7年前の日記より
同志社女子大学情報メディア学科での今日の授業は、シンセサイズの基礎です。
前に書いた日記の内に、関連のある文章を見つけたので、再録しておきます。
しかし・・この頃(7年前)の私は、言いたい放題です(笑)
まあ、今でも口に出さないだけで、考えは全く変わっていませんけれどね。
「音楽的に優れた表現」を感じ取れなければ・・
(前日の日記から続き)
さて、シンセサイズでしか表現できない音楽を作れるようになる、という事。
これは技術的な面では「理詰め」だけで到達できます。
努力は要りますが、まあ言ってしまえば、大して難しい事ではありません。
しかし「音楽的に優れた表現」とは何なのか、それを感じ取れる能力が身に付いていなければ、知識も技術も使いようがないのです。
楽器を長く演奏してきた人ならば、大抵の場合それが身に付いていますが、そうでなければ後からその能力(感性という言葉は大嫌いなので)を養わなければなりません。
その為に、必ずしも楽器演奏を身につけなければならない、とまでは思いませんが、音楽に敬意を払い、深く聴き込む事は絶対に必用です。
優れた音楽を、多く、深く、何度も繰り返し、ただひたすら聴き込み、音楽的感覚を磨き上げるのです。
では何を聴けば良いか、というアドバイスは、我が音楽学校(Music Plan)ではいくらでも得られますから、何を聴くべきでないかを言った方が良いでしょうか。主に日本のポップス、まあ海外も含めて、ヒットチャートを賑わす様なものは・・・。ああいう連中を「アーティスト」と呼ぶ最近の風潮には・・まったくもって・・・。