生け簀
生け簀より鯵つややかにとり出されうすあおき目は閉じずかたらず
死にかけの鯵と目があう鯵はいまおぼえただろうわたしの顔を
鯵焼かれましろの肉は湯気たてて箸のさきより海の香はなつ
さりさりとのど通りゆく白き肉ああかさねあうあの夜の肉
かたくなな耳をさらしてすこしずつあなたの記憶にはいりこみたい
あいされるあいされないにかかわらず小さき羊の張り子ゆれおり
ひさしぶりのさよならですねゆく街のゆくさきざきで君がゆれてた
好き、です。が夜の川にとけてゆく とりあえず春まで生きなさ
自転車を押しつつ呪文のように言うやさしいひとがやさしいひとが
ここで泣いた。思いだした。生きていた。小さな黒い虫になってた。
中央線、南北線に東西線、どこへもゆけてどこへもゆかず
伝わらぬことばが焼けて湯の中の裸の肌が痛がっている
陰毛のみ残した身体さらしたらもうなんでしょうなにもないです
水が水の重さかかえて落ちてくる冗談だけが人生でした
(初出:角川「短歌」2003年1月号)