アンバランス-unballance-
アラバスタを出てどれくらいの日数が経っただろうか。
予想外の同乗者――クルーと呼ぶにはまだ日が浅い――ニコ・ロビンを加えて、ゴーイングメリー号はとある小さな島に寄港していた。
気候的には夏と秋の中間と云ったところで、陽光が心地よい。
アラバスタを出る時に十分な補充はしていたが、そこは無尽蔵の胃袋を持つ船長がいるこの船。
補充出来る時に余裕を持って補充しておこうとナミとサンジで話がまとまったようで、ごくごく小さな、海軍も駐留していなさそうな島に立ち寄ることにしたのだ。
市場の値が下がるのは、昼間よりも夕方の方。
そこで、昼間はサンジが船番をして、夕方あたりに他のクルーと入れ替わる形を取ることになった。
船番をする時、サンジは決まって新作の試作に取り掛かる。
あらかたの雑用を済ませ、今回もキッチンで包丁を取り出そうとした時、ドアが開かれた。
「コーヒーいただけるかしら?」
「――ロビンちゃん…?あれ?」
「?」
*****
コーヒーを、と請われてコーヒーだけを出せるサンジではない。
作り置きでごめんね、と断りながらクッキーをお茶請けに添える。
「それにしても驚いたなぁ。一人で残ってるつもりだったから」
「あぁ、航海士さんにしか云ってなかったものね。この島、昔来たことがあるのよ」
あまり私の興味を惹く島ではなかったからと笑うロビンに相槌を打って、サンジがシンクを背にして座る。
「何かしようとしてるんじゃなかったの?」
サンジが淹れたコーヒーを口にして、ロビンが訊ねる。
「新しいレシピを試そうと思ってたんだけどね。でも、せっかくだからロビンちゃんと語らうって云うのもいいなぁ…」
「ふふ、どうせ語らうのなら、コックさんの新しいお菓子なんかを食べながらの方がいいわね」
「え?…あぁ、失礼いたしました。しばしお待ちを、レディ」
慇懃な物云いと振る舞いに、ロビンはにっこりと笑って諾の返事をした。
食べながら語らうとは云ったものの、実際にはサンジは新作を作りながら、ロビンはそれを眺めつつ雑誌を読みながら言葉を交わすことになってしまった。
ロビンは、雑誌をめくる手を止めて何度かサンジを盗み見る。
実に楽しそうに手を動かすサンジを見て、口元に笑みを浮かべる。
やはり彼は、料理をしている時の表情がいちばんいい。
――ロビンには、男という生き物に対する嫌悪感がある。
海軍から逃れるため裏社会で生きてきた所為もあるだろう。ろくでもない連中があまりにも多過ぎた。
だが、そう云った連中に利用されているように見せる頭の良さもロビンは持っていた。いざと云う時に身を守るだけの力もあった。
そうして、色んなものを身につけ、逆に色んなものを失って、ここまで生きてきた。
こんな海賊団に身を寄せたのは初めてだ。
ついでに、男に嫌悪でない感情を抱いたのも初めてだった。
(――「ロビンちゃん」、ね)
胸の内で、サンジが使う自分の呼称を呟いてみる。
そんな呼び方をしたのは当然と云うか、彼が初めてだ。
ルフィやゾロに対しては、どうしても今までの嫌悪感が頭をもたげてしまうことが多い。それは彼らがろくでもない人種だと云うことではなく、男性的なものを強く感じさせるからだ。今までに出会った男たちとどこかしら通じるものがある。
ウソップやチョッパーはどうかと云うと、ロビンにとってはどちらもまだ子供の域を出ていないために、「男」としての認識があまりない。
初めてサンジに呼びかけられた時。
確か食後の飲み物をどうするかと聞かれたのが最初だった。
『ロビンちゃんはコーヒー、紅茶どちら?あぁ、緑茶もあるよ』と。
ヘラッとした笑顔を浮かべての問い掛けに、一瞬目を見開いて固まってしまいそうになったのを覚えている。
コーヒーをと答えながら、珍しく動揺した自分を自覚していた。
彼に興味を持つようになったのはそれからだ。
*****
甘くてやわらかい匂いがふんわりと漂ってきた。
「もうすぐ出来るからね」
彼が云うところの「対レディ用」の笑顔ではなく、会心の出来を確信しての心からの笑顔でロビンに向き直る。
つられるようにして笑みを浮かべたロビンを確認して、またフライパンに意識を戻す。
その後ろ姿を見るともなく見ているうちに、ふと思い出した。
何がきっかけかはもう覚えていないが、少し前にもサンジと二人で話をしたことがあった。
夜、もう誰も起きていないような時間帯だった。
「オールブルー?」
「そう。…知らない?」
「残念だけど」
聞いたことがないと肩を竦めるロビンに、そっかと呟いてへにゃりとした表情を作る。
苦笑に近いカオだったように思う。
「それがあなたの探しもの?」
苦笑を浮かべたまま煙草に火をつけようとしていたサンジに、先を促す。
促さなければ――このまま会話が終わってしまうような気がしたのだ。
ロビンの言葉に、サンジは火をつける寸前だった煙草を、またケースに戻して首肯いた。
そして、オールブルーについて説明してくれたのだ。
とびきりの表情で。
先ほど浮かべた苦い笑みがウソのような、初めて見る顔だった。
子供の頃からの夢だと。
すぐに見つかるものではないと解っているけれど、諦めるつもりなんかさらさらないと。
海の料理人にとって、どれだけ素晴らしいものかを懸命にロビンに説明するサンジを見ていて――昔の自分を思い出した。
子供の頃からの夢。
諦めきれない夢。
ずっとずっと昔。リオ・ポーネグリフのことを人に話す時、少しでも手がかりらしいものに出逢えた時。
きっと、自分も同じようなカオをしていた。
「――…って云われてるんだ。あ、ごめんね。俺ばっかベラベラ喋って…」
もう眠いよねと話を終わらせようとするサンジに、否と返す。
「いいえ。…私の探しものと同じだと思ってたのよ」
「ロビンちゃんの探しものって、確か歴史の…」
「リオ・ポーネグリフ。――本当にあるのかどうか、誰も知らない。一生かかって探しても見つけ切れないかもしれない。自分の力ではどうしようもないものを追っているって云うところでは、コックさんの探しものと同じよ」
ロビンの言葉に、サンジは虚を突かれたような表情になる。
その表情のまましばらく何か考えていたようだが、やがて口を開いた。
「自分の力でどうしようもないものじゃないよ」
「?」
「存在を疑ってちゃ見つかるものも見つからない。そこにあるものもないものになっちまう。…俺たちが探すのを止めた途端に、オールブルーもリオ・ポーネグリフもなくなっちゃうよ」
そう笑うサンジをロビンは少し羨ましく思う。
彼は自分の求めるものの存在を疑ってすらいない。
狂信ではなく確信なのだ。
ただ。
サンジの言葉に、素直にそうねと返すには――自分はあまりにも多くの失望を味わいすぎている。
今度こそ、この次こそと思い続けてその度に裏切られた。
あまり彼には味わってほしくないと思って、そう思った自分に驚いた。
だが、何の意図もなくすんなりと出て来た感情に嘘はなかった。
「…オールブルーを見つけたら、私にもご馳走してくれるのかしら?」
「もちろん!」
意図的に会話を逸らしたことにサンジは気づいているのかいないのか、ロビンの問い掛けに、まさに輝くような笑顔で返事をしたのだ。
「はい、お待ちどうさま」
いつの間にか、目の前には焼き菓子が載った皿が置かれていた。
コーヒー淹れ直すねと再びロビンに背を向けたサンジを見ながら、取りとめもなく考える。
この船に乗ってから日はまだそんなに経っていないが、これまでになく穏やかな気持ちでいられることが増えたのは、彼がいることが大きいと。
恋をしているわけではないが、自分の中でとても大切な存在になっているのが自覚出来る。
そんな感情を誰かに持ったのも――。
「これもまた初めてだわ」
「何か云った?」
小さく呟いたつもりだったのが、聞こえてしまったらしい。
テーブルに頬杖をついて、自分の方を見ているロビンにサンジが訊いた。
「いいえ何も。これ、すごくいい香りね。いただいていいかしら?」
淹れ直されたコーヒーを受け取りながら、にこりと笑って見せる。
「どうぞ召し上がれ」
火をつけないままの煙草を咥えた彼を座るように促して、今日はどんな話をしようかとロビンはテーブルの上の雑誌を閉じた。
レプリカント クロイツの綵架さんから頂きましたvv
やたーvvニコサン〜♪
お待ちしておりましたよっっvv
煮るなり焼くなり…との事で、そりゃもぉ飾らせて頂きますよっっ!!
素敵〜vv
ロビンちゃんの気持ちが何か凄い素敵vv
サンジへと向かう気持ちが穏やかで好きですっ(*^-^*)
ありがとうございました〜っっ!!
サン誕に飾らせていただきましたvv
2004/3/9
*Kei*