緋鯉
 

東直子


水田に緋鯉は甘く泳ぎ去りわたしは淡くとりのこされる

夏告げる雨がはるかな伝言を魚のつがいに鳥のつがいに

夕立に塗りこめられて三枚の壁が吸いつくように眠たい

重ねればやわらかい指ぼくたちは時代錯誤の愛を着ている

鳥ねむる星より滲む体液が水平線を燃やしているわ

瞳(め)の透るほど薄い生告げていた茄子のつけもの好きの父親

武蔵野に風吹きわたる夜に醒め少女真白き卵産みたまえ 

(初出:「俳句現代」2000年9月号)


illustration:kumiko kobayashi

東直子の短歌へ戻る