2001.02.15

◆◇◆ 2月14日 〜the first half of〜 ◆◇◆



 昨年は知り合う前だった。
 今年は違う。
  四月になれば知り合ってから1年になる。 だから、と云うわけではないけれど、これは年中行事の一つのようなもの。少なくとも麻衣にとっては。
  ここでバイトをはじめてから、自由に使えるお小遣いが増えたのは確かだし、少しは感謝、してるかな?と思えるから。
  まぁ、顔は良い。ただし性格でお釣が返ってきてしまうけど。 そんな事とは知らない、自称彼のファンなる女の子達からは嫌と云う程、貰ってくるんだろうなと思いつつ、思いきって手を延ばす。
  ピンクの包装紙に包まれたソレに。


◆◇◆


「ちょっと、どうしたの?」

  麻衣が事務所に顔を出すなり、大きな声でそう言った。事務所には既にナルやリンが出勤している。だから表の騒ぎの原因は先着のお二方のどちらかが作ったもので、そのうちどちらかと云うと、想像するに難く無い。
  麻衣が着替えもそこそこに真直ぐ行った先はナルの前、だった。
「あんた、表の女の子達になんて言ったのよ?」
  肩が怒る。たった今脱いだところの学校指定のコートをバンと、テーブルに叩き付ける。涼し気な顔で読書に勤しんでいた、「あんた」呼ばわりされたナルは不快そうに片方の眉を顰めた。
「騒々しい。そんなに大きな声を出さなくても聞こえる」
「そりゃ、失礼。こうでもしなきゃ、あんた返事してくんないんだもん」
「下らない話に費やす時間が惜しいだけですよ、谷山さん。お茶!」
  この上司は麻衣に不機嫌を隠そうともしない。当たってこないだけましかもしれないが、ナルの整った顔が不機嫌だと異様な迫力が鬼気迫って恐い。 もっとも、この数カ月ですっかり慣れた麻衣には大した効力を発揮しない。
  取り敢えず、今日のナルは麻衣の話を完全無視するつもりでは無いらしいので、言われるままにお茶を入れに行く。 とっとと用意して、勢いそのままにナルの前にティーカップを出すと、今度はナルの目の前に座り込む。
「みんな、泣いてたじゃない。ナルってば何言ったらああなるわけ?」
  そう、麻衣が事務所についた時、以前ナル宛に何度か手紙を渡して欲しいと頼まれた子達が屯って居たのだ。その子達がいる事に関しては予想済みだったが、みな、一様に泣いていたのだ。
  そのうちの何人かは麻衣の顔を見るなり睨み付けて走り去った。態と麻衣にぶつかるようにして行った子も居た。 そして麻衣は見のがさなかった。女の子達はみんな、綺麗にラッピングされた包みを抱えていた事を……
「せっかく、持って来てくれたんだから、受け取ってあげるくらい良いじゃない」
「受け取れないから、全部断った。それだけだ」
「あれ、きっと手作りのとかあったんじゃないかな。可哀想」
「可哀想?そう云う問題じゃないと思うが?」
「だって、渡すのだって勇気いるじゃない? 一生懸命頑張って作って、ドキドキしながらここ迄来たのに、どうせナルってば見向きもしないでドア閉めちゃったんでしょう。話全部聞けとは言わないけど、チョコレート受け取るくらいは出来るでしょ」
 麻衣の脳裏には恨めし気な女の子達の視線が蘇る。あれはきっと誤解されてるなと思ったが、それをナルに言ってもどうしようもないだろう。 思わず盛大なため息が漏れる。 そこにカランとドアベルが聞こえてぼーさんこと、滝川が入って来た。
「やっほ〜♪麻ぁ衣ちゃん、おれ、アイスコーヒーね〜」
  入ってくるなり応接セットに直行してどかっと座り込む。すぐそばに座っていた麻衣の頭を抱え込んでぐりぐりと髪の毛を雑ぜっ返す。 これは最近、麻衣と滝川の恒例の挨拶になりつつ有る。 それを見て、丁度良い機会と判断したのかナルは立ち上がって所長室の方へと歩き出した。それを見て今度は麻衣が慌て出す。
「ナル、待って」
  怒りの勢いで事務机に放り出しっぱなしの鞄の中から、思いきって購入しておいたチョコレートを取り出した。
「はい」
  素早くナルの前にまわり込んで、包みを突き出す。 ナルは動かない。
「一応、お世話になってはいるんだし、ナルでも食べられるようにあんまし甘くない奴、選んだから」
  受け取ろうとしないナルの手を無理矢理引っ張って、その手に握らせる。
「すぐ、新しいお茶もっていくからお茶請けにしてよ?」
  にっこり笑って麻衣はやっとナルの前を退いた。 ナルは驚いたように振り返り、口をパクパクさせていた。 麻衣は心の中で密かに「勝った!」と勝利の笑みを浮かべる。今度はその勢いで、丁度資料室のドアから出て来たリンに新しい包みを押し付けた。
「リンさんのはリキュールが入ってる奴。美味しいって評判いいんだコレ」
  無邪気に笑って手渡す麻衣に「受け取れません」と狼狽し断ろうとするリンに滝川が笑う。
「たまにはそ〜ゆ〜のも、ええんでないかい?」
「しかし……」
  口籠るリンは、所長室の前で同じように困った顔のナルに気付いて視線をかわす。お互いの手には綺麗にラッピングされたチョコレート。 お互いに事態が飲み込めていないのか、困惑顔である。 そんなことはお構いなしと、麻衣と滝川が親子の会話に突入している。
「まぁ〜いちゃん、オレ、俺にはないの〜?」
「ぼーさんのは特製品だからね。はい」
  そう言って麻衣が滝川に渡したのは直径20センチは有ろうかという巨大な包み。
  セルで包装されたそれは中身が良く見える。 箱いっぱいの大きなハート形のチョコレートに、ホワイトチョコを使ってこれまた大きな字で「義理」と入っていた。
「……麻衣、今時よくこんなもん、売ってたな」
「うん、あたしも驚いた」
「で、つい、買っちゃったわけだ」
「そう。んで、ぼーさんだけにあげると他の人に悪いかなぁ〜と、言う事で義理チョコで悪いんだけど、二人ともちゃんと食べてね?」
  麻衣はくるりと振り返って、未だ後ろで固まったままの二人に声をかけた。 ナルもリンも珍しく、困った顔のままだ。 程なくして、観念したのか二人は溜息を吐き出してから部屋に戻って行った。
「オメデトウゴザイマス」
  滝川が麻衣に笑いかける。
「なんとか成功だね。こうでもしなきゃ受け取ってくんないもんね」
「そういやぁ、ここに来る途中、追っ掛けの子達見掛けたぞ? ナルちゃん、無下に断っちまったんだろうなぁ」
「多分ね。すっごい目で睨まれちゃった」
「ま、しゃぁ〜ないか。ナルだしな」
ここで全て「ナルだから」で片付く事自体が変なのだが、麻衣も否定出来ずに頷くだけだった。
「ぼーさんには特別にココアでも入れてあげようか?」
  うえぇぇ、とくぐもった呻き声が漏れる。
  麻衣は笑いながら、新しいお茶の用意をしに給湯室へ行ってしまった。 その後ろ姿を見ながら、滝川は先ほどとは別の微笑みを浮かべる。
(素直じゃないねぇ)
  見えたのはほんの一瞬だけだったけど、ナルに渡した方の包み紙は明らかに素人包みだった。 くつくつと喉から笑いが込み上げてくる。
  数日前に綾子に何やらお菓子のレシピを聞いていた麻衣と真砂子の姿が思いだされる。きっと悩んだ挙げ句、昨夜は自分で型に流して作ったと思われるチョコレート。
 あとで、ナルにどんなだったか聞いてみようなんて、悪戯心が抑えられない。
  さて、ホワイトデーには何を買ってやるかな?
  きっと、こんな行事には疎いと思われるナルは(義理チョコにあそこまで驚いていたぐらいだから)知らないだろう。 あとで、きっちりお返しの知識を植え付けといてやろうと画策をたてる滝川だった。
 

 

うにゃ〜ん(^^;) 14日過ぎちゃった
分けわかんない話ですねぇ、これだけじゃ
会社で唐突に思い付いたネタです
しかもコレ、ネタバレへと続きます。
折角作った屋根裏が寂しいので先に裏にアップしますが
後半は表に後程アップされるでしょう