週に一度、礼拝の時間

公開日: 06/22/2011 06:58:23 | カテゴリ: 未分類



私は(現代日本に於ける一般的な意味での)無神論者である、と何度か書きました。


それは、今も同じです。


しかし、そうした考えを持ちながら、キリスト教や仏教やイスラム教などの「普遍的宗教」を信奉するのは、十分可能である事。また、心の中に倫理規範を持たない(あるいは金勘定に倫理が負けてしまう)多くの現代日本人こそ特に、今後は出来得るならば、宗教心を養うべきではないか、と思うようになりました。


(そこらの拝金偽善宗教法人営利団体やカルト宗教なんかではなくて・・ですよ)




昨年から同志社女子大学の京田辺キャンパスで授業を担当させて頂くようになったので、チャペル・アワー(礼拝の時間)にも出席する事ができて、聖書の言葉にきちんと向き合う機会を得ました。


ただ、しっかり理解しようと思って読めば読む程難しく、どう解釈して良いか見当もつかない部分が多いので、まだほんの一部を少し読み進んだだけです。


聖書には、字面だけ読むならばフィクションとしか言えないような神の御業が沢山出てきますが、そういう点に一々引っ掛かったり、現代社会の日常生活のテーブル上に無造作に載せて眺め回し、現代社会人の狭い見識と言葉で批評したりするのは「子供のやる事」であって、聖書はそういうふうに読む書物ではない、というのが、現在の私の考え方です。




私の授業は月曜の2講目と3講目ですが、礼拝の時間は1~2講目の間の20分間なので、教室(演習室)に早めに行って教材のアップロードや動作確認等チェックを済ませてから、ゆっくりチャペル(新島記念講堂)に入れます。


それが大体、チャペル・アワーの15分前くらい。


まだ誰もいませんが、大抵、その日のオルガン奏者の方が既に演奏(練習?)しています。


礼拝の最初に歌う賛美歌と、読まれる聖書の箇所とが演壇の横に記されてあるので、聖書はその箇所を読んだ上で栞紐を挟んでおき、賛美歌は譜面を読んでメロディーと歌詞を覚え、ちゃんと歌えるように準備します。


これが、毎週楽しみにしているちょっとした遊び&訓練で、まあ初見の練習というか、読譜力を衰えさせないための訓練みたいなものですが、殆どの賛美歌のメロディーはそんなに難しいものではないので(たまに難しいのもありますが)音符を読んで頭の中でメロディーを再生する練習として学生さんにも勧めています。




賛美歌のシンプルで美しい旋律と歌詞。聖書の御言葉。奨励(お話)。お祈り。


心を整えてから、その日最初の授業を行えるのは、本当に素晴らしいことです。




私は、この歴史ある大きな教育機関のほんの片隅に、ある御縁をきっかけに、かろうじて少しだけ参加させて頂いているだけですが、ここで135年も生き続ける高邁な理念、生きる事を肯定してくれる思想、「人が善く生きる」ための教え、私がいつもいつも求めていた清らかな美しいものに、こうして毎週接する事ができるのを感謝しています。




ああ、そうか・・・「神様に感謝します」と素直に言えばいいんだ(笑)