新潟大学はかつて1980年始めまで新潟島内の西大畑(現新潟附属小・中学校)・旭町に立地していた。古町まで徒歩5分の位置である。新潟大学はもともと「たこ足大学状態」で、必ずしも全学部が新潟島にあった訳ではなく、学生数も今の約13000人(大学院生含む)に比べれば、ずっと少なかったとは思うが、当時でも人文学部・理学部・医学部・農学部・工学部(長岡市)教育学部(上越、長岡、新潟3分校)を有する総合大学であり、関係する教職員を合わせれば、相当数の関係者がいて、古町に相当なお金を落としていたことは間違いない。(名画座や古本屋は当時、古町に集中していた。)
その新潟大学が新潟市中心部から十数㎞離れた五十嵐キャンパスに移転していったのは昭和50年代中盤。(医学部、歯学部だけは大学病院がある関係で残留。)
十数㎞郊外の五十嵐(移転当時は本当に何もなく五十嵐砂漠と呼ばれた)に移転
この時代は私にとっては「空白」の時代であり、その衝撃は現在でも残る
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