足りないものがあっても。
足りないものだらけでも手を伸ばして
無くした傷跡に触れてください。
それが今の自分なら…。
『帰ることだけ知っている』4
「…いいんスか…?」
ロイの部屋。ベッドの上。
ここまであがっていてその台詞はないだろうと思うのだが。
しかもおそるおそる。
それでも許可をほしがるのは確かなものが自分の中にないからで。
頷くようにロイの瞼がふせられたのを答えに、やっとハボックは自分の唇で深く相手の唇に触れた。
それは特別な意味を持つ行為。
最初は小さくついばむように。
それからだんだん深く。
お互いを食い尽くすように荒く。
「ん…はぁ…」
なまめかしい息が漏れてハボックはそっと捕らえていたそれを解放した。
「銃と同じで結構覚えているもんですね」
離れた口元を指で確かめるようになぞってハボックは緩く笑う。
「覚えがあるって?」
「ええ、なんだかとても」
きっと自分達はこうやって夜を越えてきた。
それも確信に近い感覚。
「…お前そんなこと考えながら私を抱くつもりか?」
しかし帰ってきたのは少し不機嫌そうなロイの声。
記憶を戻すのにきっかけになるならとも思わないではないが、よけいなことを考えている相手に抱かれるのは気分良くない。
もっとも、でもこの場合それをいうのはハボックにとってはかわいそうだとわかっていてロイは少し自分勝手にむくれる。
こういうことをするときは何も考えずに自分も相手も溺れたいしおぼれて欲しいわけで。
「そういうつもりはないんですけど…どうしてもこう感覚が来ちゃうんですよね。『あ、なんか覚えてる』って」
もっともそれがないと今の自分は思いっきりただの初心者になりかねないんですけど。
その答えにロイは仕方がないなとため息を吐いた。
別にいけないというものではないだろうが、こういうことは何かを思い出すためにやることではない。
というかよけいなことに気を取られてイくにいけなかったら二兎を追うもの1兎も獲ずもいいところである。
「そんなんじゃ集中できないだろう?やめにするか?」
「ちょ…ちょっと勘弁してくださいよ。こっちもういっぱいいっぱいなんですけど」
ハボックは離れそうになるロイの身体を抱きしめて、それを示すようにぎゅっと下半身を押しつけられる。
確かにそれははっきりとした熱を持っていて。
「なんだかな」
よけいなことを考えている割にはきちんとその気で、ずいぶんとバランスの悪い。
しかしこれならば少し煽ってやれば…。
ロイはその感覚にクスリと笑うと、自分から顔を寄せてハボックに触れるだけのキスをした。
「たいさ…」
しかしハボックがそれを捕らえて口づけようとするのはかわして、離れざまハボックの下唇を軽く噛む。
「…っ…」
そして顔を離すと自分の唇をぺろりとなめてとまどっているハボックに嫣然と笑ってみせた。
「……あんた…」
そのロイの様子に顔を赤くして渋い顔をするハボックにロイは心の中で子供のようにほくそえんだ。
記憶をなくしてもの慣れない状態ではかわいそうだとおとなしく抱かれるつもりであったが、もうやめだ。
思いっきり煽ってやる。
もともとあまり行儀のいい方ではない。
よそ見なんかしたら噛みつかれるとそれだけを思い出させてもいい。
記憶にあった頃のハボックに”性悪”と称された自分を見せてやろうか?
しかしその後そんなところもかわいいと言われた。
今のお前もそれをいえるかためしてやろうか?
ずっとお預けだったのはロイも同じ。
ロイの方とていっぱいいっぱいなのだ。
ロイは手を頬から滑らせて胸元にあてるとあっさりとシャツのボタンをはずしてその胸元に顔を埋めた。
そしてシャツのボタンをはずし終わった手でそっとズボンの上から熱くなったハボック自身をなで上げる。
「…っ…アンタ…」
せっぱ詰まった声に呼ばれてロイはにやりと笑みを浮かべて相手の顔を見上げた。
よけいなことを考えられるなら考えてみればいい。そんな風に。
「まったく…」
ハボックは思い人の艶めかしい変化に盛大にため息を吐いて、股間に這わせていた手を取りあげてベッドに縫い止める。
反転するロイの視界。
目の前には天井、と自分を見下ろすハボックの顔。
さっきよりせっぱ詰まった表情にロイは満足する。
「なにかわいい事してくれちゃうんですか…」
…やはりこの男にとってはかわいいになってしまうのだろうか。
「よけいなこと考えているからだ」
「仕方ないでしょ」
「思い出すからか?」
ならば今は思い出すなといってやりたい。
その方がいいだろう。いつもは思い出さなきゃなんて追いつめているのだから。
「違いますよ。すこしよけな事考えて気を紛らさせてないと暴走しちまいそうで」
ロイはハボックの意外な台詞に目をしばたかせて、その後ころころと笑い出した。
「かまわん」
いっそ望むことだと耳元で告げてやる。
甘ったるい優しいだけの関係でもないのだ。
「喰っちまいますよ」
「やれるもんなら…」
うっとりと返されるその言葉に拘束するようにロイの腕をベッドに縫い止めていたハボックの手に力が込められる。
ちゃら…
その力にロイの手から銀の鎖がこぼれ落ちた。
「あれ?」
「ああ…」
それはハボックに贈られた銀のプレート。諍いと和解の原因。
ロイはそれをずっと握りしめていたようだ。
「たいさ…」
ハボックは起きあがってその鎖を拾ってロイに手渡す。
「なんだ?」
「これ、付けてもらえません?」
あんたが、俺に。アンタからまたもらいたい。
「いやだ」
しかしその甘えはけんもほろろに却下された。
「大佐〜」
それどころかロイはそのプレートのついた鎖を拾い上げ、ベッドサイドのタンスの中にしまい込んでしまった。
「たいさ…それ俺のじゃないんですか?」
ハボックは拗ねたような声で抗議する。
「思い出したら返してやる」
「………やっぱりアンタ記憶のない俺なんて…」
「誤解するな。これは自覚のない奴がしても意味がないんだ」
そういってロイはまっすぐに今のハボックを見つめた。
いたずらや嫌がらせではないと一目で分かる、まっすぐで静謐な視線にハボックはそっとおとなしくベッドに座り直してロイの額に手を触れた。
これは首輪だからその自覚がない奴に与えても意味がない。
それは最初にお前が言った言葉。
確かにそうだと思い知らされたよ。だから…
「自覚?」
「だから思い出したら返してやる」
「自分が誰かを?」
「いいや、これが何かを」
これがどんな意味を持っているか。
お前がどんなつもりでこれを受け取ったのか。
「それってチョーカーでしょ?いやブレスレットか…」
「そうだけど意味が違う」
「ええ〜?そんなこと言われてもなぁ、あ、迷子札っていってましたよね」
「ふふ…」
「エンゲージリングとか」
それしかでてこないのか、と生意気な言葉にロイはハボックの頭をはたいて黙らせる。
「まぁ他の誰かにやる気はないからゆっくり思い出せ」
「ホントですよ?」
「そんなことより…」
ロイはするっと腕をハボックの首に回した。
「続きを……」
すぐにそれに答えてさっきよりも熱が上がったと思える腕が強くロイのからだを抱き込んでくる。
「望むところですけど…」
「けど…?」
「こちら初心者なんでお手柔らかに」
さっきみたいなのは無しですよ?
「そう思うなら集中…」
「してるでしょ」
アンタのことしか考えてませんもん。
そういったとたんにロイがバカみたいに笑い出したので、ハボックはそれは実力行使で黙らせることにした。
せかさないで、煽らないで、アンタが欲しいと言うことだけはどうしようもなく確かなことだから。
飢えているけどゆっくりと溺れさせてくださいね。
「あ!…はぁ…あ、あぁぁ!!」
声高い悲鳴とともにロイはギリギリまでため込んでいた熱を解放する。
というか解放させられる。
全身の血管に熱い蜜が流れ、ロイは全身をふるわせて詰めていた息を吐き出そうとする。
「大佐…」
しかし耳元でハボックの声がしてロイはまたすぐに信じられない愉悦に全身を犯されて吐き出す息の代わりに悲鳴を上げた。
「あ、あ、あぁ…やっ…」
終わっていない。何も終わっていない。
ロイはまだハボックの指を後ろにくわえ込んだまま、まだ彼自身を受け入れてはいない。
まだ愛し合う行為の途中。
残酷で優しい責めは止まらず、余韻をかき乱されてロイはしゃくり上げるように鳴き声を上げた。
「ここ…?ッスか?」
嬉しそうな声が降り、
後ろに埋められた指がぐるりと先ほどロイがイった場所をえぐるようにかき回す。
「ひぃっ!!ひゃぁっあ、あぁぁっっ!!」
ロイは全身をまた肴のように跳ね上げて悲鳴を上げる。
イッたばかりでまだ全身の神経が晴れ上がりむき出しになっているのに一番感じる場所にそんなマネは、ない。
ロイは全身を痙攣させ身も世もなく啼いた。
「ああ…もう…それぬいて…」
ロイの懇願。
熱い、苦しい、おかしくなりそうでどうにかしてほしくてとっとと先に進んで欲しくてロイは何度もそれを口にした。
「はやくっ…」
それなのにハボックときたらロイの身体が跳ねるところを見つけるたびに
「やっぱここがいいんだv」
とか嬉しそうにつぶやいてなおさらぐりぐりと指を押しつけてくる。
さっきからずっとそれなのである。
ゆっくりと確かめるようにロイの身体をなで回し、ロイが反応するところに唇を落とし、ここですか?とたずねるとそこをゆっくりとまた確かめるように指と唇で責め立てる。
そしてまたゆっくりと次を探して身体の上をゆっくりと這っていくのだ。
そのハボックの付けたマークがいまやロイの体中に散らばっている。
ハボックが探し出したロイのいい居場所である。
ハボックは宝探しでもするようにその遊びに熱中した。
ロイからすればそんな責めを受ける方はたまらない。
ロイはもう啼きっぱなしだった。
声が掠れて喉もひりひり痛む。
ちゃんと行為に集中しろといったのに。
そういえば集中しているでしょうと笑われる。
ああ、そうなのかもしれないけれども。
しかし幾らロイが先をねだっても、即してもハボックは
「つらくないようちゃんとしたい」
というばかり。
どちらがロイにとってつらいか何ていうまでもないのに。
「やぁっ…ば…ばかぁ…」
イクだけならロイは2回、ハボックは一回すでに相手の手管で解放されている。
ハボックのそれもまたギリギリまで張りつめているのに…。
「もう…もういいから…あ、あ、」
「すんません、もうすこし…」
ハボックの声が低く掠れてロイの鼓膜をまたふるわせた。
こいつも限界なのに。
「まだ…」
ああ、こいつはもしかして先に進むのがもしかして怖いのかもしれない。
ロイは沸騰しそうな頭で何となくハボックの躊躇を感じ取って、泣きそうになって彼に手を伸ばした。
その手捕らえられてゆっくりと唇が落とされる。
その感覚にロイはまたふるえた。
なにも知らない上に、最初の相手が本来男を受け入れることのない相手であるならなば、どこで見切りを付けて良いのか。もっとちゃんと準備しなければいけないのではないか等と無意識に考えているのかもしれない。
ロイが大切だからなおのこと…。
もちろんそんなこと杞憂なのだがもうそれをちゃんと伝えてやれるほどの余裕もロイにはない。
でもこれ以上、じらされ、煽られ上り詰めされてはとてもじゃないけれども体力が持たない。
だいたい言葉を出そうにも何も思考はまとまらないし、唇からこぼれるのは荒い息に混じった意味をなさない悲鳴だけだ。
とにかく早く一つになりたい。
ロイは身体を起こそうとしてなしえずまたシーツの中に埋まった。
自分で相手を押さえ込んで乗ってしまおうにももう膝どころか下半身もがくがくと震えてまるで力が入らない。
腕を付いて身体を起こすことすらできないのに…。
脳髄が痺れる。背筋をはい上がる感覚は呼吸すら苦しくさせ、目からボロボロあふれる涙ももうシーツにいくつものシミをつくっている。
「も…だめ…だ」
もう限界。
恥も外聞ももうロイには考えられなかった。
ただいまあるのは相手のことだけ。
ロイは自分の腕で自分の足の膝裏をつかんで大きく足を開いて身体の横で固定する。
「ハボック…はぼ…」
「…たい…さ」
それはあまりにも扇情的でいやらしい眺めだった。
あのロイが自ら足を大きく広げ腰を上げてみせている。
大きく広げられた足もそれを押さえる手もぶるぶる震えているが、それでも必死でロイは誘うためのその体勢て切なげにハボックを見る。
「たいさ…」
「ハボック…きてくれ…もうっ」
甘く淫靡に響く声。
息も絶え絶えといわんばかりの風情で首を緩く振る様は、ハボックのとまどいも、知らないコトへの躊躇もすべて吹き飛ばした。
「たいさっ!!」
ハボックは乱暴に開かれた足を更に開かせるとその間でハボックを待ち望む淵に力強く自身を打ち込んだ。
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ほんばんかっと…(逃) |