神鬼芸術(2)
(昨日のつづき)
今思えば、この頃の私は、とても思い上がった愚か者でした。
常に何本もの制作が平行して進んでおり、20分程度の映像作品用音楽(平均6~7曲)制作、映像に合わせた編集、ナレ録音、音質・音量補正、マスター落としまで、多い時は月に3本以上をこなし、合間を縫ってCM音楽やイベント用音楽の制作、広告代理店や企画制作会社で行われる会議にも出席しなければなりません。
アマチュアの頃に夢見たプロの作曲家としての(無名ながらも)多忙な毎日は、始めの何年かはたしかに楽しくて張り合いがありました。
しかし、あらゆるスタイルの音楽を、単に「作業」として大量に作り続けるうち、音楽を作る事にあまり喜びを感じなくなっていたのです。
ただ、気持ちの上ではそうですが、プロですから仕事の質は(自分でいうのもなんですが)完璧でした。
心に倦怠感を抱えるようになってからは、とにかく職人に徹する事だけを考えたので、ディレクターやクライアントの意向に完璧に添った仕上がりが抵抗無くでき、それがまた喜ばれたのです。
困難な仕事を完璧にこなしていく事の達成感だけが私を支えていましたが、だんだん生活が荒れてきて、家で心配して待っている妻を顧みず、行きつけの数件の店を毎晩泥酔するまで飲み歩く、馬鹿げた日々が続きました。
当時の私の、飲んだくれた頭に居座っていたのは『収入を得るという目的以外、こんなもの(音楽)を作る事に何か意義があるのか? 馬鹿らしい・・』という考えでした。
人の心というものは、一旦歪みだすとどこまでもひねくれてしまうようです。
そんな投げやりな気分でいた私に『神鬼芸術』の「祈り」という曲が喝棒を食らわせたようでした。
・・この青二才め。どうだ、これでも意義がないと思うか?・・と。
「弥勒そば」店内でシンキ氏手作りの沖縄そばを食べつつ聴いたのですが、最初のフレーズの衝撃で箸を持つ手が止まったのを覚えています。
その時に感じた事は(今考えるとロマンティックすぎますが)
『音楽はこういう力を持ち得るのだ。商業的な意図だけで組み立てられた「商品」ばかりではなく、純粋に精神的なものだけで構築された音楽が、どうやら本当にあり、それは誰にでも作れるものではないが、それを作る人は、こうして確かに存在するのだ』
という衝撃でした。
その後も石垣島へ行く度に訪ね、お話するうちに、シンキ氏ご夫妻からは精神的な影響を少なからず受けました。
奥様は幼児教育に携わっておられ、高潔で誠実、厳格かつ慈しみ深い人柄は多くの人から尊敬されています。
私も何度か手紙を出しましたが、その度に丁寧で暖かいお返事をいただき感激しました。
アルバム『神鬼芸術』を聴いて以来、作為の無い音楽というものの存在を信じられるようになりましたが、その後、同じ様な感動を与える音楽に出会った事は、今のところありません。
一生のうち、そう何度も出会える音楽ではなかったのだと、今もありがたく聴いています。