Let's do tomorrow's story.
さあ。明日の話をしよう?
昨日までの話は、あの場所に置いてきて。
明日の話を、そして明後日の話をしよう?
千年もの間止まっていたキミの刻は、今やっと動き出したのだから。
強い風に膝ほどの高さまで伸びた草が、倒されて波うった。
乗り捨てられたボロボロの自転車に、コンビニの袋に詰められたゴミ。ジュースの空き瓶に、踏まれて潰されたコーヒーの空き缶。こんな人気の無い場所にまで、こんなモノが転がっている。だが、それらは槌埃にまみれてかなり汚れており、その場に放置されて経過された時間の長さを物語っていた。
レッドは足元に転がるゴミに眉を潜めながら、辺りをぐるりと見回した。
誰もいないし、何もない。
遠く霞がかった草原の向こう側まで、この伸びきった草の海は続いていた。
何年か前までこの辺りに民営のグラウンドがあったらしいが、今はもう場所を移転していてそれは影も形もない。これらのゴミは、まだグラウンドがあり子供達がたむろしていた頃の名残なのだろう。
グランドが閉鎖されてからは頻繁に人が出入りするような場所ではなく、踏み分けられた後はなかった。
「……この辺りにいるはずなんだけどな」
低く呟いて、レッドは手にしていたバスケットを地面に下ろした。
そうして、この草原の何処かにいるはずの男を捜して視線を彷徨わせた。だが、瞳にうつるのは青々と生い茂る雑草のみで、何処をどう見ても人影などない。
場所を間違えたかとレッドが首を傾げた時、ふと草原の向こう側にある丘に視線がいった。
足元から伸びている緩やかな勾配の丘へ登れば、探している人影が見えるかも知れない。そう考えて、レッドはバスケットを再び手にすると丘の方へと歩き出した。
彼が……シルバーがもしかしたらここにいるかも知れないと、そう教えてくれたのはパワーアニマル達だった。
人身に戻り、ガオシルバーへと転身した後、彼は何処へ行くとも云わずにふらりといなくなってしまった。千年の刻を経て現世に蘇った彼には、行くところも頼る人もいないはずなのに。
心配して探そうにも、何処へ行ったのやら皆目検討もつかなくて。
そこでレッドは天空島へ行き、シルバーを知るパワーアニマル達に彼が行きそうな場所に心当たりがないか聞いたのだ。
ここは………今は雑草生い茂るこの場所は、千年前のガオの戦士達に縁ある場所だったらしい。もちろん千年前から多少地形は変わってしまっているし、正確に「この辺」と云いきることはできないが「おおよそこの辺」だそうだ。
どんなに時が過ぎ地形が変わり景色が変わっても、土地の持つ雰囲気というのはあまり変わらないものらしい。
シルバーにはわからなくても、彼と共にあるガオウルフ達にはそれがわかるはずなのでこの場所ではないかと。そう教えられて、レッドはこの場所に来たのである。
この場所にどんな縁があるのかまではきかなかったが、パワーアニマル達が覚えているくらいだから思い出深い場所なのだろう。
丘の上まで辿り着いて、レッドは先程までは見えなかった位置へと視線を滑らせた。
そうして、ようやく草原に立つ人影を見いだすとほっと小さく吐息をついた。
長めの髪を揺らし、風に向かって立つ後ろ姿は確かに彼のものだった。風下に立つレッドにはまだ気が付かずに、ただじっとその場に立ちつくしている。
彼の見つめている先をレッドも見てみるが、何があるわけではない。
だが、彼の瞳には千年前にそこにあったハズの「何か」が見えているのだろうか。
レッドはしばしの間、微動だにしないシルバーの背中を見つめていた。
自分に背中を向けて千年の時の向こうにあった「何か」に思いを馳せて。一人佇んでいる彼の背には、孤独とか寂しさとかは感じられない。だが、そんな弱さがない分ひどく悲しくもあった。
「……シルバー」
思わず、レッドは彼を呼ぶ。その声は弱く、離れた位置にいる彼にはとうてい聞こえる大きさではなかった。
なのに。シルバーは呼ばれたことに気が付いたかのようなタイミングで、自分の方を見た。
「……………お前は……。何故、ここに……」
思いがけない人物の登場に、シルバーは面を喰らったのか目を瞬かせた。
その表情にレッドは苦笑して丘を駆け下り、彼の元まで行った。
「何故、この場所に?」
同じ台詞を繰り返したシルバーに、レッドは空いている手で空を指さした。
「パワーアニマル達が教えてくれた。多分、この場所にいるんじゃないかって」
指さすその先には、パワーアニマル達が住む天空島がある。
そうか、と呟いて。シルバーは一瞬だけ空の彼方に視線をやって、口の端に微かな笑みを浮かべた。それから、視線をまた元見ていた方向へ戻す。つられて同じ方向を見たレッドに、シルバーが呟いた。
「………………何もないだろう」
「……え?」
唐突に、何を云い出すのか。一瞬意味がわからなくて、レッドはシルバーの横顔を見た。
しかしその横顔は無表情で、彼が何を思っているのか推測することはできない。
レッドの返事は最初から必要としていなかったのか、シルバーは言葉を続けた。
「千年とは、俺の思っていた以上に長い刻だったようだ。今のここには、何もない」
かつてここにあったものも、かつて同じ場所に立った仲間も、全て消え失せて。
いつか見た風景は、その形の片鱗すら残ってはいない。
風に、シルバーの長い前髪が舞った。草が小さな音をたててさざめく。
シルバーは一歩手前に踏み出して、レッドを振りかえった。
「だが、かえって今の俺には似合いかも知れん。……………何もない、この場所が」
口外に、今の自分には何もない…そう云われて、レッドは眉をひそめた。
彼が自分達をまだ仲間と認めていない事はわかっていたが、面と向かって云われると結構辛い。自分達は彼を仲間だと思っているのに、思いは一方通行で受け取って貰えないのだ。
狼鬼であった時に自分達に刃を向けたことを相当気に病んでいるのは理解しているが、告げた言葉も差し出した手も拒絶されるのはやはり悲しい。
レッドの沈黙をどう取ったのか、シルバーは自嘲気味に微笑んだ。
「早く、去れ。……お前にはここは似合わない」
呟くように云って、シルバーはまたレッドに背を向けた。
一瞬の沈黙。
「なあ、シルバー」
レッドが、彼の背中に向かって静かに声をかけた。
「お前は、なんでここに来たんだ?ただの感傷か?」
シルバーは振り返らない。だが、緩く首を振った。
「……俺は、かつてこの場所で生きていた。ガオの戦士として、人々と地球を護るために」
地球とそこにある人々を護るために、あの時代に生きて。
地球とそこにある人々を護るために、人としての自分を手放した。
姿形も、裡にある思いも。自分はあの頃となんら変わらないのに、千年の刻を経て蘇った現世は全てが変貌を遂げていて。
「感傷ではなく、俺はただ確かめたかったのかも知れない。時が過ぎ俺の知っていた全てが無くなり変わり果てても、自分の裡にあるものは変わらないのだということを」
変わっていないことは、自分がよくわかっているはずだった。しかし、あまりにも変わりすぎた全てが、自分の裡すらもわからなくさせてしまう。狼鬼であった事実も、それに拍車をかける。
もちろんこの場所が千年前の面影を残しているなんて、思ってはいなかった。だが、自分がかつて生きた場所の風を感じ土を感じれば、どんなに時を経ても変わらないものもあるのだと思える気がしたのだ。
「変わってないよ。お前は、きっと…いや絶対変わっていない」
確信を持って云い切られて、シルバーは怪訝そうに振り返った。
自分を見つめるレッドの眼差しは、揺るぎ無く真っ直ぐ。
レッドは手を伸ばすと、シルバーの右手を取った。その手首にはめられたG-ブレスフォンを見て、笑う。
「コレが、お前が変わっていない証だ。お前が変わっていたら、ガオウルフ達が力を貸してくれるはずがないだろ?」
取った手に力を込めて、レッドはその手を自分の方へ引いた。踵を返して、先程彼を見つけるために立った丘へを足を向けた。
「お、おい。何をする……」
シルバーが狼狽えたようにレッドに云った。しかしレッドは聞く耳持たないとばかりに、シルバーの手を離さない。
そうして、丘の上まで行って。立ち止まると、レッドは先程まで立っていた方向を見た。
「お前にもこの場所は似合わない」
キッパリと云い放って、
「千年前はどうだったか知らないけど、今のお前にはぜんっぜん!似合わないぜ?」
ずっと手に持っていたバスケットをずいっとシルバーの前に突きだした。
「飯、作ってきたんだ。喰おうぜ」
「飯……」
いったいなぜ、突然飯の話になるのか。
先程までの真剣な雰囲気を無かったことにするかのようなレッドに、シルバーは困惑の眼差しを向けた。が、それには構わずに。
「どうせ蘇ってからろくなモノ喰ってないんだろ?……上手いモノ喰って腹一杯になったらさ、明日の話をしよう」
人間腹が減ってると、後ろ向きな考えしかできないからな。
そう、レッドは笑って。掴んだ手をそのままに、再び強引に歩き出す。
「は、離せっ!俺はお前達と群れるつもりはない!そう云ったはずだ!」
有無を云わさずに自分を引っ張って行くレッドに叫ぶように云って、シルバーはその手を振りほどこうとした。しかし、掴まれた手の温もりに、強くは抵抗できなくて。
それをいいことに、レッドは草原を抜けるべく突き進む。
「離せっ。俺には、お前と一緒に飯を喰う理由など無い!」
歩みも止めず、振り返ることもせずに、ただひたすら真っ直ぐに歩いて。
草原の切れ目まで来て、ようやくレッドはシルバーの手を離した。
それから、バスケットをシルバーの胸にドンッと押しつけるように差し出した。思わずそれを受け取ってしまったシルバーに、レッドは微笑んだ。
「座って、飯喰って。それから、明日の話をしよう。明後日の話でもいい、来週の話でもいい。先の話をしよう」
「……何…?」
「何も無くなった場所も、誰もいなくなっちまった刻も、とりあえずあそこに置いといて。今の話と、先の話をしよう。シルバー」
刻は過ぎる。場所も、人も、全てを連れて。
不変的なモノなど無く、全てが刻と共に形を変えてゆくのだとしても。
人の裡にある想いは形を変えることも、風化することもない。それだけ知って、先へ進もう。
見知らぬ誰かの為に止まっていた刻は、ようやく動き出したのだから。
「なっ?飯、喰おうぜ」
ふいに、風が吹た。
あの頃とさして変わらぬ、暖かい風が。
その風に倒される草の深い緑と、草原の先と交わるかのように広がる大空の青。それらの色が、シルバーの目に鮮やかにうつる。
広がる草原の先に、過去ではなく現世を見て。
「……………何度も云うが、俺はお前達と群れるつもりはない」
あくまでも頑ななその台詞に、レッドが困ったように眉を寄せた。が。言葉とは裏腹にシルバーは、どかっとその場に腰を下ろした。
きょとんして自分を見下ろすレッドに、照れたようにそっぽを向いて。
「だが………飯くらいは喰ってやろう」
「シルバー!」
途端に嬉しそうな顔をしたレッドに、慌てたようにシルバーが言葉を続けた。
「勘違いするなよ!今回だけだ…パワーアニマル達の気持を無するのはよくない……」
とかなんとか続けているシルバーを余所に、レッドは彼の隣に腰を下ろすと早速バスケットの中を漁りはじめる。
その姿に嘆息して。それから、シルバーはゆっくりと微笑んだ。