■ 君の瞳に乾杯 早瀬里絵様 |
夢を見ていた。 何故かその中ではオレは女の格好で。 フリルの付いたブラウスと、何重にも布が重なった、いかにも動きにくそうなスカートを履いていた。 やめてくれ…。未来の大剣豪が夢の中とは言え冗談じゃねぇ…。 だがこれは夢、仕方がねぇ――と潔く諦める。 ふと視線を上げると、甲板に見慣れた後姿。 手摺に肩肘をつき、タバコを燻らせる。 夕陽にキラキラ反射する金髪の持ち主――――サンジ。 何故だろう、自分が女の格好をしているせいで気分も女っぽくなっているのか、アイツがカッコ良く見える。 と、ヤツが降り返った。 目が合うと優しく微笑まれ、オレの鼓動は跳ねた。 何ときめいてんだ!?オレ! いや、恋人だからときめくのは良いが、今のはちょっと違うだろ…と自分にツッコミを入れる。 サンジはゆっくりとした足取りでオレの元へとやって来る。 その表情は男に――オレに――見せる物とは違う。 いくらフリフリビラビラのスカートを履いているとはいえ、中身はオレだぞ!?お前にはオレが女に見えんのか!?――そう言おうとした時、サンジの手が優しくオレの顎を捕らえた。 その慣れた仕草にオレの身体は何故か緊張し、固まる。 ゆっくりとサンジの顔が近づいてくる。 近くで見るアイツの顔は――瞳は――とても綺麗で――。 ヤツの姿を脳裏に焼き付けるように見つめる。 そんなオレにサンジも嬉しそうに微笑んだ。 そうしてヤツは愛しそうにオレを見つめながら、ゆっくりと唇を開いた。 「君の瞳の中の―――オレに乾杯」 なんじゃそれは―――――っっ!!!?? オレの瞳に乾杯!じゃねーのか!!?? 今のはオレの目の中に映る自分に陶酔してた眼差しかよ!! 夢の中でも喧嘩を売るか、クソコック!!!! いいぜ、やってやる。売られた喧嘩は買うのが筋ってもんだよな。 「上等だ!クソコ―――……ッ!!」 ドガ!! ―――と、顔面に蹴りが入り、オレは目覚めた。 「よう、目が醒めたか?クソ野郎」 ふ〜…っとタバコの煙を吐き出しながら、サンジがオレを見下ろしている。 オレの顔面に足を乗せたまま。 「…何のつもりだ、巻きマユゲ」 「…甲板で寝るなら静かに寝やがれ!テメェの口から「君の瞳に乾杯」なんて台詞が出てくるなんて寒くて失神ものだ。その証拠に見てみろ。デッキに居た皆がキッチンに避難しちまった」 そう言われサンジの足をどけて辺りを見渡すと、寝る頃には賑やかだった甲板が静まり返っている。 そしてキッチンからは夕食を楽しんでいるであろう皆の声。 「メシの時間か…」 「そういう事」 サンジの答えにオレは立ち上がった。 そんなオレを見ると、少し短くなったタバコを一口吸い、マストの脇に置いてあるバケツにそれを投げ捨て、サンジはキッチンに足を向けた。 夢の中の感覚がまだ残っているのか、そんな一連の仕草にオレは見惚れてしまう。 「綺麗だった…」 オレは夢の中で見たサンジの顔を思い出しながら、キッチンへ向う背中に呟いた。 そしてサンジへと足早に近づくと、腕を掴んで引き寄せた。 「!?」 驚いた顔でオレを見るサンジ。 その表情に―――瞳に―――惹かれるようにオレはそっと瞼に軽く口付けた。 「…やっぱ本物が一番だな」 「は!?」 ワケが分からない…と言ったサンジの腰を引き寄せ、オレは抱きしめる。 突然の事に腕の中でもがく身体が大人しくなるまで、オレは甘いキスを送り続けた。 「夢の中でも良い男だった…って言ってやってんだよ」 面倒な説明は省き、オレは簡単に言った。 「はぁ…!?オレが良い男なのは当たり前だろ。まだ寝ぼけてんのか?」 シレ…っと言い放たれた言葉に苦笑いを浮かべ、オレは腕の中のサンジを解放した。 「そりゃ悪かった」 言うとオレはキッチンの小窓へ目を向けた。 賑やかな笑い声が聞こえてくる。 「――…今から行ってもメシねぇな」 船長の胃袋に納まったであろう食事の事を考えながら、オレはサンジに目を向けた。 ちゃんと確保してくれているのは知っている。 それに遅れて行くと、仕方がねぇな…とか言いつつ酒のツマミを添えてくれたりもするから、最近は身体が勝手に寝過ごすようになっていた。 そんなオレの意に反し、サンジの口から出た言葉は意外なものだった。 「馬鹿。皆テメェを待ってんだ。さっさと歩け」 言うとサンジはオレの背を押し歩き出す。 「…は?」 何の事かと不思議そうな顔を向けると、オレの背を押しながらサンジはニヤ…っと笑った。 「今日は未来の大剣豪殿の誕生日だからな。主役が席に着くまで皆お預け食らってんだよ」 鈍いヤツ…と、言葉とは裏腹に口調は優しく、サンジは少し背伸びするとオレに軽くキスをした。 「…誕生日に…顔面に蹴り入れて起こす恋人なんて、そういねぇな」 キスを心地良く受け入れながら、オレは再びサンジの身体を抱き寄せた。 「…うるせぇ」 「年に一度だぜ?」 顔を覗き込むように言う。 「…忘れてたくせによ、自分の誕生日」 少し俯きサンジはポソリと呟いた。 「大体なぁ!誕生日だからって優しく起こすなんて気持ち悪ぃだろ!?」 腕の中で睨みつけてくる顔は少しばかり赤くて。 オレはからかいたくなって意地悪気な顔を向けた。 「本当はやりたかったけど、照れて出来なかったんじゃねーのか?」 冗談交じりで言った瞬間、サンジの顔が赤くなる。 「おい…?」 予想外の事にオレは不思議そうにサンジを見ちまった。 「――〜〜っっ!グダグダ言ってんじゃねぇっ!普段は肝心な事も全く喋んねークセに、こんな時だけ余計な事をベラベラ喋と…っ!」 オレの腕を振り解き、サンジはドスドスと足音を荒げキッチンに向かって行く。 その後姿すら赤くなっているように見えて。 「…待ってるぞ」 オレは声を掛けずにはいられなかった。 「明日の朝――、期待してる」 呼びかけに振り返った顔が、オレの言葉にまた赤くなる。 いつもは一体どこからそんな台詞が出てくるのか?と感心するようなクサイ言葉を女に掛けているくせに、恋人をただ優しく起こす――というのは恥ずかしいらしい。 分かるような、分からないような。 オレは歩を進めると、サンジの背をポンと叩いた。 キッチンへの階段を上りながら、お前も来いと、さっきとは逆にオレがサンジを促す。 「――…笑うなよ」 小さな声がオレの背に掛けられた。 「…オレが優しく起こしても……絶対に笑うな」 言ってくる瞳は真剣で。 真っ赤な顔をして、そんな風に潤んだような目で言われると理性が吹っ飛びそうになった。 それをグッと堪え、オレは頷いた。 「ああ、笑わねぇ。襲っちまうかも知れねぇけどな」 そう言うとオレはピシ…っと固まったサンジを置いて先にキッチンへ入った。 扉を開けた途端に掛けられる祝福の声と紙吹雪。 オレはご機嫌な面持ちで礼を言った。 扉の前で真っ赤になった顔をさますのに必死になっているであろう、愛しい恋人の事を想いながら――。 END |
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