福島竜胆のとっておき裏話(最終回)


「詰将棋四百年」と銘打った第18回詰将棋全国大会は大盛況のうちに無事に終わった。 参加者の皆さん、スタッフの皆さんにはあらためて御礼を申し上げる。
主催者側からの総括等はパラ誌上で金子実行委員長が、ウェブ上では清水プロデューサーがそれぞれ書いてくださるので、ここでは例によって普通には書けない話をしようと思う。

静岡・府中と2回にわたって我々が描こうとしていたものは 「エンターテイメント」 だった。 コツコツと一人でやる作図作業が中心の詰将棋を、大勢で集まって楽しめる 「ショー」 にまで昇華させる事には充分成功したと自負している。
少なくとも 「趣味の仲間の地味な寄り合い」 だった過去の大会のイメージを払拭させ、こんなやり方もある、という一つの方向性を示す事は出来たのではないだろうか。
「詰将棋」 が今のままでいいのならそれでいいのだが、いずれは 「世界に誇る日本の文化」 として社会に認知させたいと思うのなら、外の世界に向かって情報を発信していかねばならない。 それにはメディアの取材に耐えうる 「楽しい大会」 に仕上げる必要があった。 「ハデなだけでお祭り気分で物で釣る」 という批判もあるかも知れないが、今後さらに立派な大会になるための過渡期の現象だと思って御理解いただきたい。

数字だけで判断する事は間違いかもしれないが、今回の参加者146人という数は、過去の100前後と比較して大成功といっていいと思う。
が、これを静岡の111と比べた場合、地方対東京のハンデを加味すると、必ずしも優ったとはいい難い気もする。
コンテンツやスタッフの充実度から言えば当然今回がはるかに上なのだが、「一号局」 としての値打ちも考えると静岡はやはり 「7.22の奇跡」 にふさわしかったともいえる。
とすると今回の府中の意義は 「この手筋をスタンダードにした」 事に尽きるのではないか。
つまり 「これ位はもう当たり前」 になったのだ。

漏れ聞くところによると清水さんはこれでしばらく 「冬眠」 に入るという。
私は勿論、お役御免。もうこのやり方は古くなるのだろう。 世代交代の時期なのかもしれない。
幸いに今大会では10代、20代前半の若手が、積極的に雑務をこなしてくれ、最後まであとかたずけやゴミ出しをやってくれた。 次回以後は彼らが中心となって、全く新しい発想で大会を運営していってくれるだろう。

しかしそのためには、今目の前にある諸問題を何とかしておかないと、我々と同じ苦労を次世代の若者にも踏襲させる事になってしまう。
ちょっとしんどい話だが、是非皆さんにも知っておいていただきたい。


第一はお金の問題。
4年前の大崎では3万余円の赤字を詰工房が寄付という形で補填した。
静岡と今回はおかげさまで黒字。
昨年の名古屋は、非公式の話だがかなりの赤字で、誰かが個人的に補填をしたらしい。
これでいいのだろうか?
大会を主催するという事は大変な労力である。
このボランティアに赤字の補填までさせていいのだろうか?
それなら 「儲かったら全て頂き」 か、あるいは 「赤でも黒でも全詰連の責任」 かをはっきりさせておくべきだ。
建前は一応後者になってはいるが、現実は違うようなのであえて言っておく。
私見だが、大会用基金として赤も黒もすべてプールして、赤字必至であろう地方大会 (2年後の北海道?他) のために運用すべきだろう。
勿論各大会は黒字を目指すべきではあるが。


第二はプロ棋士招待の話。
今回、女流棋士の高橋和氏が看寿賞を受賞された。
詰将棋の識者による純粋な投票の結果であり、私も個人的に一押し作品だったので、文句無しの受賞であった。
その副産物として、「女流棋士高橋和二段が看寿賞受賞」 という記事が各メディアに掲載され、「詰将棋」 「看寿賞」 なる単語が若干メジャーになったようである。
それはそれで大変結構な話なのだが、大会前は彼女を 「一般参加」 として扱うか、「招待客」 として扱うかで、東京と大阪で揉めに揉めた。

最初から一般参加は念頭に無かったのがパラの水上社長。
「招待が当然、ついでに5面指しをやってもらおう。 費用はパラで出してもいい」 とまでおっしゃる。
プロに何かして貰うならお金を出すのが当然で、一般参加は失礼、というもの。
また、関西は東京とは違いプロ棋士との交流が密で、個人的にもプロ棋士と親しい水上氏が、棋士から参加費など取れるわけが無い、という氏の立場もわかる。

対して実行委員会側の金子・清水・福島は、
「詰将棋の世界にプロもアマも無い。彼女だけを特別扱いしては、他の参加者に失礼。 5面指し等指将棋は不要。 招待でなければ参加しない、という人でもないだろう」 との見解。
そして 「彼女にとっても一般参加のほうが自由にふるまえて気が楽なのではないか」 とも考えていた。

ボランティアで構成されているこの世界で唯一のプロがパラの水上社長。
実行委員会側には氏の営業の邪魔をするつもりは毛頭無く、むしろ悪い前例を作るのは詰棋界のためにならないのでは。
そもそもこんなボランティア活動はすべて詰棋界のため、ひいてはパラのためではないか、などなど。
そんなこんなで話は平行線のまま。私としては、御本人の意思を確認したかったのだが・・・。
一体誰に決定権があるのでしょう。

さらにこの対立に多くの人々を巻き込んでの大騒ぎになったのだが、最終的には実行委員会側の考えを水上氏が理解してくれて、既報のとおりとなった。
我々の見識は間違っていなかったと今でも信じているが、どうだったろうか。
静岡で一般参加された神谷プロの 「特別扱いはしないでほしい」 という言葉は、今でも爽やかである。

だが問題はこれで解決したわけではない。

次回開催責任者の猪股氏から個人的に 「次も手伝って欲しい」 とオファーを受けた。
まあ、私も元は関西人で猪股氏とは親しいので、本気ではないのだろうが、丁重にお断りした。
理由は2つ。 一つは、もう私の耐用年数が過ぎた事。
もう一つが招待の話。

会津の山奥から福島某なるものが 「プロデューサーでござい」 といってしゃしゃり出て、創棋会のスタッフ相手に、「プロ棋士の招待は一切認めません」 とやったらどうなるのだろう。

考えただけでも空恐ろしくなるので、この話からは手を引く事にした。

手は引くが、皆さんには考えてもらいたい。
これは各地域の実行責任者に一任すべき問題なのだろうか。
全詰連としてのしっかりとしたスタンスが要求されているのではないだろうか。

基本は 「詰将棋の世界にプロもアマも無い」 であろう。
「神戸市 谷川浩司」 がこの世界の魅力なのだ。
例外として全詰連が幹事会の決定事項として、お世話になった人を 「招待客」 と指定するのも一つの見識であろう。

これを各地域に任せていると、今回のような問題や、大崎での 「奨励会員を日将連の代表として扱った」 間違いも出てくるのだ。
奨励会員や女流棋士の日将連における 「位置」 も確認していなければならない。

更に 「招待客リスト」 に、看寿賞受賞者を入れろ、という話もある。
数万円の賞金を貰うのだから、たかが千円や二千円くらい出させてもいいとも思うのだが・・・。
それならスタッフこそ無料にすべき、という声もある。
今度は、「中心になって頑張った人と、当日数分だけ受付に座った人とが同じ扱いか」 等々。

今後のためにもすっきりとした結論を早急に出して貰いたい。
次回は猪股氏の地元高槻で開催されるそうだ。
大阪府下だが京都に近い。以前やった吹田と京都の中間くらい。
私個人的には隣町の茨木の中学に通っていたので知人も多い。
必ず参加して猪股氏のお手並みを拝見するとしよう。


第三は第一、第二とも関係のある運営責任の話。

名古屋・東京・関西・地方、と一年ごとの持ち回りで開催されているが、統括運営責任者は一体誰なんだろう。
「主催・全詰連」とはあるが、実際はノータッチ。 各地域の詰将棋グループに丸投げ状態である。
まあそれはそれで各地域の特色が出ていいのだろうが、コンセプトや方向性・諸問題の最終決定権など、前記したように先ずここを何とかしないと何も解決しないと思うのだが。


とまあ、様々な問題を水面下に抱えての全国大会ではあった。
私が以前から言っている 「ドームで1万人」 が、笑いものにならない日がいつかはやってくるのだろうか。
「詰将棋」 が、俳句や短歌や能や歌舞伎や焼き物や、その他諸々の日本の伝統文化のように、普通の人々に 「経験はないけれどどんな物かはイメージ出来る日本の文化」 として認知される日がやってくるのだろうか。

いや、詰将棋が 「詰め将棋」 ではなく 「詰将棋」 として各メディアに通用する瞬間がもうすぐそこまで来ている事を我々は信じたい。

そして、その小さな一歩として 「静岡」 があり 「府中」 があったのなら、それこそが我々の意とするところなのである。

                   文責 福島竜胆

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大会サブプロデューサー  福島竜胆