物音ひとつない。
家中が息をひそめている。
時計の針はすでに一時を回っていた。
結子はゆるゆると立ち上がり、ミントグリーンのパジャマに袖を通した。ベッドに入ろうとした時、机の上に小包が置かれていることに気がついた。
(何だろう……)
手に取って差出人を確かめた。
〈ジェイ企画 Y.N〉
(Y.N……。えっ、中江さん?)
結子は仕事の資料でも取り出すかのように、手早く包みを開けた。中には、光沢のある紫色の紙で包装された小箱、そして、手のひらに納まる程の小さな板状のものがティッシュに包まれ入っていた。カードが添えられている。ピンクの紙片にブルーブラックの文字が並んでいる。
志村へ
バレンタインデーのお返し、それと、
遅ればせながらのバースデー・プレゼント
お菓子じゃなくて ゴメン
中江
PS ガラスのボートは支笏湖での撮影の時、
湖畔で拾ったもの。
ロケの想い出として……
それは支笏湖での夜、中江が結子に渡そうとして渡しそびれてしまったものだった。
カードをもう一度読み返し、貴重品を扱うような手つきで丁寧に包装紙を開いていった。中からはプラスティックの小箱が現れた。左手に持ち、そっと右手を添えてゆっくりと箱の上部をはさむようにして押し上げてみた。
「――かわいい」
ないしょ話をするように、そっとつぶやいた。
クリスタルガラスのペンダントだった。シルバーの留め金にティアドロップ型のクリスタルがはめ込まれ、やわらかな輝きを放っている。
(お菓子じゃなくてゴメン、だなんて……)
結子は、孤独から徐々に開放されていく自分を感じていた。
鏡の前に立った。チェーンの両端をつまみ、両手を首の後ろに回す。鏡に映る自分の横に、中江の爽やかな笑顔が思い浮んだ。
(………)
視線を下に落とす結子。
(今の私じゃ……)
結局、チェーンをつなぐことなくペンダントをそっと箱に戻した。
紫の包装紙を四つに折りにたたみ、ピンクのカードとボート型のガラス片、そしてペンダントの入った箱を重ね合わせて、枕元に置いた。
ベッドにもぐり込んだ。スタンドの灯を消す前に、もう一度箱をそっと開けてみる。
クリスタルとガラスのボート
二つの光に守られて
孤独の影が 薄れてく
(ありがとう、中江さん。おやすみなさい……)
スタンドの灯が消えると同時に、結子の部屋に闇が訪れた。