オーディオの科学へ

 iPad で気軽にオーディオを楽しむ 2015.2

 最近、スマホやタブレットが普及し、これで音楽を楽しんでいる人も多いと思う。私も、iPod touch を使い、外出時には iTunes で取込んだ手持ちのCDの曲や、ネットラジオらじるらじるなど)を聴いている。多くの場合イヤホンかヘッドホンを使っていると思うが、実はブルーツースAirPlayを使うと、簡単に常用のオーディオシステムで音出しすることも出来る。この場合、例えば iPad を使う場合、いちいちCDをセットする必要もなく、選曲もいろんなキーワード(曲名、演奏者、作曲家、ジャンルなど)で検索や、選択が出来るのですこぶる便利である。ただ、オーディオファンにとっては、無線による通信や、データ圧縮による音質劣化が気になるところであろう。そこで、手持ちのiPad air2 とAVアンプを使った常用システムを用いて周波数特性と歪み率を測定してみたので報告する。

 音源としては、手元にあったコロンビア(現DENON)のオーディオチェック用のCDMyCDcheckからホワイトノイズと1kHzの正弦波を、iTunesWAVや、いろんなビットレートのAACma4)フォーマットでパソコンに取込み、これをiPad に転送したものを使った。周波数スペクトルは、アンプやiPad、パソコンのイヤホン出力端子からのアナログ出力を一旦 KENWOOD のICレコーダ(MGR-A7)のライン入力端子へケーブルで接続しサンプリング周波数 48kHzのWAVフォーマットで録音したデータをUSB経由でもう一度パソコン(Windows 7 ディスクトップ詳細はこちらを参照)に取込み、フリーソフトのWaveSpectra(WS) で計測した。測定に際しては、録音時にクリッピングが生じないよう録音レベルに注意した。

 使用したアンプはYAMAHAのAVレシーバー(詳細はこちらを参照)で、 iPad からの信号伝送には最初 AirPlay 経由を試したが、自宅のネット環境では動作が不安定で信頼できず、このアンプ専用(別売オプション)のブルーツースレシーバ(YBA-11)を使用した。これは、Bluetooth Ver.3 を採用しており、アンプの電源と連動してOn/Off されるので便利である。なお、ピンケーブルでの伝送も試みた。また、他のイヤホン用ブルーツースレシーバの性能も調べた。ただし、この場合はアンプを介さず、イヤホン用出力を直接レコーダーに入力した。測定としては、この他、iTunes のAAC圧縮の出力を、こちらもアンプを介さず、iPadのイヤホン出力をWAVフォーマットに変換してレコーダに録音したものを使用した。

 この他、iTunes 内蔵のAACエンコーダの出力を iPad に取り込み出力したスペクトルを測定しカットオフ周波数や、1kHz 正弦波のスペクトルを調べた。 また、手元にあるイヤホン用のブルーツースレシーバーの特性も調べた。

結果1 いろんな段階でのWAVファイルとして取込んだホワイトノイズの周波数特性

 以下はWAVファイルで取込んだホワイトノイズのいろんな段階での出力の周波数特性を示す。主にカットオフ周波数fc) を調べるためなので、10kHz 以上の高音域のみを示す。縦線の目盛り線(赤点線)は1目盛20dB、右端近くの縦白色点線は下に示すカットオフ周波数を示す。 全周波数範囲でのスペクトルはこちらのブログにアップしてあるので参考にして下さい。

 デジタルファイル   PC 出力     iPad 出力    iPad-cable-Amp    iPad-Bt-Amp
           
 fc > 22.5 kHz    fc=20.8 kHz    fc=22.1 kHz    fc=21.8 kHz    fc=21.7 kHz

 これらの結果を見ると、まず左端のデジタルファイルはレコーダーを介さず、デジタルデータを直接WSで解析した結果で、測定範囲内(20Hz〜22.5 kHz)でf特はフラットである。それ以外は、全て一旦レコーダーに記録したデータを解析しているので、高音のカットオフはD/Aコンバータを含めたアナログ回路の特性によると思われる。ただ、iPad 出力より右の特性の fc は±0.2kHz 内に収まっており誤差の範囲かもしれない。ただ、PC出力のfc は1KHzほど低く、iPad のサウンドカードの方が優秀ではないかと思われる。実際に使用しているのは右端のブルーツースで伝送した場合なので、少なくとも周波数特性においてはおよそ聴いてわかる音質の劣化は生じないといっていいだろう。

結果2 いろんな段階での1kHz 歪み率

 iPadBluetoothAmp出力の1kH 正弦波のスペクトル。

高調波が観測されるがその率は 0.03 %

以下の表に、各段階での全高調波歪み率(THD)、THD+noise の値を示す。

なお、AAC圧縮音については結果4を見て下さい。

   デジタル    PC 出力     iPad 出力    iPad-Amp iPad-Bt-Amp 
 THD(%)  0.001  0.02  0.02  0.02  0.03
THD+noise  0.01  0.2  0.1  0.4  0.4

 左端のデジタルは1kHz WAVファイルを直接WSで解析したデータでほとんど歪みは生じていない。それ以外はそれぞれのアナログ出力を録音し解析したもの。実際に使用しているのは右端のブルーツースで伝送した場合でいずれの段階でも人が検知できる歪み率より遙かに小さく、歪み率においても聴いてわかる音質の劣化は生じないといっていいだろう。

結果3 iTunes(Ver.12) AACエンコーダのカットオフ周波数

 iPad で聴く場合は実際にはAACで圧縮した音を聴くことになる。下の図表はiTunesの最近のバージョン(v12.1)でホワイトノイズをいろいろなビットレートで圧縮したファイルをiPadで再生し、レコーダーでWAVファイルとしたデータを解析したものである。右端近くの縦白色点線は下に示すカットオフ周波数(fc)を示す。

MONO 128 kbps    64    48    32   iTunes v.6 
 Stereo  256 kbps
(plus)
   128    96    64   128 
         
 fc(kHz)  21.8   17.6    15.5    12.0    18 (16) 
 圧縮率 19/100    8/100    6/100     4/100    

 右端は古いバージョン(v4)のスペクトルを示す。ホワイトノイズのデータはなくオーケストラ曲のピーク値を示す。カットオブ周波数付近(〜17kHz)に強いディップがある。fcの値は上限値、括弧内は下側の上限。

結果4 iTunes(Ver.12) AACエンコーダの1kHz 正弦波のスペクトル

 下の図は1kHz の正弦波をビットレート256 kbps (iTunes plus)、64 kbps で圧縮したファイルをiPadで再生し、レコーダーでWAVファイルに再変換したデータのスペクトルを示す。縦線の目盛り線(赤点線)は1目盛20dB。

 256kbps    64kbps
 

 このように、高調波の混入はほとんど観測されないが、1kHzのピークの裾にサイドバンドが見られる。256kbps の場合は 最大 -80dB 程度なので音質に影響しないと思われるが、64kbps の場合は最大 -50 dB程度ありカットオフ周波数が12 kHz であることを合わせると音質低下は免れないだろう。このことは、別のところで紹介したブラインドテストの結果とも符合している。

結果5 ブルーツースレシーバの周波数特性

 結果1の右端に示したスペクトルは現在使っているブルーツースを使った場合のデータであり、ケーブルで接続した場合と比べてほとんど差が無いことがわかた。下図は、現在 iPod touch 用に使っているSony製のブルーツースレシーバと、さるパソコン周辺機器メーカーの製品の 500Hz 以上の周波数特性を比較したものである。

 S社製 ブルーツースレシーバ    某パソコン周辺機器メーカの製品
 

 このように、Sony 製ではわずかに低域にダラ下がりしているが(元のスペクトルもほぼ同じ)ほぼフラットであるのに対して、右の製品は3000 Hz から 5000 Hz に掛けて約20dB の段差が生じている。ただし、高域のカットオフ周波数はどちらも20 kHz 以上なので問題はない。実は、右の製品はかなり以前に買ったものだが音質が悪く使用せず放置していたもので、左の製品は iPod touch を新バージョンに変えたとき購入したものだが、こちらはケーブル接続とほとんど変わらず便利なので常用している(ただし電池の消耗がすこし大ききなる)。 価格もかなり違うので同一に比較するのは公平でないが、ブルーツースレシーバには聴いてわかる音質の差が生じる場合があるようなので、あまり安い製品は買わない方がいいだろう。なお、ブルーツースの規格にはバージョンがあり、これらの製品は ver2であり、今回 iPad -アンプ間で使っている製品はver.3 である。 22kHzまで の周波数レンジでは良質のものであればバージョン間に差は無いようだが、ver 3 では ペアリングが自動で行われるという違いがある。

まとめ

 以上のデータで示したように、iTunes (v12)のデフォルトのエンコーダであるモノラル 128 kbps、ステレオ 256 kbps のAACフォーマット( iTunes Plus)でCDから取込み iPad に転送した音源は、周波数レンジや歪率に関して、また結果4を見る限りダイナミックレンジやS/N比においても、非圧縮のWAVフォーマットと比べ遜色なくブラインド条件で聴いて違いが分かる差があるとは思えない。また、旧バージョンのデフォルトビットレート128 kbpsでもカットオフ周波数は 17 kHz以上なので. 周波数特性に関しては、年齢による可聴周波数をみると、もしあなたが30歳以上の成人、あるいはシニア世代であればの差はわからないだろう。ただ、総合的に見て差がわからないかどうか微妙なところである。

 自分のシステムでは、AVアンプの入力切り替えと iPad ミュージック画面のタップによって、同じ曲をCDプレーヤ、AAC 256dps、128 dps で再生した音を、ほぼ瞬時切り替えが可能なので、いくつかのオーディオチェック用の高音質CDの曲を聴き比べてみたが差は感じられなかった。ただし、ブラインドテストをやったわけでなく、あくまで私の主観であることをお断りしておく。

 なお、手軽に家庭で音楽を楽しむ方法として、もうひとつ、テレビやラジオの音楽番組があるが、こちらもその特性を測定してみたので、こちらを見て下さい