを出せないのでゆっくり走る。
広河原登山口に着いて、サンドイッチを食べて準備をしていると、霙がちらついてくる。
しかし急に本降りになるようでもないので、雨具を着けずに歩き始めることにする。
午前中の早いうちに登っておいたほうが良さそうなので、
少し速度を上げて歩く。
最初のうちは植林帯の中なので面白みがない。
やがてスズタケが現れ植林帯も終わり、登山道は山腹を巻きながら登るようになる。
沢をいくつか横切るが、沢の周辺はスズタケも下草も少ない。
次第に高度を上げ、国見岳から京丈山へ続く主稜線も近くなったころから霰状の雪が舞い出す。
主稜線は幅の広い尾根だが、すっかり葉を落した木々の枝には樹氷が付き、
その上を西風がうなりを上げて吹きぬけている。
もう秋を通り越してすっかり冬の気配である。
主稜線に出てから約20分で祠のある頂上だった。
雪混じりの風が冷たい。
頭に手をやると、汗で濡れた髪の毛がばりばりに凍っている。
他人が見たら奇妙な格好だったに違いない。
景色が見えない上に寒くて、とてもゆっくり休む気になれないので、写真を数枚撮っただけでそうそうに退散した。
下山路の杉ノ木谷コースは、頂上から往路をほんの少し戻ったところで、
広河原コースと分かれる。
杉ノ木谷コースに入ると、下草が少なく傾斜もゆるやかになって穏やかな雰囲気となる。
頂上であれほど吹き荒れていた西からの雪混じりの強風も止んでいる。
国見岳と京丈山を結ぶ尾根が風をさえぎっているためだ。
水場の近くで倒木に腰を下ろして休んでいると、
この日初めての登山者と出会った。
杉ノ木谷コースを往復するという中年の男女だった。
このあと杉ノ木谷登山口に出るまで、5人の登山者とすれ違った。
杉ノ木谷登山口まで下りれば、広河原登山口まで林道をのんびり歩いて約20分だった。
幸いにも天気が大きく崩れる前に下山することができたが、
国見岳の名にふさわしい展望が得られなかったのは残念だった。
車のところに戻ってもまだ正午を回ったばかりだったので、内大臣林道を所々で車を止めながら紅葉を見、
その後、矢部町の有名な水路橋である通潤橋を見物することにした。
道路が丘を越えて橋が見えるカーブに差しかかると、放水している通潤橋が目に入ってびっくりした。
というのは、この日は土曜日で放水はないと思っていたからだ。
この水路橋は放水しているときといないときでは見ばえがまるで違う。
ただ、この頃(午後4時)には雨が本格的に降り出していて、写真を撮るには条件が良くなかった。
歩行記録: 2002/11/2 登り1h35m(広河原登山口−頂上) 下り1h10m(頂上−杉ノ谷登山口)
広河原登山口。 このあたりは紅葉の見ごろに差しかかっていたが、
曇り空だったので鮮やかさはもうひとつだった。
霧氷の木々に囲まれた頂上。 頂上の祠が顔を出している。
国見岳の頂上。 小粒の霰状の雪が吹きつけていて、長時間休んでいられなかった。
下山後に寄った矢部町の通潤橋。
石橋が作り出す雰囲気は、どこかヨーロッパの田園風景と通じるものがあるように感じられた。
観光客向けに、駐車場はもとより遊歩道まで整備されている。
石橋そのものの魅力とともに周囲の田園風景とよく調和しているので、
人気があるのもうなづける。