水燿通信とは
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283号

東日本大震災を受けて

緊急発行号

 私はインターネットで様々な情報を得ているが、それらがテレビ、新聞から得られる情報と大きく異なることをいつも感じている。今回の福島原発事故の放射能汚染に関しても政府の発表やそれをそのまま流す大手メディアの情報が、インターネットで得るそれとあまりにも違うのに不信感を募らせている。
 私には、北陸地方に住む30歳の姪がいるが、1歳半の彼女の子供を思い、その姪に注意をうながしたいとメールを送った。その私と姪のメールのやりとりを姪の了承を得て公表することにした。災害時の個人の動きや、若い世代のインターネット利用の状況などの1例を知ってもらうことも、無益ではないと思ったのである。
 原発事故の状況は予断を許さないまま刻一刻と変化してきているので、あまり時間が経たないほうがいいと思い、緊急に発行することにした。
3月20日 私→姪
 今回の震災、あなたの地域はさしたる被害もなく一応は安心していていいのかもしれませんが、小さい子供を抱えているあなたに、是非言っておきたいことがあります。
 現在の菅政権は国民に正確な情報を公表していず、放射能の汚染に関しても「当面問題はない」「直接体に影響を与える数値ではない」といった無責任な発表を続けて「たいしたことはない」ことを強調しています。例えばよく「レントゲン撮影時の量と変らないから大丈夫」と説明されますが、レントゲン撮影はほんの一瞬なのに対して、汚染された地域にいることはそれを1日中、何日も続けて浴びることになるのです。影響はないなど、とんでもないことです。「屋内退避」などという政策は、ことが大きくなるのを避ける為という政治的目的でとられた、住民のことなど全く念頭にない棄民政策そのものだと思います。
 また、昨日は「福島産の牛乳、茨城産のほうれん草に微量の放射能が測定されたが、当面心配する数値ではない」というニュースが流れました。これも同じ、食べ物は毎日最低3度ずつ摂っているのです。しかも生きているかぎり、止めることはありません。1度に摂取する量が微量だからといって安全などということはありません。
 チェルノブイリ原発事故の後、あの地域で小児癌が多発したのは、放射能を浴びたことよりも、汚染された食べ物を食べ続けたことがより大きな原因だという話を聞いたことがあります。現政府の発表をそのまま信じては、家族の安全は守れません。健康に生まれてすくすく育っているMくんです。どうかこの子の食べ物に関しては神経質すぎるくらい神経質になってほしいと思います。お節介と言われるかもしれませんが、どうしてもこのことだけは言っておきたいと思い、メールしました。元気でね。
3月21日 私→姪
 昨日差し上げたメール、いささか誤解される可能性があると思い、もう一度送ることにしました。私が言いたかったのは、政府発表のものをそのまま信じて、放射能汚染の危険のある食べ物を無自覚に家族に食べさせないようにということなのです。決して、風評に踊らされて不安に駆られることを勧めているのではありません。
 東京でも、トイレットペーパー、ミネラルウォーター、すぐ食べられる菓子類、パンなどの買占めがありました。私は生協を使っているので、地震が起きたからといってすぐに食糧買いに走るということはなかったのですが、地震の3日後に足りないものを買いにスーパーにいったところものすごい混みようで、みんないろんなものをどっさり買い込んでいるのです。そのときは「何だろう?」と思っただけだったのですが、後日、同じ住まいの人から「被災地にどんどん送られているので、トイレットパーパーなど(上記の品)東京では無くなる」との噂が出て、みんな買い物に走ったのだそうです。私はそういった人のようになってほしいと言っているのではありません。そうではなく、そういった風評に踊らされたり、政府の発表をそのまま信じ込んだりしないように(菅政権のあまりの隠蔽体質に、外国では本当のことがわからずとても苛立っているようです)、自分の頭で冷静にしっかりと考え、どの情報が正しいかをきちんと見分ける目を養い、安全なものをM君に食べさせてほしいと言っているのです。
3月22日 姪→私
 Mの食の件、ご心配ありがとうございます。
 以前も書きましたが、基本的に私は現政権を信用していませんので彼らの発する情報をすっかり信じることはありませんし、テレビや新聞・ラジオしか情報源をもたない情報弱者ではないのでご安心ください。ただ、逆に情報がありすぎて、危険を危険と切り捨てられない自分がいます。
 福島出身の友人がいます。東北各所に友人や知り合いがいます。その人たちから連なるネットワークもあります。夫の幼馴染は昨年末に茨城の農家の娘さんと結婚したばかりです。それらから届く「報道されない現地の声」に、日々涙します。今の自分の満たされた生活に感謝し幸せを強く感じます。
 私たちの世代は、オイルショックもチェルノブイリも正直物語りのように遠い事件です。
 だから、その時代に「おとな」だった人のように、今、自己保身にだけ走れない。買占めも、関東から逃げるのも、上の世代がほとんど。ほうれんそうだ牛乳だと、自分で調べたり見たわけでもない現実に風評を流してばかり。
 台湾で鹿児島産ソラマメから放射性物質が出た件はご存知ですか? 結局のところ、どこへ逃げようとも日本に代わりはないのではないでしょうか。危険はそこかしこに落ちていて、誰がどこで作ったものを食しても、本当の安全なんてものはない。
 私の周りの若い世代は今、「ヤシマ作戦」「ウエシマ作戦」(後註)をこころに被災地、被災地外関係なくがんばっています。被災地は放射能まみれで危ないから、被災地を切り捨てることで自分の安全だけ確保しようと今は思えません。
 子供を親のエゴに付き合わせるのは苦しいので、無自覚に与えることはないかと思いますが、個人的にある程度ライフラインが落ち着いたら、次に被災地に対してできることは「お金を現地におとすこと」だと思っているので、どのように対応していくか今は解らず「絶対くちにいれさせないから大丈夫」とお約束はできません。
 きれいごとと、怒らないでくださいね。若い世代がきれいごとも言えなくなったら、この国はいよいよもって終わり、だとおもいますので。心配してくださって本当に本当にありがとうございます。
(註)「ヤシマ作戦」 政府と電力会社が停電を避けるため、広範囲な節電を呼びかけたことをいう。テレビアニメ「新世紀エヴァンゲリオン」に登場する作戦(攻撃兵器の電力を集めるために日本中を停電にする作戦)と類似していることから呼ばれるようになった。元々は屋島の戦いに由来する。
「ウエシマ作戦」 「物資全般を譲り合う」「買占めはしない」運動。元々は、ヤシマ作戦の終了直後に電力消費が集中するのを防ぐため、電気の使い始めは譲り合おうという意味で提唱されたが、大震災後の物資不足の折からこのような意味で使われるようになった。
3月22日 私→姪
 メール拝見、若い世代に、新聞、テレビ以外の情報がどのくらい広範に行きわたっているかを、改めて知った思いです。私の心配が本当に“老婆心”だったことをかえって喜ばしく思っています。
 私は福島の原発事故が容易ならざる事態であることを知って以来、放射能の影響が出るのはずっと先なので年寄りは心配ないものの、小さい子供を抱えた人たち、妊娠中の女性のことなどを思い、心が痛みました。幼いMくんのことを思い、あなたはどんな思いですごしているのだろう、とずっと考えていました。まさか「ここは被災地から遠いから」なんて安心しているのではないだろうな、などと思い「不安を掻き立てるばかり、余計なお世話だ」と思われる可能性を重々承知で、あのようなメールを出さないではいられなかったのです。
〈個人的にある程度ライフラインが落ち着いたら、次に被災地に対してできることは「お金を現地におとすこと」だと思っているので、どのように対応していくか今は解らず「絶対くちにいれさせないから大丈夫」とお約束はできません。〉
 この覚悟があればもう私には何も言う必要はないと思いました。元気でやってください。
*
〈震災に関する報道で気になったこと〉
屋内退避 福島原発からの距離20〜30キロ内に住む人は、屋内退避をするようにとの勧告が出た。建物の中に居て外に出ないようにし、窓を開けたり換気扇を使ったりしないようにということらしい。政府の発表ではいつまでとは明言できない由。このようなことは、普通の人間には1日だって耐えられないことだ。それを期限なしで当面続けろだって? その間の食糧などの生活物資の保障は何もない状態で? 退避する人たちの人間性を全く無視した勧告に、信じがたい思いを抱いた。本当は放射能汚染は十分に危険な状態の地域なのに、事の重大性を隠蔽するためだけに行なわれた棄民政策ではないのか。国民のことなど全く考えていない政府の姿勢がはっきり感じられて、私は大きな怒りを覚えた。(その後の放射能汚染の拡大に、さすがの政府もこの地域の人たちに他地域への避難を呼びかけた)
計画停電 東京電力の発表によれば、原発事故のため供給できる電力が足りなくなる可能性が出てきたので、停電をお願いすることになったという。ただし、電力が足りないかどうかは直前にならないとわからないので、やるかやらないか、どの地域でやるかに関しては直前に発表する、という極めて「無計画」なもの。お蔭で、被災地や病院でも突然停電になったり、通勤の足が奪われたり、また家庭だけでなく工場などでも様々な不都合が出てくるなど、国民生活に大きな影響が出ている。人々の間では、こんな事態だから多少の不便は我慢しなければと思っている向きが多いようだ。だが電力の消費量などは、これまでのデータがあって大体の量はわかるはず、それに水力・火力発電だってあるのだ(費用は原子力よりはずっと高くなるといわれているが、この点に関しては疑問を呈する見方が少なくない)。そういった数値を一切公表せず、いきなり停電とは何なのだろうと、私は不審を抱かざるを得なかった。これは、このたびの事故によって反原発の動きが出るのを封じ、「原子力がないとこんなに不便になるのですよ」と国民を思わせるための策謀ではないのだろうか、そのように思えてならなかった。果たせるかな、4月1日号の『週刊朝日』に「計画停電はスピン・コントロール(政治的情報操作)だったとしか思えない」とあった。
震災後出てきたキャンペーンや広告 震災後、国民を元気付けるような広告が見られるようになった。「がんばろう 日本!」「日本は強い」「あなたは一人じゃない」などなど。そんななかに「いま、できること」というのがある。「いまできること、部屋の電気はこまめに消そう、使っていない電気製品のプラブは抜いておこう、不必要なメールや電話は避けよう、必要でないものを買うのはやめよう、一人ひとりの力はちいさいけれど、集まれば大きな力になる」といった感じのものだ(細かい言葉の違いはあるかもしれない)。一見、とてもいいことを呼びかけているように感じられる。どれも間違ったことなど無い。でも、その中のいくつかは節電(つまり計画停電への協力)を呼びかけたものだ。なにかおかしくはないか。今は、原子力発電所は本当に必要なのかを真剣に考えるべきときなのに、大きな大きな犠牲を払ってそれを考えるきっかけが与えられたのに、これらのキャンペーンはその問題から人々の目を逸らさせ、現実を丸ごと認めた上で、人としてやるべきことを説いているように思えてならないのだ。いかにも良心的に感じられるキャンペーンの裏に潜んでいる、国民の方など全く向いていない経済優先の思考を見抜く必要があるのではないだろうか。この種の反原発の動きを封じ込めようとする巧妙な動きは、メディアでは徐々に広がってきている。最大級のスポンサーである東電の意向を全く無視した報道は難しいという、放送局などのメディアの置かれた立場も知っておくべきだろう。
協力会社? 福島原発の復旧にあたっていた「協力会社」の作業員3人が被曝して病院に搬送されたというニュースが入った。長靴もはいていず、足に高放射能の水が入った、という内容は、安全管理のあまりのお粗末さを感じさせられたが、「協力会社」という言い方もひっかかった。「いったい何なんだ、これは?」と思っていたら、24日付の植草一秀のウェブサイト「知られざる真実」で、「下請け会社のことだ」と明言されていた。そして植草は同ブログで、フランス、パリ大学のポール・ジョバン准教授が24日付ルモンド紙のインタビューで、厚生省がこの事故に際して、今回の事故対策に限り、緊急時の被曝上限値を100mSV(ミリシーベルト)から250mSVに引き上げたことに対して「作業員が死亡することになっても(東電が)補償請求を免れるための方便である可能性がある」と語ったことを紹介している。私は「協力会社」などといった欺瞞的な表現を使うNHK(私がこの言葉を聞いたのはNHKのニュースでだった)の報道よりも、植草氏やポール・ジョバン准教授の言葉のほうを信じる。
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 当通信の読者の1人から「原発がどんなものか知ってほしい」という文のコピーが送られてきた。原発の現場で20年間働いてきた一級プラント配管技能士で、原発事故調査国民会議顧問、原発被曝労働者救済センター代表(後継者がなく閉鎖された)、東北電力女川原発差し止め裁判原告特別補佐人、福島第2原発3号機運転差し止め訴訟原告証人などを勤めた平井憲夫氏が書いたもの。「私は原発反対運動家ではありません」から始まって、「安全は机上の話」「素人が造る原発」「名ばかりの検査・検査官」「放射能垂れ流しの海」「もんじゅの大事故」「日本のプルトニウムがフランスの核兵器に?」「日本は途中でやめる勇気がない」「廃炉も解体も出来ない原発」などの項目に分けて、テレビや新聞では決して報じられることのない原発現場での生々しい様子や、安全管理体制の杜撰極まりない実態が語られている。氏は1997年に逝去したが、今回の原発事故を予見していたともいえる。なおこの文は、グーグルで「平井憲夫」で検索すると読むことが出来る。
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 福島原発事故は危機的な状況のままに時間ばかりが経ち、放射能汚染を拡大させている。政府発表の情報やメディアの報道は信用出来ず、余震も度々もあり、しかも愚かしい「自粛」ムードが日に日に強くなっているといった有様で、ストレスは溜まる一方だ。
 そんな折り『週刊朝日』4月1日号収録の嵐山光三郎のエッセイ「コンセント抜いたか」に、次のようなことが書いてあるのを見つけた。
 …蓮舫が節電啓発担当で、辻元清美が災害ボランティア担当だってよ。これを学芸会内閣という。最悪の事態だが、なに、戦時下は似たようなものだった。…生協へ行くと、高齢者の夫婦が籠いっぱいに乾麺や塩昆布や納豆を入れ、よろよろと歩いてきて、肩にぶつかり、バカヤローと怒鳴られた。高齢者は、戦争と敗戦直後の貧乏生活を体験しているから、非常事態になると強い。…放射能汚染を逃れるために名古屋へ移ろうと考えたが、なに、つぎにおこるのは東海大地震だという。富士山が噴火するという説もある。…石油資源がない日本は原発に頼らざるを得ず、日本各地に原発ができた。電力がなければ日本人は生きていけず、電気依存症になった。電気依存症の患者に、「電気が切れたので、しばらく我慢しろ」というのは脅迫じゃないか。原発事故で反原発世論が盛んになるのを見こして、「電気が切れると、こうなりますよ」とパニックをちらつかせてみせた。電力不足で死ぬか、放射線物質で死ぬか、ふたつにひとつ。…
 私と似たようなことを語っていながら、ここにはユーモアと余裕がある。これを読みながら、原発事故の先行きがまったく見えない今を生き抜くためには、この余裕も必要だなと思った。
(2011年4月1日発行)

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発行人 根本啓子