願成就院(静岡県伊豆の国市) 2019年 5月
 願成就院(がんじょうじゅいん)は、静岡県伊豆の国市にある真言宗の寺院。 山号は天守君山。
 歴史書「吾妻鑑」によれば、北条政子の父で後に初代執権となる北条時政が、源頼朝の奥州藤原氏討伐の戦勝祈願のために1189年に建立したとされる。 だが、寺院に残る運慶作の仏像内部から見つかった銘札には、仏像が1186年に造立とあるため、戦勝祈願のためというよりは、実際には北条氏の氏寺として建立されたと考えられている。
 北条時政とその後に続く北条義時と北条泰時の時代にかけて、伽藍が整備されたようだ。 奥州平泉の毛越寺の浄土式庭園を模していたとも言われるから、壮大な寺院だったことが想像される。 その後は、兵火にあったりして衰微し、現在も残っていて多少とも往時をしのばせる建物といえば、江戸時代再建の茅葺屋根の本堂だけだろう。 そんな中で、運慶作の諸仏像が奇跡的に残ったのは、仏像ファンにとってはうれしいことだ。
 筆者がその仏像を目当てに出かけたのは、2019年5月のこと。
 場所は、伊豆箱根鉄道韮山駅から南西方向、直線距離にして約1kmのところにある。 駅からは徒歩15分くらいなので、歩いて向かった。 付近は田畑と住宅の入り混じったのどかな環境なので、歩くのは苦にならないし、歩くのが当たり前だった昔の人の気分のいくらかを共有できるのがいい。
 お寺は背後にある守山を背にしている。 山門を通ってあたりを見回しても、平日のせいか人の気配がない。 境内で北条時政の墓など数枚の写真を撮ったのち、大御堂と呼ばれる運慶作の仏像を安置したお堂に入った。 ここで少しばかり驚いたのは、受付で応対してくれたのが作務衣姿の白人男性だったこと。 あとで調べたら、スコットランド出身で、住職の娘さんと結婚して僧侶になった人だった。
 大御堂の中は意外と狭く、運慶作の5体の仏像が並んで正面を向いている。 中央に阿弥陀如来坐像、向かって左手に2童子を従えた不動明王像、右手に毘沙門天立像だ。
 まずは阿弥陀如来立像から拝観。 光背や台座が失われているのがわかる。 特に残念なのは、あまり例の多くない説法印を結んだ指先が欠けてしまっているこど。 だが、全体の価値を損なうほどではない。 衣文は深く刻まれ、顔面の頬から顎にかけては張りがあり、力が内面から溢れているかのようだ。 像高は約140cmのいわゆる半丈六の坐像だが、存在感はこの数字以上だ。 当時30代だった運慶が東国武士の依頼で作った初めての仏像にふさわしい力強さだ。
 毘沙門天立像は、2017年の「運慶展」に出陳されていた像。 玉眼が使われていて眼光鋭く、邪鬼を踏みつけながらも動き出しそうだ。
 不動明王像は、右足に体重をかけた動きのある姿だ。 脇侍の二人の童子の性格の違いの表し方も興味深い。
 願成就院の運慶作の諸仏像は、国宝に指定されているだけあって、仏像に関心のある人には必見である。
 写真は、CANON G7XMk2で撮影。


 山門をくぐると、正面には守山を背にした大御堂を呼ばれる小ぶりな建物が目に入る。 ここに運慶作の仏像五体が安置されている。 (写真左)
2019/05/17撮影 大御堂に向かって左手奥には茅葺屋根の本堂がある。 (写真上)

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