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朝6時過ぎ、周りを囲む山の彼方から太陽が登り、ブッダが瞑想や説法を行った 霊鷲山(矢印の下)も明るくなってきた。 日本山妙法寺のあるラトナギリ(多宝山)に通じる道からの光景。 この写真からは、山が折り重なっているように見えるが、実際には見えている山の向こうは 平原である。 ほとんど起伏のない平原から突然山が盛り上がっているのが、ラージギルのあたりの地形で、 日本ではあまり見かけない景色である。 2012/3/17撮影 |
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ブッダが瞑想と説法を行っていたとされる場所には祭壇が作られ、仏像が置かれている。 空が広く、見晴らしがいい。 2012/3/17撮影 |
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タイからの巡礼団の一行が瞑想と祈祷を行っていた。 2012/3/17撮影 |
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タイからの一行が去った後、あたりにまた静けさが戻った。 祭壇は、低いレンガの壁で囲まれ、各国の信者が貼った金箔で輝いている。 いかにも聖地に相応しい雰囲気がただよう場所である。 2012/3/17撮影 |
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ブッダの時代からあるマンゴーの実。 ラージギルのホテルの庭にあったマンゴーの実はまだ小さかった。 2012/3/17撮影 |
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ナーランダー遺跡 ナーランダー遺跡は、ラージギルの北方約10kmのところにある。 5,6世紀から12世紀にかけて、ここに大規模な仏教センターが置かれていた。 アジアで最初の大学とも言われる。 7世紀に玄奘三蔵が学んでいたことでも有名で、最盛期には10000人を越える生徒がいたという。 発掘された遺跡も広大で、一通り見るだけでもけっこう時間がかかる。 2012/3/17撮影 |
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ビンビサーラ王の牢獄跡 経典「観無量寿経」には、ビンビサーラ王(頻婆娑羅)が王子アジャータシャトル(阿闍世)によって 幽閉されていたことが記述されている。 七重の室内に幽閉されたとあるが、今は石積みの土台(?)のみが残り、当時どのような構造の建物だったのかは うかがいしれない。 背後には、霊鷲山(観無量寿経では耆闍崛山)が見えている。 2012/3/17撮影 |