![]() |
南大門 大仏殿も大きいが、南側から境内を進むと、まずこの南大門の大きさに驚かされる。 現在の門は、鎌倉時代に重源上人(ちょうげんしょうにん)が再建したもの。 大仏様(天竺様)の建築として有名で、国宝に指定されている。 二重の屋根は巨大な翼のように見える。 ![]() 南大門に安置されている大きな金剛力士立像も迫力がある。 運慶、快慶ら慶派一門によって作られたもので、国宝である。 2016/12/2撮影 |
![]() |
南大門越しに中門と大仏殿の屋根が見える。(左) ![]() 南大門の外見は屋根が二重になっているので二重門に分類されるが、内部が二階建てになっているわけではない。 南大門の下から見上げると、屋根裏まで見通せることでそれがわかる。 天井がない大仏様という建築様式のためだ。 門全体を支える合計18本の通し柱は屋根部分まで達し、それぞれ約21mもある。(上) 2010/12/24撮影 |
![]() |
金堂(大仏殿) 現在の建物は、江戸時代の1709年に落慶したもの。 国宝の八角燈籠は、東京国立博物館の特別展に展示されるため搬出されていた。 ![]() 大仏殿を支える柱 江戸時代の再建時に、用材の不足から寄木金輪締めになったという。 2010/12/24撮影 |
![]() |
盧舎那仏像(大仏) 金堂の本尊で、聖武天皇の発願で制作されたが、2度の焼失を経て、 現在の像は、鎌倉時代と江戸時代に補修されたものである。 当初は光背の化仏と同様に金ぴかだったという。 ![]() 大きくてちょっと変わった形相の賓頭盧尊者(びんずるそんじゃ)。 2010/12/24撮影 |
![]() |
鐘楼 大仏殿から二月堂に向かって少し登ると鐘楼がある。 大仏殿と釣り合いをとるかのように存在感のある大きさだ。 梵鐘自体も大きいが、鐘楼も重厚である。 左手に見えているのは大仏殿の屋根で、右手奥に見えているのは 俊乗堂。 2010/12/24撮影 |
![]() |
二月堂 お水取り(修二会)で有名だ。 懸造の舞台からは奈良の町が一望できる。 三角の屋根は大仏殿である。 2010/12/24撮影 |
![]() |
大湯屋 鎌倉時代の建物だが、僧侶のほかに作業に携わる人たちもここで汗を流したらしい。 なお日本での入浴の習慣は、江戸時代以降に広まったようだ。 2010/12/24撮影 |
![]() 戒壇院 8世紀、鑑真の来朝後に建立されたが、3度の火災により、 現在の戒壇堂は1732年に再建されたものという。 内部には、多宝塔を中心に四天王が安置されている。 建物の外観は、太宰府市にある戒壇院の本堂と似ている。 もっとも太宰府市の戒壇院の再建は、東大寺戒壇院の再建より後なので、 こちらの建物が参考にされたのかもしれない。 |
![]() 瓦には、「戒壇堂享保壬子造」の文字が読めるから、享保17年(1732年)となる。 現在の建物が再建された当時のものなのだろう。 2010/12/24撮影 |
![]() |
転害門(てがいもん) 東大寺創建時の貴重な遺構といわれる。 屋根の微妙な反りが美しい。 ただし、この写真では屋根が狭く見えて、全体のバランスが悪い。 もう少し離れた位置から見るのが、良さそうだ。 この門の前から西にまっすぐ伸びる一条通り(一条大路)を3km弱進めば、聖武天皇の妃・光明皇后の創建した法華寺がある。 2016/6/11撮影 |