追悼・辻内鏡人 1945-2000

辻内鏡人さん事件/水野憲一被告自殺事件国家賠償裁判について

2006年11月26日

文責・中野 聡

 

一橋大学のアメリカ史の同僚・先輩教員である辻内鏡人さんが轢殺された2000年12月4日から6年が経とうとしています。


この事件の水野憲一被告が東京地裁八王子支部での有罪判決(懲役7年)後、控訴審の開始を前に、2002年6月30日、東京拘置所で自殺しました。この自殺が、東京拘置所による水野被告に対する抗うつ剤などの投薬制限・中止によるものであるとして、水野被告の母が2003年5月に国家賠償訴訟と法務省人権擁護局への人権救済申し立てをして、2005年1月31日、東京地裁で東京拘置所の責任を認める判決がありました。国は控訴し、東京高裁での二審判決が今週11月29日に迫っています。

抗うつ剤の投薬制限・中止をめぐる水野被告の自殺事件と、辻内さん轢殺事件は、本来は無関係であり、辻内さんを追悼するウェッブサイトでも、この国家賠償裁判に関するお知らせは控えてまいりました。しかし、この国家賠償訴訟と訴訟を支援する運動を通じて、辻内さん事件に関する無知から来る誤解が広がってしまい、とりわけ辻内さん遺族の心を深く傷つける結果となってしまいました。

とくに国家賠償訴訟を支援する立場から日本共産党の井上哲士議員が2004年3月24日に法務委員会で行った質問のなかで水野被告が「冤罪を主張」していたと発言したことや(国会議事録へのリンク)、轢殺事件と国家賠償裁判で弁護人をしている小林克信弁護人が、国家賠償裁判で「冤罪」という言葉を使ったことは、辻内さん遺族の心を深く傷つけました。遺族は井上哲士議員に抗議し、今後は遺族感情に配慮するとの返事をいただきました。

辻内さん轢殺事件の裁判については、辻内さんを慕う大学院生・学部生や友人が裁判の全過程について詳細な記録を作り公開しています。水野被告が判決を不服として控訴したことをとやかく言う訳ではありませんが、この事件が「冤罪」を主張できるものでないことはこの裁判記録からも明らかです。(辻内さん裁判の記録公開ページ

何より事件の真相を知りたかったのは辻内さん遺族でした。その真相を語らぬままに被告が自殺したことは辻内さん遺族にとっても無念の出来事だったのです。国家賠償訴訟を支援する人々の善意は疑えませんが、水野被告が犯した罪がそれで消えるわけではないことを支援者の皆さんにも理解してほしいと思います。

控訴審判決を前に辻内さんの遺族および私たち友人が憂慮するのは、判決および判決をめぐる報道を通じて、辻内さん事件についての無知からくる誤解が広がることです。このような事情から、判決を前に、辻内鏡人さんの妻・辻内衣子さんが報道関係者に対して申し入れを行いました。以下に添付いたします。

水野国賠裁判報道にあたってのお願い

11月29日東京高裁第824号法廷において判決の出る水野国賠裁判の報道にあたり、ご配慮をお願いしたくメールを送らせていただきます。

私は水野が拘置所に入るきっかけとなった傷害致死事件により夫を亡くしたものです。刑事裁判は一審では検察側の主張がほぼ認められ、懲役7年の実刑が下されました。水野は事故だったと無罪を主張し、即日控訴しました。八王子より東京拘置所に移り控訴審を目の前にして自殺を図りました。

水野が死亡した時点で刑事裁判は終わりました。ですから今回の国賠は私とは何の関係のあるものではありません。ただ、ことの成り行きだけは見届けるのが私の夫に対するせめてもの責務と思い、裁判の傍聴をしてきました。その中で水野がまるで素晴らしい人物であるかのように言われ、弁護士が冤罪という言葉を使うにいたり、とても我慢できない思いに苛まれています。裁判は終わっても私にとっての事件は終わることはありません。一生夫が死ななければならなかったことの意味を問い続けることになるでしょう。この思いは遺された娘達、夫の母や兄弟にしても同じです。

国賠裁判の地裁での判決の折、一部の新聞で前の傷害致死事件を交通事故と表現するなど、私たち遺族が傷つけられる内容のものがありました。高裁での裁判の報道にあたり私たち遺族の心情に配慮した内容で報道していただくことを切にお願いいたします。

2006年11月24日

辻内衣子

 

 

追記 2006年11月29日判決についての報道例

毎日新聞(エキサイトニュースより)

<拘置所自殺>過失相殺認めず 賠償増額 東京高裁 [ 11月29日 21時20分 ]  東京拘置所(東京都葛飾区)で拘置中に自殺した水野憲一元被告(当時45歳)の母親が、精神疾患の投薬中止が原因だとして約1億円の賠償を国に求めた訴訟の控訴審で、東京高裁は29日、約3000万円の支払いを命じた1審・東京地裁判決(05年1月)を変更し、賠償額を約3800万円に増やす判決を言い渡した。1審は水野元被告の性格も自殺の一因だとして損害額から減額したが、房村精一裁判長は減額(過失相殺)を認めなかった。  原告弁護団によると、自殺を巡る賠償訴訟で過失相殺を否定する判決は珍しく「拘置所内の精神医療の改善を求める判決」と評価している。  判決によると、水野元被告は傷害致死罪に問われて東京地裁八王子支部で実刑判決を受け、無罪を主張して控訴中の02年6月、八王子拘置支所から東京拘置所に移され、長年服用していた向精神薬の投与を中止された。その4日後、独居房内でぞうきんをのどに押し込み自殺した。

▽法務省矯正局成人矯正課の話 判決の詳細を把握していないが、内容を検討した上で適切に対処してまいりたい。


 

 

中野 聡のホームページ