「少し早く着きすぎたみたいだな。まだだいぶ時間がある。」
「先生、私だったら一人で大丈夫ですから。」
「いや、出発まで一緒にいよう。」
「でも時間、いいんですか?」
「ああ、気にしなくていい。」
「そうですか。」
倫子はもうしばらくの間一緒にいられると思い素直に嬉しかった。
二人は手続きを済ませ、空いている席に腰をおろした。
「先生?体の方、具合はどうですか?」
「ああ、大丈夫だ。」
「私、なんだかはしゃいじゃって、先生のこと疲れさせてしまったんじゃないかって…」
「いや、そんなことはない。調子良かったみたいだ。楽しかったからかな、全然気にならなかった。」
「えっ?」
「ん?」
「あ、いえ…先生から『楽しい』って言葉が出るのが意外だなって思って…」
「どういう事?」
「『楽しい』ってほら、ワイワイ騒いで盛り上がっている時に使う言葉かなーって、先生はそういうタイプじゃないかなーって…あ、すみません、変なこと言っちゃて…」
「いや、確かにそういうタイプではないからな。でも、楽しかったよ、本当に。」
「はい、私も…、楽しかったです。」
「そうか…、ならよかった…」
そしてしばらくして会話は途切れ、沈黙の時間がながれた。
その時間は倫子にとってとても心地の良いものだった。
思えば、出会った頃は二人になった時、間が持たず、自分から一方的に話しかけたり、気まずい思いもした。
でも今は、ただ直江のそばにいる、それだけでこの静かな時間はかけがえのない幸せなひと時となっていた。