水燿通信とは |
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87号「豪雨」と「豪雪」の違い三橋鷹女句集『■(註)』の後記について |
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三橋鷹女は、第一句集『向日葵』以来、自分の句集の序文、後書きは全て自身でまとめているが、そこには常に、表現者鷹女の未来に向かっての並々ならぬ決意や意欲が表明されていた(通信63号参照)。だが最終句集となった『■(註)』の場合はそれまでのものと趣を異にし、“戦いすんで日が暮れたような、どこか心もとない哀愁の心境を吐露し”(中村苑子「三橋鷹女」『わが愛する俳人』所収)た序文と、つぎのような後記から成っている。 |
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豪雨が歇んだあとの■(註)の梢から、雫がとめどもなく落ち続ける――。
止んだ、と思ふと、またおもひ出した様にぽとりぽとりと落ち続ける――。
その雫の一粒一粒を拾い集めて一書と成し、「■(註)」と名付けました。
お目通しいただければ倖です。 |
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それまで鷹女の旺盛な作家魂をみてきた読者のなかには、決意や意欲などとは無縁のこの後記に、いささか寂しい思いを抱く人がいるかもしれない。だが、この後記にはすがすがしい豊饒のイメージがあって、私は他の序文やあとがきに劣らず好きである。おそらくそれは「雨の木」(レインツリー)の連想にもよるのかもしれない。 |
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大江健三郎の小説「頭のいい『雨の木』」に次のような箇所がある。 |
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「雨の木」というのは、夜中に驟雨があると、翌日は昼すぎまでその茂りの全体から滴をしたたらせて、雨を降らせるようだから。他の木はすぐ乾いてしまうのに、指の腹くらいの小さな葉をびっしりとつけているので、その葉に水滴をためこんでいられるのよ。 |
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一読して、『■(註)』後記との類似性を感じることができるだろう。大江の小説に度々登場する「雨の木」は、現実の木であると同時に、宇宙のモデルでもあり、その他諸々の暗喩にもなり、また逆さまに立ったり焼け落ちたりと様々なイメージで表れてくる。『■(註)』後記の■(註)の木には、大江の小説における「雨の木」の多様性はないものの、題材やそのイメージの豊饒さにおいて、共通するものを持っているのではないかと思うのである。 |
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三橋鷹女の最終句集『■(註)』は彼女の句集の中でも私の特に好きなものであるが、そこに収録されている作品の数々は、私の心に浸み込み、老いに向かう心の準備をさせてくれた(通信83号)。それはあたかも“荒涼たる世界と人間の魂に、水滴をそそぐ「雨の木」”(『「雨の木」を聴く女たち』の帯の文より)のようでもあると私には感じられる。 |
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『鑑賞現代俳句全集』(立風書房刊)第8巻には、三橋鷹女の作品とその鑑賞文(中村苑子執筆)が収められているが、ここでは後記の書き出しは「豪雨」ではなく「豪雪」になっている。初めてこのことに気付いた時、イメージが全く異なってくる(より率直に言えば全く台無しになってしまう)重大なミスと感じた。そこで、句集『■(註)』に実際にあたって「豪雨」であることを確認した後、執筆者である中村苑子氏にこの点に関して尋ねてみた。それに対する氏の回答は次のようなものであった。 |
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確かに昭和45年に発行された句集『■(註)』では「豪雨」になっている。しかし、『三橋鷹女全句集』(立風書房刊)では、高柳重信の綿密な校正があったにもかかわらず、「豪雪」になっていた。そしてこれは、単純な校正ミスとか見落しなどと断定できないふしがある。鷹女がこの後記を書いたのは昭和45年の夏であるが、『■(註)』が発行されたのはその半年後であり、あたかも東京地方は例年にない大雪に見舞われた時であった。したがって「豪雪」であっても、ごく自然に読者に受け入れられた可能性がある。『鑑賞現代俳句全集』の執筆にあたり、私はどちらを採用しようかと迷ったが、“全句集に雪とあるのだから、それに則って雪にしてもらいたい”という立風書房側の意向に沿ってそうした。 |
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中村氏のこの話を聞いて、私は氏が雪か雨かの問題はもっぱら事実関係の点で重要なのであって、イメージとしてはどちらでも構わないと思っておられることを知り、非常に意外な思いをした。私にとって、これは絶対に雨でなくてはならなかったからである。単なる感覚の違いとは到底思えず、長い間このことは私にとって謎だったが、ある時、育った地域の違いが感覚の相違をもたらしているのではないか、ということに思い至った。 |
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雪深い北国に生まれ育った私にとって、大量に降った雪が止んだ後すぐ解け始めるなどということは、殆ど想像できない。厳冬に雪が解けることが全くない訳ではないが、それはわずかで、絶え間なく雫が落ちるようなことはない。北国の場合、雪解けは春の訪れを待ってようやく生じる現象である。雪が解けて絶え間なく雫が落ちるということは、本物の春がやってきたことを人々に実感させるできごとなのだ。 |
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そんな寒い地方に育った私にとっては、『■(註)』の後記が「豪雪」で始まったのでは、イメージが全く台無しになってしまう訳である。大体、解けつつある雪や残雪は、美しさとはまず結びつかない。それに、いくら滅多にない大雪といっても、東京に降る程度の雪を「豪雪」などと表現することが適切かという思いもある。 |
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しかし、温暖な伊豆地方で育ち、東京での生活が長い中村氏にとっては、事情は全く異なってくるだろう。氏にとって、『■(註)』が発行された冬に東京に降った位の雪になれば、「豪雪」と呼んでもおかしくないと思えただろうし、豪雪の後にすぐ雪解けが始まり、木々から雫が絶え間なく落ちてくるというのも、ごく自然なこととしてうけとめることができただろう。そしてこのことは、東京生まれの高柳氏にとっても、さらには千葉県に生まれ結婚以来ずっと東京に住んだ鷹女の場合も同じだと思われる。したがって、“『■(註)』の後記が豪雪で始まることはありえない”と言い切ることはできないだろう。 |
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しかし、以上のことを認めつつ、それでも私は“この場合は絶対雨でなくてはだめだ”という自分の内側からの強い声を否定することができない。豪雨だからこそ、何もかもが洗い清められた後のすがすがしい美しさと豊饒のイメージになるのだ。「雨の木」のように。絶対に。 |
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(註) | ここで取り上げた句が収録されている句集名は「ぶな」といい、木偏に無の字をあてたものである。表記できないためここでは■で代用している。 |
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(1994年8月20日発行) |
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発行人 根本啓子 |