リチャード・バック

公開日: 11/13/2003 01:00:00 | カテゴリ: 未分類

ヘルマン・ヘッセ『ガラス玉演技』を読み返していて、いまさら、本当に今さらですが、思い当たった事がありました。
何の確信もありませんし、それに関してまだ調べてもいませんが・・

米国の作家リチャード・バックは、有名な作品『カモメのジョナサン』で、ヘッセ『ガラス玉演技』の童話風リメイクをしたかったのではないか、と思いました。
リチャード・バックの青年期には、米国の、特に反社会的自由思想を信奉する若者、いわゆるヒッピームーブメントに関わった人々の間で、ヘッセが熱狂的に読まれ、支持されました。

ヘルマン・ヘッセ『ガラス玉演技』と、リチャード・バック『カモメのジョナサン』
この2つの作品を同列に論じる様な事はしたくないのですが、非常に判り易い共通点はあります。

・高い精神性を追求する共同体、その代表的指導者(となる存在)の物語である
・女性が(主要な役割としては)全く出てこない
・精神的完成に近付いた者は、その状態を表す表現として「光り輝く」

同列に論じる様な事はしたくない・・
というのは、私はリチャード・バックが嫌いだからです。

『カモメのジョナサン』と『イリュージョン』を読みました。
作者がどのような思想を信奉しているかは解ります。
その思想にはヘッセ文学の精神性にも通ずる、美しく尊い永遠なるものへの憧憬があるという事も。

ですが、リチャード・バックには、カルト宗教団体のような、強烈な「いかがわしさ」が感じられてなりません。

『カモメのジョナサン』の訳者 五木寛之は、解説でこの作品を批判的に評しています。
その解説に若い頃の私は反発を感じました。
が、その頃よりは物事を多面的に考えられる様になった現在、訳者の批評には一々頷けます。