ネットが無かった時代の意識を捨てられない人々
サイレント・ランニングという映画を御存知の方、おられるでしょうか。
古いSFの、知る人ぞ知る名作として、マニアの間では有名だそうです。
高校生の頃(70年代終わり頃)にテレビ放映されたのを見て、とても印象深かったので、もっと詳細を知り、できればもう一度見たいと思い、その後、京都に来てから知り合った人達との雑談の折等にも、思い出す度に話を振って見ましたが、殆ど誰も知りませんでした。
マイナーな映画なのでレンタルにもありません。
大きな本屋や図書館で調べれば見つけられたでしょうが、そういう手間をかけなければ、古い映画の情報一つ、手に入らなかったのです。
・・・もう耳たこでしょうが、敢えて繰り返します。
ネットの無かった時代とは、そういう時代でした。
現在は、誰でも何時でも何処でも、殆ど全ての事柄を自分で瞬時に調べ、知る事が可能な時代。
しかし、それがどういう事か認識したくない、ネットが無かった時代の意識を捨てられない人々もまだ大勢います。
さすがに口には出さなくても、思っているでしょう・・。
「患者は中途半端な知識を持たず、ただ医師の言う事に従っていれば良いのだ」
「一般大衆は我々『メディアで働く権威ある人間』が選別した『正しい情報』だけを得ていれば良いのだ」
講師という仕事をしている私も、常にこの事を意識して、低レベルで滑稽な慢心に陥らぬよう、十分気を付けていなければいけなかったのだ・・と、少し身震いするような気持ちで、ふと考えたのでした。
そう考えると、思い当たる事、反省すべき事がいくつかあります。