サン誕企画NOVEL
風の海原でキスをしよう
「サンジ君、誕生日のプレゼント、なにが欲しい?」
午後のティータイム、キッチンで夕食の仕込みをするサンジの背中に問いかけたナミの言葉に返されたのは。
「何も、特別欲しいものなんて無いですよ。」
静かに微笑む顔と、その言葉。
「皆が豪華なディナーでも期待してるんなら、パーティくらいしますけど、どうせなら何にもしないで静かに過ごしたい。」
何て言うのはダメですか?
軽口を吐くようにそう言って笑ったサンジの顔は、どこか本気のようで、ナミはそんなサンジに、
「分ったわ。」
そう返すしかなかった。
「丁度その頃島に着く予定だから、陸に上がって食事でもしましょう。その後はサンジ君の自由にしていいわ。」
仲間なんだから、お祝いくらいさせてよね。
間近に迫ったサンジのBD。
贈られるクルー達からのプレゼントは『何もしないこと』。
そして、その日。
三月という時期に相応しいような柔らかな風が吹く『春島』に船を着け。
クルー達との賑やかなランチの後、サンジは一人歩き始める。
初めて足をつけたこの島に、行きたい目的地があるわけでもない。
だが、サンジの足は、まるでその場所を昔から知っていたように、気が付けば小高い丘の上に広がる、一面緑の柔らかな草が生い茂る草原に来ていた。
青い目の視界に映るのは、瑞々しい緑と、抜けるように広い空、そしてなだらかな緑の草原の先に続く、広大な母なる海。
口の端に銜えていた煙草の煙を胸の奥まで吸い込んで、白く薄い雲が流れる空に向かってフゥッと息を吐き出した。
ただ一人の静かな空間。
こんな日は、ただ一人で静かに、静かに過ごしたい。
過去の自分を振り返り、今までの人生を支えて来てくれた人々への感謝の気持ちを想いたい。
祝ってくれる気持ちが、嬉しくないわけではない。
だが、サンジはこの世に生を受けた自分自身より、生れ落ちて今まで、生きることを許して来てくれた全てに深く敬意を表する日だと。
誕生日というものは、そういう日だと思ってきた。
決して楽だったとは言いがたい過去。
それでも、今自分がこうやって己自身の足で立っていられるのは、全て自分を支え、生かしてくれる存在があったからこそ。
バラティエでも、特別な何かをすることなんて無かった。
強いてあげれば、その日だけは不平不満を口にせず、ただ黙々と仕事をすることに集中するだけ。
この場に、生きていることを許してくれたゼフに、感謝の気持ちを祈るだけ。
おめでとう。
そう言われるよりも。
ありがとう。
そう言って、頭を下げる。
サンジにとって、BDというのはそういうものだった。
「だけどなぁ…。」
草原の中程で足を止め、広い空を見上げて、顔に浮かぶのは苦笑い。
アイツら、そんなこと言ったって、パーティするってウルセェだろうしな。
贈られる「おめでとう」の言葉。
サンジ自身が頭を下げるなんてことを、許そうはずもない。
だったら、いっそ。
一人になりたい。
そう言った方が早いだろう。
そして、望みは叶えられた。
一人立つ、午後の柔らかな日差しの下、風の音だけしか聞こえない草原。
あぁ、俺は何て幸せなんだろう。
又一つ歳を重ねて、今ここに生きていられる幸福。
諦めかけた夢を追いかける航海に出て。
共に船に乗るのは、信頼すべき愛しき仲間達。
出逢った、運命の人。
愛し、愛される幸せ。
ありがとう、ありがとう、ありがとう。
感じるのは、胸に余るくらいに、切ない程の幸福。
ゆっくりと目を閉じて。
銜えた煙草を外し、閉じた唇に片の手の指でそっと触れ。
眼前に広がる広大な海と空に。
今ある世界の全てに。
今感じる、ありったけの想いを込めて。
感謝と祝福のキスを贈ろう。
命を授かったこの日に、ありがとう。
END
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