Overhearing






「タツヤ、最近ヘンよ?……恋人でもできた?」
 ユウリの声が聞こえて、アヤセは反射的にその場で足を止めた。
 場所はTRの屋上。今日は朝から天気が良くロンダーズ出現の知らせもない。そのため、業務の無かったユウリとタツヤは洗濯と布団干しをしていたらしい。運転代行業務から戻って、事務所に誰もいなかったのでアヤセは上に上がってきたのだが、何やら加わりたくない会話をしているみたいだ。
 立ち聞きはマナーが良くないとはわかっているのだが、会話の内容が内容だけに去ることも出ることもできずに、アヤセは耳をそばだてて聞いてしまう。
「……は?………な、なんだよユウリ。藪から棒に」
 ユウリの言葉に対するタツヤの声は、完全に上擦っておりほとんど白状しているも同然だ。元々、隠し事に向いていないタイプの男だから仕方がないのかも知れないが、もう少し努力して欲しいトコロである。
 ホントにどうしようもないヤツだな……とつい頬が綻んでしまうものの、笑ってばかりもいられない。ここでタツヤがへろっと自分達の事を白状してしまえば、さすがに色々と問題が生じる。
 タツヤだって、そのくらいの事はわかっていると思うのだが。
「見るからに『俺は幸せだーっ』って顔されれば、誰だってわかるわ」
「そんな顔、してた?」
 自分の頬を撫でながら、真顔で問うタツヤにユウリは呆れたような口調で続けた。
「してるから云ってるのよ。で、どうなのよ?恋人、できたの?」
 パンっと洗濯物のシワを伸ばす音が語尾に重なった。
 問いただすような言葉に、タツヤは諮詢して。
「好きな人は、いるけど」
 どうやらタツヤなりに考えた末の台詞らしいが、アヤセは彼の台詞に思わず額を覆ってしまった。
 あのバカ。これ以上よけいな事を云ったら、あとでタダじゃおかない……。
「その様子だと、友達以上恋人未満って感じかしら」
 アヤセの念が届いたのか、タツヤはそれ以上続けようとはせずに曖昧に微笑んだ。
 その微笑みをどうとったのか、ユウリは軽く嘆息して洗濯かごの中からシーツをつかみ取った。皺を伸ばしながらそれを広げて、反対側を持つようにタツヤに指示する。云われた通りにシーツの端を持って、皺を伸ばす。
「まあ、この際それが恋人だろうと友達だろうとどうでもいいけど。……その『好きな人』とやらに何か云われたの?」
「…………なんで?」
「この間から、心ここにあらずって感じだからよ。別にあなたの色恋沙汰に興味は無いけど、浮ついた気持でいられると困るのよね」
 相変わらず辛辣なお言葉である。年頃の女性が云うにはあんまりな、だがとてつもなくユウリらしい台詞だ。
「浮ついた気持かぁ……。そんな気持でいられたら、幸せなんだろうけどな」
「あら、違うの?」
 厳密に云うと、違う。
 自分達の間には、そんな普通の恋愛に伴うような暖かいぼんやりした空気は無いと思われる。
「うーん。何て云うかな、幸せなのオレだけかも知れないし。っていうか、どうしていいのかわかんないんだよ。………怒らせてばっかりなんだよな。オレはよかれと思ってやってるんだけど、アイツすぐ怒るんだよ」
 それはお前が怒らせるようなコトばかりするからだ。
 思わずそう云いそうになって、アヤセは慌てて口を噤んだ。忘れるトコロだったが、自分は立ち聞きしている立場だった。
「わかるような気がするわ。タツヤ、不器用だものね」
「そう?オレ、不器用かな…」
 タツヤがいささか不服そうな表情を浮かべた。それをちらりと見やって、ユウリは肩をすくめた。
「失礼を承知で云わせてもらうと、あなたが『よかれと思って』やることは、相手にしてみたらだいたいありがた迷惑なのよね。あなたくらい自分の好意を相手に上手に伝えられない人、いないと思うわ」
 キツイ一言。自分でも何となくわかってはいたが、こうして他人からハッキリ言われるとやはりこたえる。
「ユウリ……お前には、思いやりって言葉はないのか…」
 タツヤが情けない声を出した。その声音に、ユウリが心外だとばかりに片眉をあげた。
「思いやりがあるから、わざわざ聞いてあげたんじゃないの。……まあ、ロンダーズ逮捕に支障のないように頑張るコトね」
 云って、ユウリは洗濯かごを持ち上げた。カツカツと靴が床を鳴らす硬質な音が響く。
 屋上と事務所を繋ぐ出入り口は一つしかない。アヤセは慌てて、入り口近くに放置してあるロッカーの陰に隠れた。
 金属が軋むような音がして、ドアがあく。ユウリはアヤセに気が付くことなく洗濯かごをかかえて、そのまま階下へと下って行った。
 で。屋上は、急に静かになってしまった。
 当たり前といえば、当たり前なのだが。屋上にはユウリとタツヤしかいなかったようだから、ユウリが出ていけばタツヤ一人だ。一人でブツブツと独り言を云っていたら気持ちが悪い。
 しかし、どうしたものか。いつまでもここで隠れているワケにもいかないし、かといってすぐに出ていくのもいかにも「立ち聞きしてました」といった感じで嫌だ。
 でもあまりぐずぐずしているとユウリが戻ってこないとも限らないし、そうなればもっと出て行きにくくなる。
 そんなコトをつらつらと考えて。アヤセはようやっとロッカーの影から出てくると、半分開いていた屋上のドアに手をかけた。
 緩やかな風にはためく白いシーツと、色とりどりの洗濯物。このところロンダーズや業務で忙しかったせいでたまっていた洗濯物を一気に片づけたのだろう、結構な量が青空の下で揺れていた。
 その洗濯物の影に隠れるように、タツヤがいた。
 疲れがたまっていたのだろうか、アヤセが諮詢していたほんの5分くらいの間に寝てしまったらしい。
 柵にもたれかかって、床に座り足を投げ出すように伸ばして。うつらうつらと眠ってしまっている。
「…………寝てるし」
 呆れたように苦笑して、アヤセは呟いた。
 少し考えて、アヤセはタツヤの傍らに腰を下ろした。そうして、出会った頃よりも伸びたタツヤの前髪をそっとかき上げる。あまり身なりに気を遣わないタツヤの髪は、洗い晒したままでシャンプーの香りしかしない。
 そんなコトをされてもタツヤは相変わらず眠ったままで。
「オレも……幸せ、だと思う」
 幸せだと思っているのは、タツヤだけじゃない。自分だって、タツヤの気持を貰って幸せだと思う。だが、自分の抱えているモノが大きすぎてその幸せに浸れないだけで。
 次の瞬間にも、自分は死んでしまうかも知れないのだ。いつ爆発するとも知れない時限爆弾を身の裡に抱えて、仮にロンダーズを全て逮捕するまでこの身体が保ったとしても30世紀に帰らなくてはならない。
 どう転んでも、恋愛小説やこの時代のチープな恋愛ドラマのように、ハッピーエンドの結末にはならないのだから。
 そんなアヤセの胸の裡を知ってか知らずか、傍らの温もりに無意識にタツヤがすり寄った。肩にかかる重みに、アヤセが笑う。
 いつか。いつか、この恋が終わるその時までには。自分の想いをすべて伝えてやりたいとは思う。
 伝えてやれる日がくるのかも知れないし、こないのかも知れない。
 とりあえず。
 とりあえず、今はもう少しこのままで。
 ユウリか、もしかしたら他の誰かが上がってこないとも限らないけれど。このくらいなら許される範囲だろう。
 自分に寄りかかるタツヤの頭の位置をそっとなおして、アヤセは自分もゆっくりと瞳を閉じた。







 

Bak……… ……Home