教育の基盤、思想の源としての宗教

公開日: 08/25/2010 18:14:23 | カテゴリ: 未分類
なにも、ある特定の宗教の神をむりやり信じ込ませようとか、そういう事ではないのに、殆どの場合(まあ、私もそうでしたが)そういう低い次元で判断し警戒してしまいます。

もう何度も書いているので繰り返すとクドイとは思いますが、ここで言う宗教とは、それを信じる事、信じさせる事で、人生や社会をより良いものにしようと、長い年月に渡って試みてきたキリスト教、仏教、イスラームなどの普遍的宗教の事です。

「宗教=胡散臭い金儲け団体」という印象を広めてしまった、そこらにゴロゴロ在る拝金偽善宗教法人営利団体の汚らわしい連中と、そんなものを盲信する愚か者共め・・・。

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また少し『現代語で読む新島襄』から引用。

『現代語で読む新島襄』
 同志社『現代語で読む新島襄』編集委員会(出版社/提供元: 丸善) より

同志社大学設立の旨意(1888(明治21)年11月)
「品性と精神の養成」から一部抜粋して引用
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・・・もしも同志社大学の設立をもってキリスト教を普及させる手段とか伝道師養成の目的と見なす人がいるならば、それはいまだ私たちの考えを理解しない人である。私たちの志すところは、さらに高い。私たちはキリスト教を広めるために大学を設立するのではない。ただキリスト教主義には本当に青年の精神と品行とを磨く活力が備っていることを信じて、この主義を教育に適応し、さらにこの主義でもって品行を磨く人物を養成したい、と願うだけである。
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引用終わり

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日本と日本人が、これから先もずっとダメなままだとは思いたくありません。
が、現在の所、日本には「拝金教主義」が蔓延り、青年だけでなく老若男女全ての精神と品行とを穢し続けています。