水燿通信とは
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140号

夏の牛の句二つ

丑年の半ばに

炎天に繋がれて金の牛になる三橋鷹女
 炎天下に繋がれた牛は、己れを涼しい場所に移動させる術もなく、只じっと耐えている。流れる汗に全身を光らせながら。そんな牛を作者は愛情を込めて〈金の牛〉と表現した。この用語によって、牛は鈍重さから逃れて、厳粛な感じすら有する聖なる生きものに昇華する。
 鷹女56歳の作品。昭和35年刊の句集『羊歯地獄』に収められている。この10年後の昭和45年に刊行された最終句集『■』には〈老牛に道をゆづられ陽炎へり〉がある。作者の年輪の深まりと余裕を感じさせられる、これもいい作品だと思う。
冷やされて牛の貫禄しづかなり秋元不死男
 過日、東京新宿区にある俳句文学館を訪れた際に買ってきた、俳句の色紙を刷り込んだ絵葉書の中の一枚。勢いよく書かれた太い文字が、十数枚展示されていた中でひときわ目立ち、句も文字に劣らず魅力的で、思わずほれぼれしてしまった。
 牛の太く逞しい躯が、冷やされて寡黙に喜んでいる。殆ど動かないその表情の内側からも、気持ちよさが滲み出ているようだ。
 好ましい男っぽさにあふれた作品であり、前掲の鷹女の女性らしい詠みぶりの句と並べた時、その男振りはさらに強調される。
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 ……中国では、牛はまじめで我慢強いが、鈍重で頭の回転がやや遅い、というイメージである。「老黄牛」といえば「まじめに働く労働者」。「吹牛」とは「ホラ吹き」のことをいう。「牛驥共牢」は、愚かな者と賢い者を一緒にするという意味。驥は、一日千里を走る良馬、牢は檻。人の遇し方を知らないことを例えていう。……牛の評判は芳しくない。ところがお隣りのインドでは、牛は神聖な生き物として尊敬される。「牛を殺すのは親を殺すより悪い」とされ、年老いた牛が悠々と町を歩いている。牛の養老院もある。……焼肉大好きの韓国では、牛は好感を持たれている。「牛の如く稼いで鼠の如く食う」(大いに働き、節約する)「のろのろ歩いても黄牛の歩み」(動作は鈍いが、着実に仕事をこなす)などの諺があり、牛には「勤勉」「有益」のイメージが強い。……
(朝日新聞コラム「窓」1997年1月6日 夕刊)
(註)「■」は木偏に無と書いて「ぶな」。
(1997年8月5日発行)

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発行人 根本啓子