天人五衰

公開日: 09/06/2023 14:56:36 | カテゴリ: 未分類
機会があれば多少無理をしてでも見ておきたいと思う絵画は沢山あります。これはその上位の一つ。
北野天神縁起絵巻 承久本より、天人の五衰が描かれた箇所。
カラー画像(色調整しました)の部分は、絵画表現として比較的美しく穏やかですが、五衰を表した最も忌まわしい部分は主にその左側に描かれているようです(モノクロの画像)。
以下、三島由紀夫「天人五衰」よりの引用。
この絵を表現した、これほどまでに詩的に美しい文章は、未来永劫もう二度とあり得ないでしょう・・。
ーーーーーーーーー
 それは奥に支那風の美しい殿宇の裾をのぞかせた庭の情景であるが、あまたの天人が、あるいは琴を弾き、あるいは大太鼓の表裏に桴を持って控えている。しかし音楽のかがやかしさはみじんも伝わらない。音はすでに、夏の午後のものうい蠅の羽音のようなものになっている。弾いても奏でても、弦が張りを失って、病み労れているのである。その庭には数珠の前栽の草花もあり、前方に1人、童児が袂を目に当てて悲しんでいる。
 こんな突然の衰亡が一せいに襲ってきたことは、誰にとっても意外であったと見え、天人たちの白い美しい無表情な顔には、まだ信じがたい色がにじんでいる。
 殿宇の中にも崩折れるように坐っている天人がある。あるいは領巾を棚引かせて地上に舞い下りようとして、身をくねらせている天人がある。それらの天人たちのたたずまい、お互いの間に置いた距離にさえ、手をさしのべても届かないものうげな気配が漂い、花やかな衣装は不必要に乱れて、そこはかとなく、澱んだ川のような異臭が流れている。
 何が起こったのか? 五衰がはじまったのである。それは熱帯の宮廷の庭で、のがれるひまもなく、突然襲ってきた疫病に犯された宮女たちを見るようだ。
 頭上華は悉く萎み、内的な空虚が急に水位を増して、咽喉元まで上がってきている。美しい人たちのなよやかな共居の裡に、しらぬ間に、透明な退廃があたりを充たし、吸う息吐く息にすら、衰亡の匂いが織り込まれてしまったのだ。
 ただ存在することだけであれほどまでに人々を美と夢幻へと誘った有情が、金箔がその身から剥がれ落ちるように、魅惑がすみやかに剥落して夕風に舞ってはためくのを自ら見戍らねばならない。この典雅な庭そのものが、ひとつの坂のようになった。万能の、美の、快楽の砂金が、一せいにさらさらとそこを辷り落ちてゆく。絶対の自由、虚空をつんざいた飛翔の自由が、えぐり取られた肉のように、無残に身内から剥された。影が増してくる。光りが褪せてくる。艶やかな力が、その美しい指先から、とめどもなく滴り落ちる。身体と精神の一番奥底で、またたきつづけていた火が今消えたのである。
 堂宇の鮮やかな床の市松模様も、その朱いろの勾欄も、少しも衰えてはいない。それらの物象は、空疎で明晰な豪奢の名残だ。天人が死んだのちも、この磨き上げられた殿宇がそのままに居残るのはたしかなことだ。
 天女たちはつややかな髪のかげで、形のよい鼻孔をそば立てている。もはや腐敗がどこかではじまっている気配を嗅いだのである。雲のうしろで捩れている花弁。遠い空を染める水あさぎ色の腐敗。目をたのしませ、心をたのしませるものが、すっかり失われた世界のすばらしい広さ。
ーーーーーーーーー
引用終わり