北岳(山梨県)

きただけ 標高3193m。

 北岳は、富士山に次ぐ日本第二の高峰として知られている。
 筆者は1970年代に3回登っているが、いずれもバットレスの登攀が目的で、景色などは二の次だった。 周囲の景色を眺めながら登山道を歩いて頂上を踏んだのは、1989年の白峰三山縦走のおりであった。 その後、しばらく北岳からは遠ざかっていて、2014年の9月になって大樺沢から北岳山荘泊まりで頂上に達する機会があった。 晴れた日に展望を楽しみながら写真を撮るという山歩きである。 ここでは、そのときの記録と写真を紹介する。
 甲府からの朝一番のバスに乗って広河原に入り、歩き始めたのが6時45分。 この日の行程は、大樺沢から八本歯経由で北岳頂上に登り、北岳山荘に泊まるというものである。
 歩き始めてすぐに野呂川にかかる吊橋を渡るのだが、ここから真っ青な空を背景に北岳がくっきりと見える。 天気が崩れる心配がないのは精神的に楽だ。 樹林帯の中を、周りの登山者のペースに合わせてゆっくりと高度を上げていく。 好天の週末のため、登山者の数も多い。 沢が開けてくると、後方の鳳凰三山の姿が次第に大きくなる。
 ストックを両手に持って順調に高度を稼いで、八本歯のコル近く、 梯子が連続する場所に差し掛かったときのこと。 急に両肩に痛みのような違和感を感じだした。 肩こりを激しくしたような痛みだ。 こんなことは今まで経験したことがない。 しばらく立ち止まってザックを下ろし、肩を回したりすると痛みはなくなる。 だが、ザックを背負って歩き始め、ストックを持ちあげたり、梯子の手すりをつかむために腕を上げると、また痛み出す。 なんとか八本歯のコルまではたどり着いたが、頂上まではコースタイムで1時間ほどかかる。 さてどうしたものか、しばらく考えた。 西側の空には雲が湧きだしていて、このまま頂上に行っても景色が見えるかどうかわからないし、 どうせ翌日に頂上経由で草スベリを下山する予定だ。 ということで、まだ時間が早いが、八本歯のコル上部の分岐から北岳山荘に直接向かう安易な道を選んだ。 ストックを持ちあげると肩に痛みが出るので、ストックは畳んで手に持って歩いた。 何のためのストックなのかと思うが、そうすると肩の痛みが和らぐので仕方ない。
 後で知ったことだが、御嶽山が突然噴火したのは、ちょうどこの頃である。
 12時45分に山荘着。 割り当てられた部屋は2階の窓際で、窓から正面に富士山が見えるいい場所だった。
 まだ日は高いし、夕飯まではたっぷりと時間がある。 中白根山までカメラだけ持って出かけることにして小屋を出たら、ガスが広がっていて、景色は見えない。 これでは中白根山まで行ったところで意味がない。 途中で引き返して結局小屋の中でごろごろして過ごした。
 小屋には、夕方のずいぶんと遅い時間になっても宿泊者が次々と到着する。 宿泊者の人数次第で、布団1枚に2人になることもあるといわれていたが、幸いそのようなこともなく、 布団1枚分に手足を伸ばして寝ることができた。
 翌朝は日の出前にカメラと朝食のお弁当を持って中白根山に向かった。 朝焼けの北岳と周囲の景色の写真を撮るためだ。 中白根山は展望台として見晴がいい。 周りには、北岳、間ノ岳、仙丈ガ岳など3000m級の山々。 快晴の日の夜明けに、刻々と変化する色彩を見るのは、登山の楽しみの一つである。
 日の出の写真を撮ったのち、いったん小屋に戻って荷物をまとめ、北岳頂上に向かった。 この日は、北岳頂上経由で草スベリを下り、広河原に戻る予定だ。 途中の展望のいい場所でスケッチをするつもりなので、場所を探しながら歩く。
 7時40分、北岳頂上着。 快晴の日曜日とあって、大勢の登山者でにぎわっている。
 見渡せば、360度の展望が広がる。 空が青く、広い。 ふだんは、高尾山など東京近郊の低山しか登っていないので、3000mを超す山の頂上の爽快さは格別。 なにしろ、日本ではここ北岳より高いのは富士山だけなのだ。
 前日に噴火を始めた御嶽山の噴煙も中央アルプスの背後に見えていたが、まさか噴煙の下で大惨事になっているとは、 思いもよらなかった。
 スケッチ場所としての北岳頂上は、周りの山を見下ろすような角度になり、構図として気に入らない。 写真を数枚撮ったのち、早々と頂上をあとにして肩ノ小屋まで下った。 まだ標高が高いので、小太郎尾根をさらに下りて、草スベリの分岐までくると、 やっと甲斐駒ガ岳が見栄えのする角度で見えてきた。 ここで腰を下ろしてスケッチ帳に甲斐駒ガ岳を描く。
 小一時間のんびりしたのち、再び下山にとりかかる。 草スベリの斜面に入ると、今度は正面に鳳凰三山が見えだす。
 草スベリを下り切ると白根御池小屋。 ベンチに腰かけて休憩。 水がおいしい。 広河原14時05分発のバスを念頭に歩いてきたが、思ったより早く白根御池小屋に着いた。 このまま順調に歩ければ、1本前の12時45分発のバスに間に合いそうなので、 白根御池小屋ではあまり長居せず、腰を上げた。 ここから下の樹林帯の中では、景色を眺めたりする場所もない。 ひたすら歩いたら、12時20分に広河原に着いてしまい、12時45分発のバスに余裕で間に合った。
 心配した肩の痛みは、この日は出なかった。 ストックを使わずの歩いたのがよかったのかしれないが、今後のためにも本当の原因を知っておきたいところだ。
 また、新調したザンバランのショートカット登山靴を履いた初めての本格的な登山だったが、 幸い靴擦れなどは起きなかった。
 甲府からは15時過ぎの特急「あずさ」に乗り、予定よりかなり早く、明るいうちに帰宅し、 無事山行を終えることができた。
 朝、3000mを超える非日常の世界にいたのに、夕方には大都会の喧噪の中に戻っているというのは、 なんとも不思議な感覚である。

 ここで、登山口の広河原に入る方法について触れておきたい。
 私は東京に住んでいるので、公共の交通機関を使って広河原に入るとなると、甲府まで行って路線バスを利用するか、 新宿からの登山者用直行夜行バスが考えられる。
 直行バスは乗り換えなしで便利だが、予約制のため、天気予報で週末の天気を確認してから予約しようとしても、 満席になっていることが多い。 今回も登山の数日前に問い合わせたら満席だった。 となると、甲府からの路線バスを利用することになる。 始発は4時35分なので、接続する東京方面からの電車は「ムーンライト81号」である。 甲府到着時間が2時21分で、バス発車までの2時間をどうするかという問題がある。 数人のパーティーならばタクシーという手もあるが、今回は単独登山だ。 結局、前日の夜に甲府に入って、ビジネスホテルに泊まることにした。 多少費用がかさむが、そのほうが疲れや眠気を持ちこさずにすむという利点がある。 安全登山の観点からも、ホテルに泊まってよかったと思う。

 今回の登山で気が付いたこの一つに、通常の登山道を歩いている登山者にヘルメット着用者が少数ながらいたことだ。 最近、穂高などの岩場の多い登山道を歩く登山者にヘルメット着用者が増え、山小屋でも貸し出しをしているようだが、 南アルプスでもヘルメット利用者が増えているようだ。

以下の写真はすべてCANON 5D Mark2・EF-24-105mm F4L IS USMで撮影し、 時系列順に並べている。
 大樺沢の二俣付近の様子。 右手に北岳が、左手奥に八本歯のコルがある。 紅葉は色づき始めた程度。(2014/9/27)



 大樺沢上部からは、バットレスがよく見渡せる。(2014/9/27)

 八本歯のコルからの眺め。 眼下に大樺沢が、北東方向には鳳凰三山が見渡せる。 左奥には、八ヶ岳が見えている。(2014/9/27)

 八本歯のコルから北岳山荘に向かう登山道から見た間ノ岳。 このころから、少しずつ雲が広がってきたが、天気を崩すようなことはなかった。(2014/9/27)

 北岳山荘2階の部屋の窓から眺めた富士山。 日没時にはガスで視界がなかったのに、日が沈むとすぐに雲が取れてきて、富士山が姿を現した。 空にはまだ明るさが残っている。
 この日は、小屋の周りのテント場も混んでいたようで、写真に写っている数張以外にもたくさんのテントが並んでいた。(2014/9/27)

 北岳山荘に泊まった翌朝、暗いうちにカメラと朝食の弁当を持って小屋を出た。 中白根山で日の出の瞬間を待つためだ。 25分ほど歩いて中白根山の頂上着。
 ダウンを着こんで、しばらく待つと、雲海から太陽が昇ってきた。 素晴らしい眺めだ。
 この写真は、日の出直後の中白根山からの北岳。
 左奥に見えるのが甲斐駒ガ岳。(2014/9/28)

 朝日の射し始めた仙丈ガ岳。 中白根山から。
 いつ見ても、仙丈ガ岳はどっしりとして大きい。(2014/9/28)

 中白根山から西側を見ると、中央アルプスの山並みが連なり、御嶽山が中央右寄り奥に頭だけ出している。 その上に黒くたなびく雲は、前日(9月27日)に突然噴火を始めた御嶽山からの噴煙と思われる。
 御嶽山噴火を知ったのは、27日夕方に北岳山荘食堂で見ていたテレビニュースによってである。(2014/9/28)

 北岳頂上を後にして、肩ノ小屋を経由して小太郎尾根を下ると、 正面に甲斐駒ガ岳が見えている。 甲斐駒ガ岳の手前にあるピークは小太郎山。
 このあと、尾根を離れて草スベリの斜面に入ると、今度は鳳凰三山が真向いに位置するようになる。(2014/9/28)

 草スベリを下ると、鳳凰三山が正面に、白根お池が眼下に見えてくる。
 周りは、夏であれば各種の花が咲き乱れる場所だ。
 この写真は、草スベリ下部からの眺め。(2014/9/28)

[Back]