句稿1(以下句稿6まで小浜時代) |
| 1 | 汽車通るま下た草ひく顔をあげず(背を汽車通る草ひく顔をあげず) |
| 2 | 雑草に海光るお寺のやけ跡(雑草に海光るやけ跡) |
| 3 | たった一人分の米白々と洗ひあげたる(一人分の米白々と洗ひあげたる) |
| 4 | 草をぬく泥手がかはく海風の光り(草をぬく泥手がかはく海風光り) |
| 5 | 時計が動いて居る寺の荒れてゐること(時計が動いて居る寺の荒れてゐる) |
| 6 | 乞食に話しかける心ある草もゆ(乞食に話しかける我となつて草もゆ) |
| 7 | 血豆をつぶす松の葉を得物とす(血豆をつぶさう松の葉がある) |
| 8 | 腹の臍に湯をかけて一人夜中の温泉である(臍に湯をかけて一人夜中の温泉である) |
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句稿2 |
| 1 | かぎりなく蟻が出てくる蟻の穴音なく(かぎりなく蟻が出てくる穴の音なく) |
| 2 | 手作りの吹き竹で火を吹けばをこるは(手作りの吹き竹で火が起きてくる) |
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句稿4 |
| 1 | 豆を煮つめる一日くつくつ煮つめる(豆を煮つめる自分の一日だつた) |
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句稿5 |
| 1 | 銅像に悪口ついて行つてしまつたは(銅像に悪口ついて行つてしまつた) |
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句稿6 |
| 1 | 芹の水濁らかすもの居て澄み来る(芹の水濁らすもの居て澄み来る) |
| 2 | 小さい橋に来て荒れとる海が見える(小さい橋に来て荒れる海が見える) |
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句稿7(以下、小豆島時代) |
| 1 | あらしが一本の柳をもみくちやにする夜明けの橋(あらしが一本の柳に夜明けの橋) |
| 2 | どうせ濡れてしまつたざんざんぶりの草の蛍(どうせ濡れてしまつた夜空の草の蛍) |
| 3 | 光ること忘れて死んでしまつた蛍(蛍光らない堅くなつてゐる) |
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句稿8 |
| 1 | 海が少し見へる小さい窓一つもち事たる(海が少し見へる小さい窓一つもつ) |
| 2 | わが顔があつた小さい鏡を買うてもどつて来る(わが顔があつた小さい鏡買うてもどる) |
| 3 | 何本もマツチの棒を消やし海風に話す(なん本もマツチの棒を消し海風に話す) |
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句稿9 |
| 1 | 雨の椿に下駄辷らしてたずねて来た(雨の椿に下駄辷らしてたづねて来た) |
| 2 | わが髪の美くしさもてあまして居る(髪の美くしさもてあまして居る) |
| 3 | 花がいろいろ咲いてみんな売られる花(花がいろいろ咲いてみんな売られる)(註) |
| 4 | いつも泣いて居る女の絵が気になる壁の新聞(壁の新聞の女ハいつも泣いて居る) |
| 5 | 盆休み雨となりぬ島の小さい家々(盆休み雨となりた島の小さい家々)※1 |
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句稿12 |
| 1 | 乞食日の丸の旗の風ろしきになんでもほりこむ(乞食日の丸の旗の風ろしきもつ) |
| 2 | 卵子二つだけ買うてもどる両方のたもと(卵子袂に一つゞゝ買うてもどる) |
| 3 | お祭り寐てゐる赤ン坊(お祭り赤ン坊寐てゐる) |
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句稿13 |
| 1 | 陽が出る前の山山濡れた烏をとばす(陽が出る前の濡れた烏とんでる) |
| 2 | 蜥蜴の切れた尾がぴんぴんしてゐる太陽(蜥蜴の切れた尾がはねてゐる太陽) |
| 3 | 迷つて来たまんまの犬で居りけり(迷つて来たまんまの犬で居る) |
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句稿14 |
| 1 | 山の上の芋堀りに行く朝のスツトコ被(かぶ)り(山の芋堀りに行くスツトコ被り) |
| 2 | 人間並の風邪の熱を出して居るよ(人間並の風邪の熱出して居ることよ) |
| 3 | 朝のうちにさつさと大根の種子をまいて行ってしまつた(さつさと大根の種子まいて行つてしまつた) |
| 4 | 酒夜となる蛙等の夜となる(酒蛙等の夜となる)※2 |
| 5 | 久し振りの雨の雨だれの音よ(久し振りの雨の雨だれの音) |
| 6 | 都のはやりうたうたつてあめ売りに来る(都のはやりうたうたつて島のあめ売り) |
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句稿15 |
| 1 | すつかり暮れ切るまで庵の障子あけて置く(障子あけて置く海も暮れ切る) |
| 2 | 窓の朝風と仲ようして居る鉢花(窓には朝風の鉢花) |
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句稿16 |
| 1 | 風のなかに立ち信心申して居る(風にふかれ信心申して居る) |
| 2 | 母子暮しの小さい家であつた(小さい家で母と子とゐる) |
| 3 | 淋しいから寐てしまをう(淋しい寐る本がない) |
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句稿17 |
| 1 | お粥をすゝる音のふたをする(お粥煮えてくる音の鍋ふた) |
| 2 | 一つ二つ蛍見てたずね来りし(一つ二つ蛍見てたづぬる家) |
| 3 | 早さとぶ小鳥見て山路を行く(早さとぶ小鳥見て山路行く) |
| 4 | 草花たくさん咲いて児等が留守番してゐる(草花たくさん咲いて児が留守番してゐる) |
| 5 | 爪切つたゆびが十本眼の前にある(爪切つたゆびが十本ある)※3 |
| 6 | 来る船来る船に島一つ座れり(来る船来る船に一つの島) |
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句稿18 |
| 1 | 夜の木の肌に手を添えて待つてゐる(夜の木の肌に手を添へて待つ) |
| 2 | 秋陽さす石の上に脊の児を下ろす(秋日さす石の上に脊の子を下ろす) |
| 3 | 家うちに居て芒が枯れ行く(こもり居て芒が枯れ行く) |
| 4 | 浮草とて小さい風の花咲かせ(浮草風に小さい花咲かせ) |
| 5 | 障子の穴から覗いても見る留守である(障子の穴から覗いて見ても留守である) |
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句稿19 |
| 1 | 口あけぬ蜆淋しや(口あけぬ蜆死んでゐる) |
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句稿20 |
| 1 | 流れに沿ひ一日歩いてとまる(流れに沿うて歩いてとまる) |
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句稿21 |
| 1 | 麦がすつかり蒔かれた庵のぐるりは(麦がすつかり蒔かれた庵のぐるり) |
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句稿22 |
| 1 | ゆうべ杓の底がぬけた今朝になつて居た(ゆうべ底がぬけた柄杓で朝) |
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句稿23 |
| 1 | 風落ちしより落つる松の葉(風凪いでより落つる松の葉) |
| 2 | 雪の頭巾の眼を知つとる(雪の頭巾の眼を知つてる) |
| 3 | 自分ばかりの道の冬の石橋(自分が通つたゞけの冬ざれの石橋) |
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句稿24 |
| 1 | 今朝の霜濃し先生として出かける(今朝の霜濃し先生として行く) |
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句稿25 |
| 1 | 寒なぎの船帆を下ろし帆柱(寒なぎの帆を下ろし帆柱) |
| 2 | 松かさそつくり火になつた冬朝(松かさそつくり火になつた) |
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句稿27 |
| 1 | こはれた火鉢でも元日の餅がやける(こはれた火鉢で元日の餅がやける) |
| 2 | 冬川せつせと洗濯しとる(冬川せつせと洗濯してゐる) |
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句稿28 |
| 1 | 昔しは海であつたと榾をくべる(昔は海であつたと榾をくべる) |
| 2 | わが家の前の冬木二三本(わが家の冬木二三本) |
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句稿29 |
| 1 | 夜釣りからもどつたこんな小さい舟だ(夜釣りから明けてもどつた小さい舟だ) |
| 2 | 風吹く道のめくらなりけり(風吹く道のめくら) |
| 3 | 夫婦で相談してる旅人とし(旅人夫婦で相談してゐる) |
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句稿30 |
| 1 | 絵のうまい児が遊びに来て居るよ(絵の書きたい児が遊びに来て居る) |
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句稿31 |
| 1 | 大晦日暮れた掛取も来てくれぬ(掛取りも来てくれぬ大晦日も独り) |
| 2 | 雪積もる夜の燃え座はるランプ(雪積もる夜のランプ) |
| 3 | 山奥木引き男の子連れたり(山奥の木引きと其男の子) |
| 4 | 夕空見てから晩めしにする(夕空見てから夜食の箸とる) |
| 5 | 明け方ひそかなる波よせ(ひそかに波よせ明けてゐる) |
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※1 | 筑摩書房刊『放哉全集』では「なりた」は「なつた」ではないかとしている。 |
※2 | 『放哉全集』では「酒」は「雨」の誤りではないかとしている。 |
※3 | 放哉は「爪」を「瓜」と誤記しており、井泉水にしばしば訂正されている。 |
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