あの頃のこと

会員
高 橋 智 子

 札幌駅近くにあるビルの12階、その一室を使った教室が、今、私が絵を描いている出発点だった。当時まだ珍しかったカルチャー教室の先駆けだったと思う。初めて教室に入ると既に15人程が、思い思いの場所で用意をしていたが、やがてザワザワしていた部屋の中はサラサラという鉛筆の音だけになった。大抵はスケッチブックに鉛筆だったが、数人はイーゼルを立て木炭を走らせていた姿が、いかにも格好良く映ったのが印象に残っている。デッサンを始めようと思った理由は何だったのか。勤めて間もない頃で、部活の延長のように何か習い事でも、というくらいの事だったと思う。以前からやってみたかった油絵のために、先ずは基礎のデッサンをと考えたかも知れない。デッサン教室は幾つもあったのに、講師の絵は勿論、名前すら知らなかった中で、私があの教室を選んだのは、今思えば何と幸運な事だったことか。あの選択でなかったら今も絵を続けているか自信がない。週に一度のデッサン教室はとにかく楽しかった。描く楽しさと同時に、自由で熱気に溢れた雰囲気が素敵だった。年齢も職業も画歴も様々だったが、そこで出会った何人もの友人仲間達は、大切な宝物になっている。
 いつも最後の合評では、たどたどしい絵の私達新人にも先生達は本当に誉め上手だった。今はやっと少しその意味も解る。ウマい絵もへ夕な絵も並ぶ中、心に響くものや圧倒する迫力は、その技術を超えたところにある事を教わったし、初心者でもベテランでも同じく求められた、無心で絵に向き合う姿勢と情熱を忘れずにいようと思った。
 そして今は、迷ったり、怠けたり、熱い気持ちも忘れそうになる。
 描く楽しさ、描く喜び、夢中で描き続ける情熱。
 あの頃、デッサン教室で教わった一番大切な事を、改めて思う。



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