聴く位置でこんなに変わるf特  オーディオの科学へ 2004.4.21更新

オーディオの科学のページで何度も触れているように、ステレオシステムの音は聴く位置でずいぶん変わります。しかし、多くの人は、スピーカーの位置(セッティング)のみに注意し、耳の位置による変化にはあまり注目していません。このことは、2〜3kHz の単純音を出し、頭を左右にずらすとすぐわかるのですが、周波数特性(f特)として示したデータはあまり見かけませんでした。最近、岡山の三村さんという方が公開されている『真空管SEPPOTLアンプ』というサイトに、見事なデーターがあるのを見つけました。
その中のこのページです。
http://seppotl.web.fc2.com/zht02/multi3.html

製作者にお願いしデータを送ってもらい検討した所、高校物理でも習う『波の干渉』効果で、驚くほど良く説明出来ることが分かりました。ここでは、まずデータを紹介し、理論との比較その持つ意味を示します。ひょっとすると、貴方のオーディオ感を変えるかもしれません。

データ

測定者の装置や測定法の概要は、
アンプ:真空管OTLマルチアンプ
スピーカー:ウーファー(312Hz 以下) 30cmバスレフ
スコーカー(312〜4080Hz)フルレンジ P610
トウィター(4080Hz以上) ドーム型
このシステムを間隔150cm、マイクを両スピーカを結ぶ線上から180cm離した位置で、中心位置から右へ 0. 10 .20 .30. 40 cm ずらした位置での周波数特性を測っておられます。

詳細は、上記サイトを見てもらうとして、ここでは代表的な例を挙げておきます。なお、元データは低音からのグラフですが、ここでは顕著な差がある 400Hz 以上のグラフを示します。

中心位置

小さなピーク、ディップ(くぼみ)はあるものの良好な周波数特性を示している。
中心から右へ20cmの位置

トウィターが受け持つレンジで深く鋭いディップが生じている。

黄色い矢印は干渉によるディップの位置(計算値)を示すが驚くほどよく一致する。

数値は干渉の次数を示す。
n=0 の位置に見られるシャープなディップは別の原因によるディップが偶然一致したものと思われる。干渉によるディップなら、この周波数帯ではこんなにシャープなディップにならない。

中心から右へ40cmの位置

ディップの間隔が細かくなる。


計算値との比較は最後の表に示すが、何と、1% 以下の精度で一致する。




波の干渉による説明

実は、このような聴く位置によるf特の変化は高校物理(波動)で習う波の干渉として簡単に且つ正確に説明できます。普通は2つのスリットから漏れる光の干渉縞として習うことが多いようですが音の場合も同じです。下に概念図と、後の計算で用いる寸法の定義を示しておきます。

スピーカーから出た周波数fの音は波長λの波として聴く位置(ここではマイクの位置)に到達します。マイクが中心線(1点鎖線)上にある時は、両スピーカーとの距離dL,dR)が等しいので、いつも同位相で到達し音波(青の波線)は強めあいます。従って、周波数を変えても打ち消しあうことはありません。 

一方、マイクの位置を だけ横にずらすと、dL,dR が違ってきます。もし、その差、dLdR (音路差)が半波長違えば逆位相となるので打ち消し合い、音が消えてしまいます。ここで、位置はそのままにして周波数(波長)を変えると、同位相になったり逆位相になったりするため、周波数特性にディップが生じます。ディップとなる(打ち消し合う)条件は簡単で、
dLdR =(n+1/2) λ  [n=0,1,2 ・・・]
で与えられます。音速を Cとすると、λx C なので、ディップの周波数は、
fn=(n+1/2)/( dLdR )/C となります。 dLdR は、スピーカーの間隔 (2L)、スピーカーの前面とマイクまでの垂直距離( ) を測ると、ピタゴラスの定理で求まり、ディップの生じる周波数が容易に求まります。上の、x = 20cm の時の図の黄色い矢印はこのようにして求めたディップの位置を示します。 =0、1 についてはもう一つはっきりしませんがそれ以上の周波数では見事に一致します。さらに、それ以外の場合のディップ周波数は計算値、実測値をこのページの最後の表に示しておきます。やはり、4000Hz 以上(トウィターがカバーする周波数レンジ)では、計算値と1% 以下の誤差で一致します。ただこの時、 の値を 1mm ずらしただけで一致は悪くなり、計算はの設定値をわずかにずらし最も一致がよい値に補正しています。しかし、この補正はmm オーダーのわずかなもので、測定者の腕の確かさがうかがえます。


この結果の意味する所

1. 聴く位置を数センチずらすと音はガラガラ変わる! が、しかし

上の図から明らかに、耳に入る音は、頭の位置を少し横にずらすだけで大きく変わります。ところで、入り口ページで問いかけたように、皆さんは日頃オーディオ装置で音楽を楽しむ時、こんなことを一々気にかけていますか? 少なくとも、私は、こういうことが起こリうることは知りながらあまり気にしていません。座る位置を変え、音が変わったとしても、『まあ、そんなものか』といった程度で、装置が変わったわけでもないので音質が悪くなったなどとは思いません。どうも、音質というものは第一印象で決まってしまい、聴く位置を変えたことによる変化は、あったとしても、普通は音質変化とは感じないようです。

一方、もしあなたがケーブルの交換にはまっており、新しいケーブルに交換したとします。恐らく、変えた後の聴く位置をmm 単位で正確に測って元の位置に座るということはしないのではないでしょうか? その上ケーブルを変えれば音が変わるとの思い込みがあれば、ケーブルのせいではなくても、音が変わって聴こえても何の不思議もありません。

あるいは、スピーカーのセッティングにこる人もいます。もちろん、セッティングや家具の配置は音に大きな影響を与えるので重要です。しかし、スピーカーの位置を 1mm 単位で動かし、チューニングしていると豪語している人もいますが、それなら 聴く位置も 1mm 単位で固定しないと意味がありません。

2. 耳に入る音と、脳で聴く音の間には大きなギャップがある。

これ程さように、オーディオ界には摩訶不思議な現象がたくさんあります。この不可思議を解く鍵は耳に入る音と、脳で聴く音の間には計り知れないギャップがあるということです。最近の脳科学の進歩により、(に限りませんが)は耳で聴くのではなく脳で聴くものということが明らかになっています。つまり、耳に入る音の物理的な特性がそのまま聴く音に反映されるわけではないということです。今の場合は、周波数特性が大きく変わっても、音質の変化とは認識されない例です。それとは逆に、物理的には何も変わっていないはずなのに音が激変するという例は山ほどあります。あるいは、聴く位置の変化もその原因の一つかも知れませんが、思い込み(心理効果)も大きな原因です。この辺を頭にいれとおかないと、迷路に入り込んでしまいます。用心しましょう。物理学や電磁気学は耳に入るまでの音に関しては正確な情報を与えてくれますが、それ以降に対しては残念ながら無力であるということです。

3. 位相特性がよいスピーカーが音がいいとは限らない。

上の測定でもう一つ明らかになったことがあります。それは、波の干渉によるディップは位相特性のよいスピーカー(振動板が正確にピストン運動をし、球面波に近い音波を出す)でないと顕著には生じないということです。この場合、スコーカーがカバーする音域では、理論的にはディップが生じるはずの周波数でも特に変化が見られないことがわかりました。おそらく、比較的口径の大きいフルレンジSPなので、球面波とはいえない音波が出ているのではないかと思われます。

ところで、最近のスピーカーは周波数レンジの広さだけでなく、位相特性も重視しています。いい音像定位iを得るために必要だというわけです。音像定位のページで述べたように、確かに位相は音源の左右の定位に重要な役目を演じますが、3000Hz 以下の中音域で重要であり、ここで問題にしている4000Hz 以上での左右定位は音量差によるとされています。だとすると、このように少し動いただけで両耳に入る音の周波数特性が変わると却って定位が不安定になるとも考えられます。で、結局どちらがいいのかといわれると正直分かりません。ただ言えることは、位相特性がいいスピーがーがより正確な音像定位感を与えるとは限らないということです。結局スピーカーはよく試聴して決めるしかないということです。


AudioFan 掲示板での意見

このページをAudioFan の掲示板で紹介し意見を聞いたところ多数の投稿があった。その内容と私の意見をまとめて紹介する。

聴く位置をどれ程気にしているか?

これは、人によりまちまちである。ベテランのマニアと思われる人でも、2−3cmの範囲でいつも聴く位置を決めているというという人もあれば、20-30cm 程度の差は気にしないという人もいる。概して、それほど気にしないで聴いていると言う人の方が多いようである。 聴く位置を気にする人は、中心をはずすと音像定位感が損なわれるという意見が多い。逆に、中心位置では聴く位置の変化で定位感が不安定になるのであえて、中心から数十cm ずれた位置で聴くという人もあった。これは、干渉によるディップが定位感を左右し得ることを考えれば肯ける話である。

実際の耳で聴く場合は干渉は起こさないのでは?

聴く位置が気にならない理由として、上に示したf 特は、1本のマイクで測定した場合で、実際に耳で聴く場合は、頭部や耳介の影響で音波が乱されディップが生じないのではないかという意見がある。これについては、鼓膜の位置では、これ程シャープなディップが生じなくなるというのはその通りであろう。鼓膜の位置でのf 特を測定する方法としてはいわゆるダミーヘッドに装着したマイクで測定すれば可能だが、それよりも、3000Hz 程の純音を発生し、聴く位置をずらすと、明らかに音量が変化することは自分の耳で体験できるはずで、シャープではないにせよ干渉によるf 特の凹凸は生じていることは明らかである。

純音と音楽信号の違い

純音では聴く位置で音が変わっても、実際に音楽を聴くとそれ程音質が変わらないというのは多くの人が経験することである。連続した純音あるいはホワイト・ノイズを聴くと、首を回しただけでも音が変るのは、ある意味では当然である。なぜなら、本来同じ音が聴こえるはずのところに少しでも音量が変われば、その変化を敏感に感じるであろう。それに対し、音楽信号は時々刻々変化するので、音の変化が位置を変えたことによる変化かどうかは簡単にはわからないであろう。ここで、注意する必要があるのは、音楽信号といえども、物理的には音質は変化していることである。例えばある楽器のある高調波の周波数がディップの周波数と一致すれば、当然その楽器の音色は変わるはずである。しかし、それでも、音質がそれほど変わらないのはなぜか? おそらく、聴覚の特性なのだろう。このことは、すでに知られていて、音像定位の項でも書いたが、元々人間の耳の感度には、耳介や頭部での干渉効果で、ディップやピークが生じている(いわゆる頭部伝達関数)。これは、音の来る方向によって異なり、音の方向の検知に役立つが音色の変化としては感じないそうである。 ステレオ装置での干渉効果によるディップも同じように働き音像定位感を乱しても音質変化としては認識されないのかもしれない。

指向性の強いスピーカーでは

ここで示した測定例は、ドーム型トウィターを使った場合であり、ドーム型トウィターは一般に指向性が弱く従って発する波面は球面波に近く、点音源と見做せる場合である。これに対し、指向性の強いホーン・トウィターやコンデンサー型のような平面スピーカーは点音源と見做せず、中心軸からずらしてもこれ程鋭いディップは生じないと思われる。(残念ながらこの場合の測定例は知らない) このような場合聴く位置による音の変化はどうだろうか? まず、中心軸からずれると指向性が強い高音が減衰する。従って、フラットなf 特を得るためには2つのスピーカー(トウィター)の中心軸の交点で聴く必要があり、いわゆるスイートスポットは左右ばかりでなく前後にも狭くなる。このことは、指向性の強いSPを使用している人にはよく知られていることである。一方、もし干渉によるディップが小さければ、定位感の不安定さは生じないことが予想される。実際にそのように感じている人もいるようである。何れにせよ、位置による f 特の変化を測定することにより、位相の整合性や波面の性質に対する情報が得られるのでホーン・システムでの同様な測定が待たれる。

定在波との関係(低音での f 特と聴く位置)

聴く位置による音の違いとして、普通思い浮かべるのは定在波と関連した話である。この話しと勘違いをした人もいるようなので付け加えておく。よく知られているように壁面(床・天井)の反射によって生じる定在波は低音の周波数特性に凹凸を生じ、その音圧変化は壁面で最大となる。従って、聴く位置が壁面に近いほど定在波の影響を強く受ける。この場合、干渉による凹凸との違いは、周波数が低いことに加え、ディップ・ピークの周波数が部屋の形状だけで決まり聴く位置には依らないことである。なお、この他に、スピーカーからの直接音と壁面(床・天井)からの反射波との干渉による f 特の凹凸もあり、これも比較的低音で生じかつ、その周波数は聴く位置によって異なる。この場合は、1つのスピーカーだけでも生じかなり複雑である。何れにせよ、これらの現象を体験したいなら、数10 Hzから 200-300 Hz 位の純音を発生し、聴く位置を変えてみればすぐわかります。ただし、この場合は低音の現象なので数cm 移動したくらいでは分からない。数十センチからメートル単位で移動する必要がある。

まとめ

自分自身を含め、聴く位置を少しくらいずらしても、音質の変化として感じない人が多いようである。しかし、これはあくまで第一印象で受けた音質に対して、聴く位置を変えても、変化しないのであって(仮に変化を感じても、位置を変えたのだから当然で、楽器の音色が変わったとは認識しないのであろう)第一印象そのものは毎回違っているのではなかろうか? よく、オーディオ装置は『何を変えても』音は変わるといわれる。聴く位置による f 特の変化もその原因の一つと考えられる。


ディップの生じる周波数の測定値と計算値

次の ディップ周波数 n(cal) の計算式

n(cal) = (n+1/2)/(dR - dL)/C

dR = sqrt{(L+x)2+y2}, dL = sqrt{(L-x)2+y2}

C (音速)=340m/sec

/={(exp)-f(cal)}/f(exp)

L=0.755m、 =1.78m として計算した干渉によるディップの位置と測定値。 

位置 +10cm +20cm +30cm +40cm
補正値
(m)
0.097 0.205 0.302 0.401
n f(cal)
(Hz)
f(exp)
(Hz)
凾/f f(cal)
(Hz)
f(exp)
(Hz)
凾/f f(cal)
(Hz)
f(exp)
(Hz)
凾/f f(cal)
(Hz)
f(exp)
(Hz)
凾/f
0 2247 2577 14.7% 1067 728 553
1 6740 7146 6.0% 3201 2732 -14.6% 2185 2577 18.0% 1658 1714 3.4%
2 11233 11060 -1.5% 5335 5497 3.0% 3641 3656 0.4% 2764 2678 -3.1%
3 15726 15690 -0.2% 7468 7357 -1.5% 5098 5136 0.8% 3869 3874 0.1%
4 9602 9563 -0.4% 6554 6612 0.9% 4974 4880 -1.9%
5 11736 11720 -0.1% 8011 8029 0.2% 6080 6100 0.3%
6 13870 13960 0.7% 9467 9471 0.0% 7185 7170 -0.2%
7 16004 16150 0.9% 10923 11060 1.2% 8291 8235 -0.7%
8 18137 18150 0.1% 12380 12430 0.4% 9396 9386 -0.1%
9 13836 13960 0.9% 10501 10450 -0.5%
10 15293 15240 -0.3% 11607 11730 1.1%
11










16749 16630 -0.7% 12712 12860 1.2%
12 18206 18150 -0.3% 13818 13790 -0.2%
13 14923 14890 -0.2%
14 16029 15960 -0.4%
15 17134 17100 -0.2%
16 18239 18330 0.5%
17 19345 19340 0.0%